不老
世界の移動をあまりしてこなかった私にとって、この時に感じる浮遊感は苦手なものだ。
眠りについて夢を見させられているのに、体の感覚だけが残っているのがとてもストレスに感じる。
何も感じないはずのアルタイルですら、私の体にかけられる負荷を感じて苦しんでいるのが伝わってくる。
こんな経験はもうしたくない。けれど、あと数回はこの感覚を味わわなければならない。
死んでも何もいいことはない。後世に語り継ぐとしたらその一言に尽きるだろう。
「一人でに残られなくて良かった」
浮遊感から解放されると、地面と足が接着される。
「娘の友達を信用しただけだよ」
未来の世界に着いて早々、あつみんに声をかけられた。
トウカの友達であるコトリのことを信じてあげられない自分が嫌だから、というのが本音である。
「これは、その……恒例行事か何かなの?」
あつみんに話しかけられたから一度はスルーしてたものの、ヤイチの上にまたしてもピラミッドが形成されている。
「ソウルターミナルが帰るべき場所だと思ってたんだけど、どうしてここに来ちゃったんだ?」
カンナが不思議そうに見つめながら呟く。
「そりゃ、着いてきちゃったんでしょ」
あつみんが答える。
「神も神で大変なのね」
独り言のように且つ、アルタイルに対して聞こえるように言葉を発する。
「勝手に信仰されてしまうもんな。まぁ、ヤイチに関しては引き連れてるのを楽しんでるようにも感じるけど」
アルタイルは表に出てこようともせず、何の反応も感じられない。
しばらく起き続けてたから眠ってしまったのだろうか。
あつみんにした質問について煮詰めたいところだが、今はそっとしておこう。
もしかしたら一人で整理しているのかもしれない。少しは私のことも頼ってほしいところだ。
「ここが未来の世界……物騒になってるみたいね」
ソウルターミナルと過去の世界を行き来していた私にとって、未来の世界には初めて訪れた。
ピラミッドに気を取られていたのだが、私たちを囲んでいたのは無数の檻だった。
中からは声も音も何もせず、もぬけの殻となっているようだ。
「物騒も何も、この世界は植物状態みたいなものよ」
「植物状態?」
「世界としては残ってるものの、世界は自らの機能を停止させ、ただ土地を与えているだけに過ぎないでいる。ここにいる人間やAIは無限にこの場所へ転生される。まさにここは"死に地獄"よ」
生き地獄は聞いたことあるけど、死に地獄なんて言葉は初めて耳にした。
「まさか世界規模で地獄が存在するなんてね」
ソウルターミナルの地下にはボディファクトリーという名の地獄が存在している。
そこは正真正銘の地獄であり、対をなすソウルターミナルは天国とされている。
本来ならこのような世界は探索家たちによって修正、もしくは削除要請されるのだが、今となってはそんな暇さえない。
探索家のメンバーも、七福神のメンバー同様にバラバラとなっていることだろう。
元の形に戻るのが幸せなんだろうが、私はもうあの頃の私には戻りたくない。
「これがうちらの結末にならないようにしないといけない」
あつみんが戒めのように呟く。
「この後はどうするの?見たところどこにも人影はなさそうだけど」
監獄は細長い構造のようで、奥深くまで道が続いている。
「本来ならAIが監視してるはずなんだけど」
「何のための監視?」
「未来の世界はAIに支配されてるから、人間を見つけると本能的に始末しようとしてくるのよ」
「でも、私たちには──」
「言いたいことはわかるわ。ここにいて無事なのは完全AIだけ。人間としての脳を持っていたら、彼らにとっては人間判定なのよ」
『人間AI戦争の終結寸前に起こるであろうAIによる人間差別』という題材の資料を目にしたことがあった。
それが実際に起こっているということか。つまり、戦争が終結を迎えようとしている。
戦争が終わるとどうなるんだ?すべきことをしなくなった世界において、戦争の終結は何を意味する?
戦争を経験したことのない私にとって、答えを出すのはかなり無謀なことだ。
「完全AIに偽装できないの?」
「そんなこと神にしかできないわ」
「神だけど?」
あつみんが眉間に皺を寄せながら、視線を私と宙を行ったり来たりさせている。
「皺を寄せると老けるのが早くなるんじゃなかったかしら?」
「うちは不老だから問題ないわ」
「永遠のクソガキってことね」
「イライラすると老けるのが早くなるらしいけど?」
どこまでも一言が多い女の子、それがあつみんである。
「完全AIに偽装することはできないけど、AIには人間とAIとを区別する機能しか搭載されていない。だから、神であればAIからの攻撃を受けずに済む」
「じゃあ、アルタイルを表に出せばいいって話じゃないのね」
「そういうこと」
今どうしているわからないが、少なくともアルタイルに相談すればAIからの攻撃を受けずに済む方法のヒントくらい出てきそうだ。
「とりあえずうちらはこの世界の扉を目指すわよ」
「場所はわかってるの?」
「うちはみんなの視界を共有してるって言ったでしょ?」
「あぁ、そういうことね」
「それに、この世界のみんなはうちらの到着を待っている。アリスがソウルターミナルへ強制送還される前に行かないといけない」
「アリスが何だって!!?」
ピラミッドの最下層且つ最奥部からヤイチの声が反響しながら耳に届く。
「カンナ、あとどのくらい?」
生徒たちを咥えては吐き捨て、咥えては吐き捨て、を繰り返しているカンナに声をかける。
「見てわかるでしょ!」
見てわかるはずなのだが、カンナは上から生徒たちを退けるのではなく、ランダムに飛び移りながら吐き捨てている。まるで知恵の輪のように。
そのため、いつヤイチが顔を出すのか見当すらつかない。
「わからないから訊いてんの!」
カンナに再び尋ねると頭上を一人の生徒が通過していく。
「もう終わったから!」
何の変化もないのにおかしいこと言うなと思っていると、ピラミッドはバランスを崩され、順々に壊れていく。
「こんな騒がしいと、さすがに見張りが来るわよね?」
視線を固定したままあつみんに尋ねる。
「なんならもう足音聞こえてるしね」
ピラミッド崩壊の音に紛れて、複数の足音が小さく聞こえていた。
「っと!俺!参上!!」
ヤイチは横になって積まれている生徒たちの上に立ち、カッコいいとでも思っていそうなポーズを決めている。
「ヤイチ!あいつらやっつけろ!」
ヤイチの背中にカンナが飛び乗る。
「よっしゃ!いくぜッ!!」
ヤイチはカンナをおぶったまま、足音の方へと一直線に向かった。
「……行くか」
「ええ」
早く穏やかな生活を送りたいと、心の底から思った瞬間だった。




