服従
脅威の対象がいなくなったと判断した学校の世界は、軽々と校門を開かせた。
俺たちは学校の世界から脱し、サンズリバーに向かっているところだ。
「……ということがありました」
俺が意識を無くしている間のことを、トウカが話してくれた。
どうやら俺の体に棲みついたアレガは厄介者らしい。男じゃなくて、女の体を望んでいたみたいなことを言っていた気がするが、簡単に乗っ取ることができるからという理由が大部分を占めていそうだ。
多少は俺のことを想って言葉を選んだり、あったことを話してくれてないのかもしれないけど、少なくとも俺が見る限り誰にも被害を加えていないようで安心した。
それだけが一番怖いから。あってはならないことだから。どうにかして俺の中のアレガをどうにか飼い慣らさないといけない。
「重いんだけど!誰か手伝ってくれよ!」
カンナが重たそうに召使いを引きずりながら文句を並べている。
「カンナが持ってくって言ったんでしょー?責任持って運んでもらわないとねぇ。私たちは断固反対だったってのに」
文句を押し返すように、ユキノさんが言う。
「僕の状況になって考えてみてよ!この口からシロコに一言言わせたいって思わないのかい?」
ユキノさんは首を横にゆっっっくりと一往復させる。
「残酷!冷酷!無慈悲!非人道!温厚!極悪!」
カンナは対抗しようと、次々とシロコさんを揶揄する言葉を……あれ、一つだけ良いの混ざってなかったか?
「カンナちゃん?諦めてね?」
道の途中で立ち止まり、ジタバタし出したカンナに、コトリが覗き込みながら言う。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬ!わかったよ!わかったわかった!もしも、アンタたちが同じ状況になったとしても、手伝ってあげないかんな!!!あーあ!僕のお腹はもう冷めたかんな!」
最後の一文はよくわからなかったけど、まぁ手伝うくらいいいかなと、カンナに近づこうとしたのだが。
「一緒に持とうか」
トウカが召使いの体に手をかけながら言った。
「トウカ、だけにね」
余計なことを加えたおかげで、場の空気が冷え込み始めた。
「トウカ!!!トウカ!!!」
カンナは泣きそうな顔をしたが、そんな顔を見せたくないと思ったのか、すぐに表情を切り替える。
「優しくしすぎない方がいいよ?」
コトリがトウカに声をかける。
「優しくしてるつもりはないよ」
「側から見たらそう見えるのよ」
「いいじゃん、私がしたいことなんだから」
コトリとトウカの間に、僅かながらヒビが入ったような気がする。杞憂で済めばいいのだけど。
現在、サンズリバーまで半分まで来たところだろうか、あつみんの腕時計によると、そこまで急ぐ必要がないということがわかった。
けれど、善は急げという言葉の通り、何かトラブルが介入する可能性があるため、できるだけ早く向かっている。
「それで、この子たちはどこまで着いてくるつもりなの?」
背後の生徒たちに親指で指し示しながら、ユキノさんが尋ねてくる。
「……気が済むまで?」
そう答えたが、俺にもわからない。帰る場所を見つければいいのだが、彼らの帰る場所がどこなのかわからない。
だけど、放っておくわけにもいかないし、俺たちに危害を加えてはこないから真面目に考えようとしてこなかった。
「ソウルターミナルよ」
あつみんが割り込むように呟く。
「どうしてわかるんだ?」
「うちたちがどれだけの人を、魂を見届けたと思ってるの?」
指を折って数えてみる。
「十人?」
「なわけあるかよっ!!」
頭をはたかれました。
「この世界に帰る場所がないなら、あっちの世界にしかないのよ。ただ、人は誰だって自分が死んだことを認めたくないものなのよ。だから、この世で帰る場所を必死に探してる。実は彼らにとっての帰る場所は学校の世界だったのかもしれない。それが幸せかどうかは置いといてね。でも、今こうしてうちたちに着いてきてるわけで、一見意思のなさそうに見える彼らだけど、何か道標になる物を見つけたのかもしれない」
振り返って生徒たちの顔を見る。
「多分、意思なんてないよ」
生徒たちの目を見て率直に感じた。
「言ってすぐに否定されるとは思わなかった」
「だって、生徒たちは俺が連れてるんだもん。あれだよ、リードが繋がれているようなもんだよ」
実際、生徒たちの目を見るまではわからなかった。どうして着いてくるのか、何が目的なのか。はっきりはしてなかったけど、こうかもしれないという推測の下、俺たちは動いていた。
しかし、今はっきりと分かった。生徒たちの視線の向かう先は間違いなく俺だ。そして、一様に首を前方に突き出し、まるでリードを繋げられているかのような体勢のまま着いてきている。
これは俺と生徒たちとの間に、服従という関係が構築されていると言っても過言ではない。
思い返してみれば、俺が必要だと思った時、そこにはいつも生徒たちがスタンバッていた。召使いの策略にハマってしまったものの、そこ以外では、生徒たちのおかげでスムーズに物事を運べた。
基本的にそこに壁があればなぁと思った時、壁になってくれていたのは生徒たちだった。
そうだ、彼らは俺の思考を読めるんだ。だから、俺がしたい行動に必要な要素として自らの身を差し出してきたんだ。
「リードなんて見えないけど」
「比喩として使っただけだよ」
あつみんの俺に対する視線が変わった。
満杯まで溜まったはずの信頼に、一滴の疑念が加えられたような、そんな視線。
思考に相違が生まれてしまえばそうなってしまうのは仕方ない。
あつみんはあつみんだし、俺は俺だ。考えが全く一緒なら、名前をつけて区別する必要なんてなくなる。
十人十色。みんな違ってみんないい。いや、みんな違って、どうでもいい。




