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足枷

 私の心は弾んだのと同時に、とてつもない申し訳なさに押しつぶされそうになっている

 会いたいけど、会いたくなかった。というより、会うための心の準備がまだできていない。

 私は炬燵家をめちゃくちゃにした。私の手で崩壊させた。

 壊れたものは元には戻らない。私の幸福だけでなく、炬燵家もそうだ。

 私なんかのことを「おっかさん」だと呼んでくれるのはトウカたちだけで、だからこうして再び呼んでもらえたのはとても嬉しかった。

 だけど、私の背中には無数の罪がのしかかってきて、牢獄の檻から外を覗きたくても、体を動かすことができない。

 私の体が、心が弱いせいで、トウカの顔すら見ることができない。

 誰か……助けて……


「呼んだ?」


 自分の意識とは裏腹に言葉が飛び出る。


「き、聞かれてたらどうするのよ」

「聞かれないと判断したから出てきたんだよ」


 私の中に眠る神の心。名はアルタイル。

 綿加シドウは神の心目当てに私をシークレットベースへ導いたらしい。この事実は高校生の頃、実験レポートに目を通した時に知った。

 アルタイルとは長い付き合いで、神の心が開花したのは保健室の先生になってすぐだった。

 当時の私は瞬時に理解することができなかったが、アルタイルの話を聞いたり、記憶を探ったりしてなんとか自分が置かれている状況を把握することができた。

 アルタイルはしばらくの間、眠りについていた。だから、このタイミングで表に出てきたことに私は驚いている。


「念願叶ったじゃん」

「でも、心の準備が……」

「そんなのただの言い訳だろ?わらわにはわかってるぞ」


 アルタイルに隠し事は不可能だ。私の思考回路に住んでいるようなものだから。

 だからこうして言い訳したいのに、逃げ出したいのに、心のうちではそう思ってないから否定してくる。息苦しいけど、どれも正論だから結局従ってしまう。


「でも、私には会う資格がない」

「会いたいと思う気持ちだけじゃダメなのか?」

「ダメよ。人間には気持ちってものがあるんだから」

「向こうも神だぞ?」

「……私、アルタイルのそういうところ嫌い」


 高い位に身を置く者は、自分より下の者の気持ちを理解することが難しい。

 貴族は庶民の気持ちを理解できないし、庶民は動物の気持ちを理解できない。それと同じ原理で神は人間の気持ちを理解できない。

 私の体に棲みついて、多少なりとも理解しているのかもしれないけど、それでもこうやって人間の気持ちを考慮しない発言が出てくる。

 心を読まれるのはいいとしても、アルタイルのこういう発言は褒められるものじゃない。私の口から発しているんだから、修正してほしいとつくづく思っている。


「事実じゃん?」

「事実でも、なんでも口にすればいいってものじゃないのよ。一度よく考えてから発言して」

「……はーい」


 不服そうな返事が飛び出る。


「それで、どうして起きたの?」


 背中に乗っていた過去の罪が溶け出し、私の体は少しずつ動くようになり出す。


「未来の世界に向かう準備ができたからだよ」

「てことは、ヤイチもいるのね」

「まぁ、少し問題はあるけどね」

「……問題?」


 アルタイルはそれ以上、口を開かなかった。


「ここに何をしにきた?」


 少し遠くからワタガシの声が聞こえてくる。


「もしかして、話せばわかる系の人?」

「そんなことある?綿加シドウのクローンだよ?足止めしに来たに決まってるよ」

「そうよね。ここは私たちに任せて、三人でシロコさんをお願い」


 ユウカさん……いや、コトリとトウカの会話が聞こえてくる。

 足を引きずりながらも、どうにかして檻にしがみつくことができた。ここまで来れば外の様子を確認することができる。

 螺旋階段の下、何もなくなった元シークレットベースにてワタガシとみんなが対峙している。


「何をしに来たか尋ねているのだが?」


 ワタガシがこれまで牢獄から離れることはなかった。そういう指示が下っていたのだろう。

 だがしかし、今、例外が起きている。

 ソウルターミナルへの移送が決められている私のことを放っておいていいはずがない。

 このタイミングで私が脱獄なんてしてしまえば、あのワタガシはきっと殺される。

 従順なワタガシがどうして指示に背いているの?もしかして、その距離なら離れていても問題ないとか?私のリミットがもうすぐだから?


「おっかさんに会いに来た!」


 また私のことをそう呼ぶ。


「おっかさんとは、あそこに囚われている奴の名前か?」

「違う!名前は別にある!」


 まだ私のことをそう呼んでくれる。


「では、『おっかさん』というのはなんだ?」

「お母さん!母親って意味!私にとって唯一のおっかさんなの!」


 違う、違うでしょ。私はトウカの母親なんかじゃない。名乗る資格もないし、血すら繋がっていない。

 長い間、騙して一緒に暮らしてきた。私の幸せのため。綿加シドウの企みのため。それだけの関係。


「母親……本当なのか?」


 やめて、やめてよ。今私に何も訊いてこないでよ。


「反応はないみたいだ──」

「おっかさぁぁぁぁぁあああああん!!!!!」


 アルタイルの言う通り、心の準備ができていないなんてのは言い訳に過ぎない。

 この先も私と関係を持っていれば、よくないことが起こってしまう。

 会いたくて会いたくて仕方がなかったけど、私なんかがトウカたちに会う資格なんてのはない。

 会えても、ただ迷惑をかけてしまうだけ。私がトウカたちに与えてきたものなんて何もないし、いつも私は与えられてばかりだった。

 だから、だからこそ、この状況において私はどうすればいいのか、何をしなきゃいけないのか、必死に考えている。


「答えは、わかってるんだろ」


 アルタイル、出てこないでよ、今だけは出てこないで。

 そんなのは、トウカが私のことを呼んでくれたた時からわかってる。

 答えなんてのは大抵、早い段階でわかってるもの。それを都合に合わせて遠ざけていることで、あたかも分からないように自分を取り繕っているだけ。

 だから、あとは行動に移すだけ。口を大きく開けて、言葉を発するだけ。ほんの数分前までやっていたことを、私はできずにいる。

 口を開けては閉じ、開けては閉じ……緊張感が募り、呼吸がしづらくなってきた。

 喉の皮をつまんで、無理矢理空気の通り道を広げる。

 覚悟はできた。覚悟は決まった。だから、もう一度、もう一度、私のことを呼んで──


「おっかさ──」

「トウカぁァァアアアア!!!あいだがっだぁァァアアアア」


 背中にこびりついていた汚れが、一気に落ちていくような気がした。

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