シャーク
うつ伏せになって意識を失っている先輩に声をかけ続けていると、コトリたちがやってきた。
「だ、大丈夫?」
声をかけるのを一旦やめ、コトリの方に顔を向ける。
「どうしよう……」
コトリの顔を見ると、緊張が一気に崩れ、涙腺が緩んでしまった。
「クッションだし無事でしょ」
心ない言葉が飛んでくる。
「ちょっと!ユキノさん!今は冗談を言う時じゃないよ!」
それに対し、みりあんがかわいく睨みつけて説教してくれている。
「冗談じゃないわ。オチヤくんはまだ息がある。生きているからこそ、やっぱりクッションだって言ったのよ」
心配するあまり、先輩の体の状態をよく観察していなかった。
あんな高さから墜落したというのに、よく見れば深い眠りに落ちているような顔をしている。
それに、先輩にも傷がついていないし、口元に手を近づけると、微かだが呼吸をしているのがわかる。
「どう?落ち着いた?」
どうやらユキノさんは私を落ち着かせるために、あんな言葉を飛ばしてきたみたいだ。
「ありがとう、ございます」
先輩の体が無事なのはわかったが、実際に目覚めるかどうかはまた別の話である。
私は何度も先輩の頬をペチペチと触り、何か反応がないか待っている。
「……腕は?」
少し離れた場所には召使いの体があり、先輩と同じく眠っている様子だ。
そんな召使いの体をあつみんとコトリが観察している。
召使いに関してはゆっくりと着陸したため、外傷がないのは理解できる。しかし、目が覚めずにいるというのは理解できない。
そこの話を聞き出す前に、アレガは眠りについてしまった。全く、気分屋にも程がある。
「水中にあるのかも」
着地に際しての外傷はなかったものの、それ以前に召使いは腕を失っていたみたいだ。腕の根本から思いっきり引きちぎられた跡がこの場所からでも分かる。
「これ、オチヤがやったのかな」
「どうだろ。鮫田カンナって可能性もあるけど」
「そういえば対峙してたけど、そんな印象あった?人の腕噛みちぎるみたいなの」
「うーん、歯がギザギザすぎるから噛みちぎっててもおかしくないとは思うけど、鮫のように見えるだけだからなぁ」
「だよね、人間なのには変わりないのよね」
うっすらと聞こえてくる会話では、召使いの腕の行方を話し合っている。
そこに私がヒントとして付け加えるのなら、先輩がやったことではないことはわかる。
先輩は直接的な攻撃をすることができない。圧倒的に向いていないからだ。
殴ったり、蹴ったり、腕を引きちぎったりなんてのはできっこない。何かの延長線上でそうなった可能性はあるけど、私の考えではサメちゃんが何かをして腕をちぎったんだと思う。
これを言ったところで、そう感じたからっていう曖昧な根拠しかないため、話を進展させられる気がしない。
二人のことだから、そっちの話は任せて、私は私のできることを行う。
「お姫様のキッスで目が覚めたりしないかしら」
ユキノさんがヒールを鳴らしながら近づいてきた。
「お姫様って?」
「トウカちゃんじゃないの?」
「……私は選ばれなかったので」
「ふん、生意気な子ね」
そう言うと、ユキノさんは髪を耳にかけ、顔を先輩へと近づける。
「ちょちょちょちょっ!!!!?」
「はわわわわわわわわわわ〜〜〜」
いきなりのことであたふたしていると、同様にみりあんも顔を赤く染めている。
「な、なななな、何してるんですか!?この期に及んで!!」
ユキノさんは首を傾けて、少しだけ顔をこちらに向ける。
「キスして、目が覚めたらお姫様ってことになるでしょ?女の子なら一度は憧れたお姫様。なれるかもしれないなら、試さないなんてことありえないわ」
何も言い返せないまま、ユキノさんは先輩の方へ顔を向き直し、見つめ出す。
本当にするのか、はたまたからかってきているだけなのか。どちらにせよ、その光景を私は見たくない。
脳裏に蘇ってくるあの光景。校舎裏でお姉ちゃんが先輩と唇を交えていた。
悔しかった。ずるいと思った。私の方が頑張ってるのに、私の方がずっと見てきたのに、何がダメでこうなったんだろうって。
だからもう見ないと決めた。見なければ本当にしたかどうかなんてあやふやなままだ。自分の都合のいいように解釈すればいいことだ。
「ちゃんと見ててよ。証拠不十分になっちゃうでしょ」
ユキノさんは誰に対して言っているのかわからないが、私に言っているのならそれは無駄だ。
絶対に見ない。たとえ、先輩が目を覚ましたとしても、キスの影響だとは思いたくないから。
だから、視線をずらして絶対に先輩の方を向かないと心に誓って、真反対の方を見ている。
「いただきまーす」
ユキノさんが先輩の唇をいただこうと、大きな声で挨拶する。
「ぱーっくり!!」
突然、無邪気で可愛げのある声が聞こえてきて、見るつもりのなかった先輩の方へ視線を向けてしまった。
声というのはその奥にいる召使いの元から聞こえてきた。だから、必然的に先輩たちのことも視界に移ってしまうわけで、その瞬間、私は心臓を鷲掴みされたみたいにギュッと苦しかった。
「良かった」
お姫様の検証は未然に終わったみたいだ。
「安心するなら、邪魔しに来るくらいしないと振り向いてくれないわよ」
ユキノさんは顔を起こしており、召使いの方へ視線を向けながら呟く。
違う。私は先輩に振り向いて欲しいわけじゃない。先輩は振り向いてくれたんだ。だけど、その後でお姉ちゃんの方を向いてしまったわけで、だから、えーと、なんだっけ……
「今……食べたの?」
気が滅入りそうになっていると、あつみんの驚く声が聞こえてきた。
「食べた!召使いの体はうまいからな!!」
「じゃあ、腕は?」
「さっき食べた!オチヤに許可もらったから食べたんだぞ!」
どこからともなく現れたサメちゃんが口をモグモグさせながら大声で話している。
「許可って……出した本人はああなっちゃってるけど」
コトリがサメちゃんに対して、先輩のことを首で示す。
「……オ、オチヤ!!?」
サメちゃんが駆け寄ってくる。それに続いてあつみんとコトリも戻ってくる。
と、ここまでが私が見てきたものだ。
先輩がアレガに乗っ取られ、体が幼くなり、意識を失ってしまっている。しかし、墜落した際に生じたはずの傷は体中どこを探しても見つからない。
それからサメちゃんだ。鮫みたいな容姿をしているものの、人間であることは間違いないと思っていた。サメちゃんが召使いの脚を食いちぎって飲み込むまでは。
私が目にしたこと全てがとても信じられないことであった。




