偽り
サコさんとシュエさんが、俺の命を救うために用意した子どもがまさか神だったとは……どんな展開だよ。
「デネブは何が好きなの?」
「言う必要ないのだ」
「でも、あたしたち親子なんだよ?子どもの好きなもの知る必要あると思うんだけどなぁ」
「子どもじゃない!神だ!デネブだぁああ!」
真っ白に包まれた部屋で騒がれると、余計に反響して頭がクラクラしてくる。
「落ち着けって、二人とも」
書類の山を整理しながら声をかける。
「デネブはどうやってここに来たの?」
「言う必要ないのだ」
「でも、あたしたち親子なんだよ?子どもがどうやって帰ってきたかを知る必要あると思うんだけどなぁ」
「子どもじゃない!神だ!デネブだぁああ!」
もういいや。一生やってろ。絶対に俺を巻き込むなよ。
「オチヤもデネブで遊ぼうよ!」
俺を巻き込むなって!てか、何その発言、子どもで遊ぶとか道徳心どこに置いてきたんだよ。
「まずは任されてる仕事を片付けないと。ごめんだけど、デネブ、待ってられるか?」
デネブは何も言わずに、その場であぐらをかく。アリスには返答してたのに、俺には無しかよ、反抗期かよ。
「あたしは終わったよ?」
「俺のも手伝ってくれよ」
アリスの確認作業の後、俺が印鑑を押していくのだから、当然、俺が担当する後半の方が作業は遅れる。
「二人でやればすぐ終わるだろ?そしたらデネブともっと遊べるぞ?」
"遊ぶ"というワードを選んで、デネブの返事をもらおうと試みたのだが、うまくいかなかった。子どもの相手は難しい。
「神なのだ」
返事してくれたが、もうそれは決まり文句みたいなもので……いや?これは使えるな?仕事が片付いたらこの戦法で心を開いてやろう。
「じゃあ、手伝う!」
ちょろいやつめ。
仕方ない。せっかくだから、俺が閃いた印鑑の早押しを伝授してやるとするか。まずは、書類を揃えて
「終わったーー!!遊ぶぞーー!!デネブーー!!」
アリスはそう言って、デネブを追いかけまわし始めた。座っていたデネブは慌てて立ち上がって逃げ回る。ネズミを追いかける猫みたいだ。
「終わったわけな」
と、少々乱雑になっている書類を数枚確認すると、全てに印鑑が押されている。それも正確な場所に。
「どうなってるんだ?」
なんだかアリスが怖く思えてきた。ただの金髪美少女だと思っていたら、突然、人並み外れた記憶力や作業速度を顕現させている。一体、何者なんだ……?
「オチヤ!!デネブが捕まってくれないんだよ!!」
いや、この状況のことを訊いたわけじゃ、
「た、助けてくれなのだーー!!」
よぉーし、待ってろよ息子!父ちゃんが!
「……え?」
袖をまくって、俺はデネブを助けに向かおうとした。ここで助ければ、きっと心を開いてくれるだろうという算段だった。
ところが、デネブは捕まることなく助かった。突然開かれた扉によって。
「いったぁ……」
扉にぶつかったアリスは尻餅をついて、鼻を真っ赤にさせている。
「この子、誰?」
作業部屋に入ってきたのはユキノさんだった。
「この子はね、デネぶっ」
あっぶねー!口外するなって約束してたろ!
俺は咄嗟に飛び出して、アリスの口を抑えた。
「ま、迷子みたいで」
「デネブなのだ。西の神なのだー!」
……なんで言っちゃうんだよ、クソ息子ー!
「正しいのはどっち?」
ユキノさんの厳しい視線が痛い。いたたたた。
「俺です!」
「わっち!」
「あたし!」
いや、お前何も言ってないだろ。
「まぁ、いいや。よくないけど。またここ使いたいんだけどさ、いつくらいに空くかな?」
まぁ、いいや、で済まされる時ほど不安なことはない。後でそれっぽいことを考えて話しに行こう。
仕事自体は終わったのだが、色々と整理したいものがあるため、もう少しここに滞在したい。
「もう少しで終わると思うので、そうですね、十五分くらいですかね」
ユキノさんは振り返り際にデネブの頭をポンポンと触る。
「あ、長引くようなら声かけに来てね。身換室にいるから」
そう言って、部屋から出て行った。
「プ、ハーーーーー」
めっちゃ肝冷えたわーーーー。
「なんで言っちゃいけなかったの?」
手を離すと、すぐにアリスが口を開いた。
「言われてたじゃん。覚えてないの?」
肝心なことは忘れてしまうみたいだな。そもそも話を聞いていたかどうかも怪しいが。
「ちっちゃいことはいいじゃん!遊ぼうよ!」
アリスがデネブを追い始めるも、あっさり捕まってしまう。
「いいや、だめだ。まずは事の整理をするぞ。俺もだし、デネブも状況を整理できていないんだ。仕事が終わったからと言って、遊ぶのはまだ早い」
アリスは肩を落として、わかりやすく落ち込む。
「仕事終わったらって言ったのに、引っ張ってすまん。うまくまとめられたら遊ぼうな?」
アリスは小さく頷いて、その場に腰を下ろす。俺はその横にあぐらをかいて座る。
「まずは自己紹介だ。俺はオチヤ。ここに来てまだ三日のペーペーだ」
「あたしはアリス!好きなものはオチヤとみかんとおっか……じゃなくて、で、ここにはどうやって来たのかわかんない!」
「デネブ……なのだ」
デネブは体育座りをして、腕の中に顔を沈ませている。
「どうした?」
ここに来た時と比べて、明らかに勢いがない。
「デネブー?どうしたのー?」
俺の問いに答えてくれなかったため、アリスが気を利かせて訊いてくれた。
「帰りたいのだ、家に」
なんだかしんみりする空気だから、俺が無視されたことには、一旦目をつむっておこう。
「家はどこにあるの?」
わからない、とボソッと呟く。
「どうやって来たの?」
わからない、と繰り返すデネブ。
「じゃあさ!ここが家でいいじゃん!」
デネブは腕の中から視線だけをこちらへ向けてくる。
「わからないことだらけなら、わかることを考えようよ!それで、落ち着いてからわからないことを考えれば、もしかしたらわかるかも!」
なんだか、俺に対して言っているみたいだな。わからない過去のことよりも、わかる今を見ている方が充実できる。その内、過去のことがわかれば、その時にまた考えればいいだけのこと。
「家族……ごっこ?」
そうなってしまうな、ひとまずは。
なんだか申し訳ないな。神であるのだが、精神年齢はおそらく子ども。そんな子がいきなり知らない人たちの輪の中に入れられるのは相当なストレスだろう。
「なんでも相談に乗るからさ。とりあえずは元気出そうぜ?」
俺はよろしくの意味を込めて握手を求めたのだが、デネブは俺の横を通り過ぎていった。
「きゃー!やわらかーい!ふわふわー!」
パンケーキ食べたJKみたいな反応だな。じゃなくて、どうして俺はこんなに無視されるの?
「じゃあさ、」
沈んでいた時に比べると、活気が戻った声でデネブが話し始める。
「わっちに名前つけて欲しいのだ。今は神じゃなくて、子どもだ、から……」
それが振り絞った言葉だったのか、デネブはアリスに抱きついたまま、眠りについてしまった。




