超越者
私は何のために生まれてきたのか。
何がしたくて生きているのか。
何が私をここまで生かしているのか。
牢獄に閉じ込められていると、そんなことを考えさせられる。
私はやがてソウルターミナルへ移送させられる。そうなれば、私の目的は果たされぬまま、宇宙は迎えてはいけない結末を迎えてしまう。
かと言って、外部との連絡手段はない。私はワタガシから指示が与えられるまで、灰色に染まった壁を見つめることしかすることがない。
「話し相手になってよ」
見張りをしているであろうワタガシに背中で声をかける。
「またか」
常に横になっており、気がつくと眠ってしまう。そのため、今が何時なのかもわからないし、一日が終わったのかどうかもわからない。
ワタガシに「またか」と言われたのは、私が起きている時にしょっちゅう同じような言葉から会話を始めるからだ。
ワタガシの返答もいつも同じようなもので、その点も含めて私は退屈を極めている。
「私はいつ連れてかれるのかしら」
何日経ったのかはわからない。日数を聞けば長いとも短いとも感じるだろう。
回ることをやめた私の脳は、定型文を作り出し、いつも同じようなことをワタガシに問いかけている。
「時が来たら、だ」
「その『時』って具体的にいつなのよ」
「私のオリジナルから伝達が来るか、お前の体のリミットが来るかのどっちかだ」
「この調子だと、リミットの方が先に来そうね」
ここへ連れて来られてすぐに移送させられると言われたものの、この有様だ。向こうで何かトラブルが起きているに違いない。
私が捕まる前なら好都合だったが、今となってはそのトラブルなんてのは、ただ私の時間を浪費するだけの無駄なもの。
そんなヘマをする組織にいたという事実も、捕らえられたという事実も記憶から消し去りたい。
あぁ、あの子たちは私のこと恨んでるのかな。
「もちろん、あなたも一緒に行くのよね?」
「当たり前だ」
「良かった」
「なぜ笑う?」
私は無意識に笑っていたようだ。
「一人だと寂しいもの」
「だから組織に入ったのか?」
「正解でもあり、不正解でもあるかな」
「どういう意味だ?」
「私は家族が欲しかったの。温かくて、帰ったら自然と笑みをこぼしてしまう場所が欲しかった。その目的の一環として、組織に入ることになったのよ」
「目的は達成できたのか?」
ワタガシの発言量がいつにも増して多い。少し不思議に感じながら、脳裏に子どもたちを映し出す。
「あと一歩のところだったわ。組織に入っちゃったことで、幸せを無理矢理掴もうとしたツケが回ってきたみたい。私は綿加シドウを許せない。加入時に交わした契約をいいように使ってきて、私から幸せを遠ざけてきやがったの」
七福神に加入したのは創設してからすぐのことだった。まだ幼かったのだが、綿加シドウから言われた言葉を今でも覚えている。
「保健室の先生になれ」
言葉の意味は理解できたが、どうして私なんかにそんなことを言ってきたのかは理解できなかった。
それでも、私なんかのために居場所を提供してくれたことで綿加シドウへの信頼は高いものであった。
それからは科学者として勉強するわけでもなく、ただそこにいた女の子と遊ぶためにシークレットベースに通った。
女の子の名前は鮫田カンナ。二つしたの元気な女の子だった。
カンナは私と違って綿加シドウたちの手伝いをしており、休憩の時間を見計らって遊んでいた。
歳を重ねていき、高校生になった時だった。綿加シドウから大量の教本を渡された。
「やれ」
冷たく言われたのだが、私は何故か嬉しかった。
カンナにはやるべきことがあったのだが、私にはそれがなかった。
だから、やるべきことを任せられることがとても嬉しく感じた。
教本には科学的なことと、教師として必要な知識が載っていた。
この時、最初に指示された言葉を思い出す。
私自身、保健室の先生になりたくはなかった。ただ、やるべきことがあればよかった。だから、勉学に対するモチベーションはゼロに等しかった。
数年後に受けた教員試験には見事合格。晴れて保健室の先生になることができた。
「こいつらと家族になれ」
合格通知書を持ってシークレットベースに着くや否や、綿加シドウにそう言われた。
返答する間もなく、私にメモ用紙を渡すと彼は奥へと姿を消した。
メモ用紙には『畳 トウカ、蜜柑 アリス、越智 ヤイチ』と書かれていた。
名前だということは推測できたが、見たことも聞いたこともない名前だ。
その三人が、私の身を置く学校と関連のある人物だと知るのはもう少し先の話で、炬燵家が生まれたのはそれからのことである。
「その言葉でどうやっていいように使われたんだ?」
「クローンなのに記憶は共有されてないの?」
「無駄な記憶は共有されない。容量の無駄になるからな」
「そう」
私は寝返りをうち、ワタガシの背中に視線を向ける。
「ごめんなさい、少し言い直すわ。言葉ではなく口調に原因があるの。誰からも命令や指示を受けたことがなかった私にとって、『保健室の先生になれ』というのは衝撃的で、以来私は"綿加シドウの命令には従わないといけない"という制約を自分でかけてしまったの」
「じゃあ、実際には契約を交わしたわけではないんだな」
「形式的に交わしてはないものの、私の境遇を知っている彼にとって、それは契約も同然。拒むことのできない契約書に無理矢理サインさせられたみたいなものよ」
「境遇?」
「……知らない方がいいわ」
過去の私は、もう忘れた。
私の中に残っている最古の記憶は七福神に入ったこと。それ以前は何も覚えていない。
「だからね、私は私の手で掴みかけそうになった幸せを自ら潰してしまったの。元々こうなることは綿加シドウの計画のうちだったのかもしれない。一度潰れてしまったものは元には戻らない。私はもう幸せに戻ることなんてできない。ここまでのことを人にさせておいてヘマをするなんて、ねぇ、代わりに殴らせてくれない?」
そう言うと、ワタガシは立ち上がった。
「え、何、本当に殴っていいの?」
「誰かが来た」
思わず体を起こしてしまった。
痛む尻、クラクラする頭、悲鳴を上げる腰。……認めたくないものが押し寄せてきたみたい。
目頭が少し熱くなり、鼻を啜った時だった。
「おっかさん!!!!!」
螺旋階段の上部から懐かしく、温かく、自然と笑みをこぼしてしまうような声が聞こえてきた。
しかし、タイミングがタイミングだ。
私の瞳から、流れる予定のなかった波がうねりをあげて強く流れ出してしまった。




