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子どもの定義

 元シークレットベースであるこの場所は薄暗いとはいえ、空中で動きがあればわかる程度だ。

 辺りを見渡してもベガたちの姿が見えないということは、この場所にはいないということ。


「外に出てっちゃったってわけ?音も無く?」


 アルタイルが呟く。


「まぁ、でも……」


 言いながら、アルタイルは螺旋階段の方へ視線を向ける。


「かわいい子には旅させよって言うしのう」


 嫌な予感が脳裏をよぎる。


「ちょっと、置いてくとか言わないわよね?」


 アルタイルはわざとらしく頬を掻き始める。


「い、いやぁ?旅させるんじゃよ、旅じゃ」

「言い方変えてるだけでしょ、それ。私はトウカを置いてくなんて反対だから」


 せっかく会えたのに。私はトウカと少しでも離れたくない。

 もう一度離れたら、もう会えなくなっちゃうような気さえしてしている。


「トウカを連れてソウルターミナルに移送されるか、トウカを置いて未来の世界へ向かうか、どちらか──」

「トウカを連れて未来の世界に行く」


 アルタイルは大きなため息を吐いた。


「話を聞いてたか?耳なし芳一なのか?」

「残念ながら私はかなりのわがままなんでね。どちらか一方を選ぶなんてできないわ」

「人間は愚かじゃな」

「人間が愚かなんじゃない、私が愚かなのよ」

「だとしてもシロコの望み通りに動くわけにはいかん」

「じゃあ、裏に戻ってて。私が動くから」


 この体の主導権を握っているのは私。アルタイルはそこに棲みついているだけに過ぎない。

 だから最終決定権は私にあって、それが悪手だとしても私は構わない。


「おっかさん、少しいい?」

「手短にお願いね」


 ヤイチが立ち上がりながら尋ねてきた。


「おっかさんが先に未来の世界に行って、俺が後からトウカを連れてけば問題なくない?」

「却下。超絶却下じゃ。ヤイチの中の爆弾を野晒しにする方が危険じゃ」


 ヤイチの提案に裏に戻ったはずのアルタイルが答える。


「気を落とすでない。ヤイチのことを信用してないわけではない。アレガが気がかりすぎるだけじゃ」

「そっか、俺、やばい状況なんだな」


 ヤイチは視線を落とし、体を強張らせている。

 ヤイチの様子を見るに、アレガが表に出てきた時の記憶はなさそうだ。

 完全に意識を入れ替えて、裏表を交代しているような気がする。

 私やトウカは魂と肉体を入れ替えるような感覚で、意識だけはいつもはっきりしている。

 だからこうしてアルタイルが表に出てきても、その様子ははっきりと脳に記憶される。


「じゃあ、私行ってくるから」


 言いながら、あつみんとコトリに合図を送ってから、アルタイルと入れ替わる。

 アルタイルは私のわがままに屈したのか、素直にトウカを連れて未来の世界を目指すという目的に向かって動いてくれている。


「と、わらわがシロコのわがままに屈した振りはここまでじゃ」


 浮き始めた体は、すぐに地面へ逆戻りされた。


「どうしてよ!!」

「安心しろ、トウカとはすぐ会える」

「すぐって……それって未来の世界でってことでしょ!?私嫌だって言ったよね!?」

「少しは大人になれ」

「私は……私はずっと大人だったの!!!」


 親の顔も名前も知らない私は、生まれた頃から誰かの子どもとして生きていなかった。

 だから、周りの子よりも早い段階で子どもという位を卒業した。

 だからと言って、それが大人になった証拠というわけではないが、少なくとも周りの子よりも多く我慢してきた。

 少しくらいのわがままは許してほしい。見逃してほしい。

 私はずっと我慢という壺に閉じ込められていたのだから。


「シロコの気持ちはようわかる。過去のことも全て記憶を辿って見させてもらった。だからわらわはシロコに協力しようと思った。その我慢を半分わらわに分けてくれんか?少しずつ、本当の大人になればいい。本物の親になればいい」


 アルタイルはいつも以上に優しく声をかけてきた。


「……トウカはどうするの?」


 気持ちでつながっているから、アルタイルの感情が自分の感情のように伝わってくる。

 とても温かく、優しい気持ち。

 私にお父さんやお母さんがいたら、こんな人が良かったなと思わせてくれる。

 アルタイルは神なのに、どこまでも人間らしい。


「彼女に任せる」


 静かな足音が二つ近づいてくる。


「トウカは私に任せて。死んでも守り抜くから」


 真剣な目つきでコトリが言う。


「でも……」


 コトリに対して不信感を抱いているわけではなく、私がトウカと世界規模で離れてしまうことがどうも腑に落ちてくれない。


「私に不満が?」

「不満なんてないし、トウカのことを大切に思ってくれてるのもわかってる」


 違う。ここは我慢するところ。

 でも、今までの我慢とは違う。今は半分だけ我慢すれば、それだけでいい。

 もう半分は、アルタイルに押しつけてやればいいんだから。


「ううん、トウカをお願い」

「大船、いや、豪華客船に乗ったつもりでいてもらって大丈夫だから」


 豪華客船だと盛大なフラグに聞こえてしまうが、ここで口にしてしまう方がフラグが立ってしまいそうなのでお口チャック。


「あつみんはのこ──」

「行くわ」

「え?」


 みりあんがいるこの世界に残ると思っていたのだが、返ってきた答えは想定していたものと違った。


「みりあんはいいの?」

「うちにはうちのやるべきことがある。みりあんにはみりあんのやるべきことがある。やるべきことは違うし、それをする世界も異なる。それだけの話。だからうちは未来の世界に向かう」


 淡々と話すあつみんの顔はどこか悲しさを帯びている。

 あつみんの言葉に対し、「わかった」と返す。


「……なんか忘れてる気がするけど、忘れてるってことは大したことじゃないわよね」


 私、ヤイチ、あつみんが未来の世界へ。コトリはこの世界に残ってもらう。うん、指差し確認おっけーだ。


「時間がもう残り僅かじゃ。急ぐぞ」


 アルタイルの掛け声とともに、私たちはサンズリバー奥にある扉へと向かう。

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