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お別れ

 阿波踊りを踊る生徒たちの間からカンナが顔を覗かせているのが見えた。


「カンナ!!」


 ヤイチの体では絶賛バグが発生しており、自らの意思で動かすことができない。

 だから私がヤイチを抱えに飛び出し、Uターンして扉に戻ればいいと思ったのだが、私よりも適任者がいた。


「ヤイチを連れてきて!!」


 召使いの追跡から逃れるために別れてから、カンナは扉に到着するのに少し遅れていた。

 アルタイルを表に出しても、全速力のカンナには到底及ばない。

 鮫人間になったカンナは、水中でも、地上でも一方通行においては誰にも負けない速さを持っている。

 そう、一方通行下においてのみ、だ。


「全速力で!!」


 カンナになるべく簡潔に伝える。


「わかった!!」


 カンナがここへヤイチを連れてくるまでの間に生まれた少しのこの時間を、私はあつみんに質問する時間に充てる。


「ねぇ、あつみん」


 何も言わず、あつみんは静かに視線をこちらへ向ける。


「綿加シドウは死んだの?」


 これはアルタイルが気になっていたものに、私の嫌な予感を少し加えたことで生まれた疑問だ。

 過去の世界にいる人物の中で、綿加シドウの動向を知っているのは限られてくる。

 召使いとケルベロスの二者だ。

 召使いはご覧の通り、見るも耐えない姿になっており、とても会話できる状態でもない。

 だから、ケルベロスのうちの一人であるあつみんに尋ねる。


「どうしてそう思うの?」


 疑問に疑問をぶつけられる。


「カンナが自由に動けてるし、何よりワタガシが綿加シドウの命令通りに動かなくなったことからそう思ったのよ」


 私たちは綿加シドウサイドといずみんサイドに分かれて動かされている。

 例えるのなら、二人は棋士で私たちは駒だ。

 綿加シドウサイドのカンナが私を助けに来たことに嬉しさを抱いたのと同時に、驚きもあった。

 死んでいないにしても、綿加シドウに何かがあったことは間違いない。そう思っていたのだが。


「生きてるわ。フワッフワにね」

「死んでいないにしても、何か障害を被ったりとかは?」

「してない。事は順調に進んでるみたいよ」


 実のところ、今の質問は餌まきにすぎない。

 あつみんに訊かなくてはならない質問があと二つある。

 そのためには綿加シドウの現状を知っているかどうかを確かめる必要があった。


「一つ、じゃあどうして、駒が意思を持って動くことができてるのか。二つ、あつみんはどうして綿加シドウの動向を知っているのか。教えてもらえるかしら?」


 あつみんが鼻で笑う。


「もしかして、うちらのこと疑ってる?」


 質問にあつみんが答えるまで、私は何も反応せずに待つ。


「……わかった、答えるわ。振りでもいいからみりあんだけは疑ってないようにしててよね」


 答える素振りを見せてくれたことで、あつみんの頼みに私は首を縦に振って応える。


「カンナが準備完了したみたいだから簡潔に答えるわよ。一つ目の答えは第三勢力が生まれたから。二つ目の答えは、みんなの見えているものがうちにだけ共有されているから。どう?満足した?」


 アルタイルからは何の反応もない。


「疑ってもらってても構わないけど、今のうちの回答くらいは信じてもらいたいわね。じゃないと、合うはずの辻褄すら合わなくなるもの」


 表情、声色、言葉のテンポの良さ。どの点からしてみてもあつみんの言うことは正しさを纏わせていた。


「扉開けて待ってるか」


 あつみんの答えに関して深く考えるのは今ではない。誰かと共有して考えるものでもない。

 自分の中で、アルタイルと共にうまくまとめて飲み込めてから結論を出すことにしよう。

 研究を任せられていなかった私が知らないことは他にも山ほどありそうだ。

 シークレットベースには、まだ秘密が隠されている。


「いっくよぉぉぉぉおおおおおッッ!!!!」


 突然の大声に体がビクッと震えてしまった。


「眉間に皺寄せると、老けるのが早くなるらしいわよ」


 思い詰めていた私にあつみんはそう言った。


「余計なお世話よ」


 境遇が違っていれば仲良くできたかもしれない。

 生まれた世界が異なれば炬燵を囲んでいたかもしれない。

 うっすらだけど、あつみんは私に似ているような、私に血の繋がった娘がいたとしたらあつみんなのかもしれないと、そう思う。


「ちょっと痛いんだけど!!」

「ほへはほへへほはははひはんはへほ!」

「何言ってんかわかんねぇよ!阿波踊りさせろよ!」


 カンナはヤイチを咥えながら空中を泳ぐように突っ込んできている。

 いや、阿波踊りさせろはおかしいでしょ。

 もしさっきの阿波踊りがヤイチがしようとしてしてたことなら、一度でいいから頬をつねらせてほしい。目覚まさせてあげるから。


「ほひは!!はへへ!!!」


 カンナの掛け声と同時に、あつみんが扉を開ける。


「二名様、ごあんな〜い」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁああああ──」


 とてつもない速さでヤイチを咥えたカンナが吸い込まれていった。

 扉に入った瞬間にあげていた叫び声は、静寂へと姿を変えた。


「うちらも行くわよ」


 あつみんが先に扉の中へ消えていく。


「私は……」


 やはりトウカのことが気になってしまう。

 一歩だけ後退り、振り返ろうとした時だった。


「えっ?」


 召使いを取り押さえたり阿波踊りを踊っていた生徒たちが吸い込まれるように、次々と扉の中へ飛び込み始めたのだ。


「キャパオーバーで壊れたりしないかしら」


 生徒たちが全員入り切ると、サンズリバーに静けさが蔓延る。

 過去の世界ともお別れ。トウカとも一時的にお別れ。

 私は私の幸せのために前へ進む。過去とももうお別れ。


「お母さん、お父さん」


 生まれて初めての言葉を過去の世界に残し、扉をくぐる。

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