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本当の自分

 俺の人生は基本的にうまくいかない。炬燵家に誘われるまではそう思っていた。自分の人生しか知らないでいたから。

 炬燵家に来てから、少しだけ視野が広がった。そこで初めて気づく。自分以外の人間も、うまくいかないことだらけだということに。

 体育館の舞台で表彰される生徒、テレビに映し出される科学者、ラジオから聞こえてくる綺麗な歌声を持つアーティスト。

 その瞬間だけを体感すれば、誰しも成功しかしていない羨ましい存在だと思うのは仕方がないことだ。

 けれど、そういう人間こそ、うまくいかないことの方が多いんだと思う。うまくいかないことを知っているからこそ、どうすればうまくいくのかを知っている。

 人間というのは、失敗や後悔から学ぶ生き物だ。

 AIの登場により、学ぶという行為自体が薄れていってしまった。

 AIは人間によって知識や経験を組み込まれるため、自ら何かを変えようとしたり、前に進もうとしたり、能動的に何かをすることができない。

 そういう風にプログラムされていたらいいのだろうが、それは人間の求めるAIではなくなってしまう。それはまるで、AIに似た人間になってしまうからだ。

 だからこそ、AIだけの世界になってはならない。かと言って、AIを否定するというわけではない。

 AIだけになった世界は進歩することなく、現状に変化を加えることなく、ただただ世界が廃れていくのを待つだけのものとなってしまう。

 綺麗事のように聞こえてしまうだろうが、共存が最大にして最高の結果だ。

 俺自身、今のこの状況がうまくいっていると思っている。けれど、それは紆余曲折してきた結果であり、途中途中を切り取って見れば、失敗だと思われるかもしれない。

 「終わり良ければ全て良し」なんて言葉があるけど、果たしてそれでいいのだろうか。過去の失敗を有耶無耶にして、現状に満足しているのなら、それはもうAI同然だ。

 なんてことを考えてしまっている。俺の中に眠る三つの魂が議論しているんだろうな。

 ヤイチ、AI、アレガ。俺の中に生まれた小さな世界で、三者は生きている。

 圧倒的にアレガの力が膨大だが、力の差がはっきりとしている方がバランスが良いと言える。

 じゃんけんのような三すくみのものだと、現状を一向に変えられず、その場に立ちすくんでしまう。

 共存するためには、力が必要なのだ。


「さすがに……やりすぎたかしら」


 瞼に光を感じると、うっすらと声が聞こえてくる。


「僕は無事だから、そんなことはないぞ!」

「サメちゃんはサメなんだから飛び込みが得意なだけでしょ」


 徐々に会話がはっきりと聞こえ出す。


「今、瞼動かなかった?」


 うっすらと、目を開ける。


「起きた!」

「おはよう、オチヤ!」


 みりあんとカンナが覗き込んでくる。


「ここは……?」


 言葉を発した瞬間、状況を理解できた。

 ここは元サンズリバー且つ元シークレットベース。

 ここにやってくるのは恐らく三度目。

 頭がボーッとする。

 とりあえず、無意識のうちにやろうとしていたことをやろう。


「ここは元シークレットベースよ」


 ユキノさんが答えてくれた。


「……何睨んでんのよ」


 ユキノさんを睨む。


「な、何してくれんだよ!」


 そして、カンナの頭を力強く撫でる。


「よし」


 なんだか気分がスッキリした。

 俺は勢いよく上体を起こし、息を少し吐く。


「久しぶりね、ヤイチ」


 シロコさんがいた。白衣を纏ったシロコさんが立っていた。


「シロコさん……」


 シロコさんはゆっくりとしゃがみ、俺の唇に人差し指を押し付けてくる。


「今はもうおっかさんでいいわよ。あ、本当の母親に会ったからもう呼びたくなくなっちゃった?」


 久々に再開すると、シロコさんの美貌に翻弄されてしまう。

 今耳にしたはずの言葉が、脳には届いていない。よって、俺は反応を示すことができずにいる。


