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復讐代

 少ししてびしょ濡れのカンナが橋の上に戻ってきた。


「満足そうな顔してるじゃないか」


 ポッコリとお腹が出ていて、顔の周りに花でも飛んでいそうなくらい気分が良さそうな表情をしている。


「うまかったぁ……」


 ゆっくりと歩いてきて、膝を曲げ、仰向けに寝転がる。


「行く時起こして〜」


 とっても気持ちよさそうにカンナは入眠した。


「……どうやって起こす?」


 俺はカンナに対して、普通に起こすだけじゃ物足りなく感じている。

 理由は明白で、腹が減ったのなら川の魚を食べて来いという意味で川へ投げ込んだのに、帰ってきて即睡眠し出すんだもの。その上、人間になる前の話を一つもせずに。

 それに、行く時起こしてと言っていたが、俺たちは準備万端で、すでに休息を終えている。


「起こさなくていいんじゃない?」

「起こさないとまずいですよ」

「起きた時、私たちがいなくなってた方が面白くない?」


 やっぱりこの人、人の心ないって。元堕天使半端ないって。


「それだと、うちたちについて話を聞けなくなるわ」


 あつみんが口を開く。


「カンナちゃんからじゃなくてもいいんじゃないの?それこそ、綿加シドウからでも聞けばいいし、なんなら知らなくてもいいことだと思うけど」

「綿加シドウとゆっくり話せる機会なんてこないと思う」

「確かに。二人がいなければ落ちついて話せるんじゃない?」


 ユキノさんは俺とトウカの方へ視線を向ける。


「そんな状況になる可能性の方が低いわ」

「それもそうね」

「それと、うちたちは元の姿に戻りたいから。だから、どうしてこうなったのかを知りたいの」

「それを望んでるのは二人だけじゃないの?」

「いずみんは……」


 あつみんの腕にみりあんが抱きつく。


「みんなで戻るもん!いずみんだって同じ気持ちだよ!」


 みりあんは声を張り上げて言った。


「みんなで元の姿に戻って、いつまでもずっと側にいる生活に戻りたいんだもん……」


 天使の輪っかをはめたみりあんは、静かに泣き出す。

 そんなみりあんを、あつみんが「よしよし」と言いながら頭を撫でている。


「元あった姿に戻る方が色々と都合いいからね」

「どういうこと?」

「背伸びして掴み取る幸せよりも、背伸びせず掴み取った幸せの方がより良いってことさ」

「あくまで自分は自分であり続けるべきってことですね」


 トウカに頷いて返す。


「それで、この子どうする?」


 コトリがカンナの頬を指でツンツンしながら尋ねてくる。


「置きっぱにするのはさすがに可哀想だろ」


 ユキノさんをチラチラ見ながら答えたのだが、話の途中で三回も舌打ちされたような気がする。あんまりよく聞こえなかったけど。怖すぎだろ元堕天使。


「俺がおぶってくから、中入っちまおうぜ」

「でも、うちたちの体について」

「そんなこと知らなくても、俺がなんとかしてやるよ。どうやってなったのかわからなくても、少なくともいずみんと同じ場所に居合わせる必要があるだろうし」


 スピスピ眠るカンナをおぶる。


 ──重いな。


 容姿の割にずっしりとしている。

 この重さ且つあの速さで突っ込んできたら一溜りもないな。噛みつかれた方がまだマシだと思えてしまう。


「何見てんすか」


 下水道を走るネズミを見るような目でユキノさんに見つめられている。


「失礼だなって」


 仕方ないでしょ。事実だもん。重いもんは重いんだもん。

 デリカシーなんていらない。火を起こすこともできないし、水分を供給することもできない。

 人間が生き残る上で不必要なものだ。それに、人間関係の構築にしか必要のないものを俺が持ち合わせているわけがない。悲しいけど、それが現実だ。


「トウカ、一緒に持とっ」


 召使いの体をコトリが持ち上げながらトウカに声をかける。


「うん、ありがと」


 トウカが感謝で返すと、二人は一緒に持ち上げた。


「飛び込む?それとも階段で降りる?」


 答えが分かりきった質問をユキノさんが投げかけてくる。


「そんなの決まってるじゃないですか。階段を──」

「飛び込む!!!!!」


 背中で静かに眠っていたはずの鮫が目を覚まして、俺の運命を捻じ曲げてきやがった。


「オチヤくんは飛び込む……他は?」


 他のみんなはユキノさんの質問に答えることなく、階段から降りようとしていた。


「おっけー。じゃ、生徒くんたちもよろしくねー」


 ユキノさんは颯爽とみんなと合流し、安全にサンズリバーへと姿を消して行った。


「何言ってくれてんだよ」

「ふっふっふっ、復讐だよ」


 カンナの頭にチョップをお見舞いする。


「な、何するんだよぅ」

「復讐代だ」


 復讐されるなら、相当のことをした返しじゃないと気が済まない。

 カンナを川へ投げ込んだことへの復讐かもしれないが、あれは善意でやったことだ。もう一度言う。あれは善意でやったことだ。決して少し黙らせるために投げ込んだわけではない。


「心配事が一つあるんだが」


 融点に達した物質のように、一塊だったはずの生徒たちが散らばり始めている。

 そんな彼らに視線を向けながらカンナに声をかける。


「ここにいる全員で飛び込んだら、大氾濫しないか?」

「するよ」


 カンナはAIのように、冷たく答えた。


「するよって……しちゃダメだろ」

「この世界には戻ってこないし大丈夫でしょ」

「それはそうなんだけどさ」


 それはそうなんだけど、俺の中に眠る良心が片目を覗かせてきている。

 俺が住んでいた世界ではないけど、生徒たちみたいにここに住む者はいる。

 人間だけとは限らない。動物や植物、虫たちもここで生きている。

 たとえこの世界にやって来ることがこの先なくとも、命を奪うような真似はしたくない。


「やっぱり俺たちも階段で……」

「飛び込むの!!!」


 カンナが背中で暴れ出す。まるで馬が飼い主をリードしているかのような、そんな構図になっている。


「んーーー、あっ!」


 俺は間違いなくこれしかないという方法を思いついた。

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