「先輩、怒りますよ?」


 トウカがいきなりそんなことを言ってきた。

 この短時間で俺が何をしたっていうのだろうか、と思い視線を少しだけ下ろす。


「コトリ、私のこと止めてて!」


 トウカがこっちに向かってこようとするのを、コトリが必死に止めている。


「このままじゃ、このままじゃ先輩を殴っちゃいそうだから!」


 俺の視界を覆い尽くすほどに、たわわなそれが映り込んできた。

 元々は見てなかったものの、その距離にまで詰め寄られたことでトウカは怒っていたのだろう。

 あ、確かに頬が熱くなってる。だがしかし、これはたわわを見たからこうなっているわけではない。


「勘違いするな。俺は神だぞ。世間一般の男子とは一線を画す存在だ。俺を舐めるでない」


 トウカの暴走を制止するように手のひらを向けたのだが、それと同時に赤い液体が俺の太ももに垂れてきた。

 何かと思い頭上を見上げるも、赤い液体を降らせるようなものはない。

 ふいに鼻が気になったので、指で擦ってみる。


「あ、血だ」


 久しぶりに鼻から血を出した。打ちどころが悪かったのかもしれない。

 しかし、この状況に関しては打ちどころの問題ではなく、間違いなくタイミングが最悪だ。


「ほーーーーーらーーーーー!!!!!」


 コトリが制御しているものの、少しずつトウカが近づいてきている。


「落ち着きなさい、トウカ」


 シロコさんはため息をつきながら立ち上がる。


「娘の好きな相手を奪うような真似はしないわ」


 じゃあ露骨にたわわ見せつけないでください。それで被害を受けるのは俺なんですから。


「両親と会えてどうだった?炬燵家は不要になった?」


 どうしてそんな意地悪な質問をしてくるんだ?


「俺がいつそんなことを言いました?」

「だって敬語じゃん」

「そりゃ、久々に会ったからかしこまっちゃうのは仕方ないでしょ」

「言っちゃえば私はヤイチを試してるの。私たちはまだ一年と満たない間柄。にも関わらず家族として接してきた。それはヤイチに両親がいなかったからの話。けれど、あなたは両親と再開できた。他の世界でね。両親の元で生活しようと思えばできるのよ?」

「何が言いたいんだ?」


 シロコさんの目は、俺を赤の他人として認識しているように見える。

 冷たく、鋭く、鼓動を速めさせられるその視線から、目を離せないでいる。


「簡単な話だよ。別に神になる必要なんてない。キメラだ何とか言われてきたと思うけど、その役目を果たす必要なんてない。そんなことしなくたって、私たちは輪廻転生の末、新たな世界で新たな人生を送ることができる。それまでの間、ヤイチは炬燵家として過ごすか、両親の元で過ごすか、どっちがいいかを、私は知りたいんだ」


 シロコさんの言葉が正論だと言わんばかりに、他の誰もが口出しして来ない。

 暴れていたトウカでさえ、落ち着きを取り戻している。


「なんでよ!俺は炬燵家に戻りたくて、アリスに会いたくて──」

「それはどの人格での話だ?オチヤか?ヤイチか?アレガか?」

「な、何を言ってるんだよ……俺は俺で、俺は俺のは、ず……だ、だよな、そうだよな。俺は俺なんだ。俺以外の何者でもない」


 本当の自分ってなんなんだろう。


「で、でも、綿加シドウの企みを阻止しないと、宇宙がヤバいんじゃないのか?」

「そんなの、一般人には関係ない話だ。君は戦争を止められるのか?貧困を無くせるのか?死者を蘇らせることができるのか?それと同じだ。君を含め、私たちには宇宙を救うことなんてできない。ただただ、事の顛末を見守ることしかできない無力な存在なんだよ」


 苦しい……苦しい……苦しいよ……助けて……誰か……助けて……


「こんな早くに目を覚まさせられるとは、なかなかやるじゃないか、アルタイル」


 俺の意識は再び、深くて(ふか)いところまで沈んでしまった。

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