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禁じ手

 まだこの浮遊感には慣れていない。世界間を移動している時のものと似ている。

 人間である自分が浮いているなんてありえない話で、脳はまだ理解が追いついていないようだ。

 そして、高所恐怖症だということに、今気づく。下を向くことができない。体が浮いていく間、ずっと先輩の顔を見ていた。

 先輩は先輩なんだけど、どこか闇を纏っているようで、それはアレガに乗っ取られているからなのか、他の理由があるからなのか。

 それもどれも、先輩の体を乗っ取っているアレガに話を聞けば全てわかることだ。


「アレガ、やめて」


 アレガへの対処は全てベガに任せる。下手に出てしまうと、状況が拗れる原因となり、元も子もなくなる。

 私の仕事は、アレガが先輩を解放した瞬間だけだ。その時が来るまで、次こうなってしまった時のために、ベガがどうするのかを記憶する必要がある。


「どうして?」

「わらわたち、話し合ったよね?後継者に任すって」

「それはデネブの野郎がほざいてた理想のことか?」

「そう。あの時のわらわたちはデネブを信じてなかったけど、いずみんたちと話してわかったじゃん。デネブの言っていたことは正しかったって。綿加シドウから宇宙を守る必要があるんだって」

「わらわが賛同した記憶はないぞ」

「嘘つき!アレガのことなんか知らない!」


 あれ?流れが悪い方向に向いている気がするけど。これもベガの考えてるシナリオのうちなのかな。


「え、なんで!もう終わりなの!?」


 ベガが地上に戻ろうとすると、ベガの意識が弱まり、私は表に出てこれるようになった。


「だって、アレガ、わらわの気持ちなんて知らずに話すんだもん」

「ベガの気持ちって?」

「……ピンクい奴」


 恋〜〜〜!!!??恋やんけ〜〜〜!!???


「だったら尚更話さないといけないじゃん!」

「でも、嫌われない?」

「ベガのことよく知らないんじゃない?」

「……千年くらい一緒にいるけど」

「……うん、大丈夫だよ、きっと」


 神にとっての千年が人間における何年なのかはわからないけど、なんとかしてベガにアレガの相手をしてもらわないと困る。


「それに、ベガが諦めちゃったら、宇宙やばいんでしょ?なんとかしないとっ!」

「そうじゃん!ありがと、トウカ!」


 よかった。ベガの意識が強まっていく。それと同時にベガはアレガの元に戻っていく。


「アレガ!やっぱりやめなよ!」

「何をだ?」

「神の心を持つ者を乗っ取りに使うの」

「こうしないとわらわたちは生きていけないのだぞ?」

「共存できるんだって!」

「それは理想の話だろ?わらわは現実の話をしてるんだ」

「わらわを見てよ!トウカは苦しんでない!でも、オチヤは苦しんでる!」


 ベガの言う通り、私はうんともすんともない。この先何か良くないことが自分の身に起きるかもしれないけど、少なくともベガから抵抗の意思は感じられない。


「どうして苦しんでるとわかるんだ?」

「トウカから聞いたから。わらわたちが体に入った時と、意識を強くした時は胸が痛むんだって」

「じゃあ、それを繰り返せば抵抗してくることはなくなるな」

「やめてよ!そんなこと!!!」


 ベガは私の気持ちを理解してくれているのか、先輩に対しても思いやりを持ってくれている。

 おかげで私は意識を強める必要はなく、ベガの言うこと全てに頷くことができる。

 それにしても、アレガは聞いていた以上に頑固な神だな。良く言えば想像通りの神なんだけど。


「ベガは乗っ取らないのか?」


 アレガが同情を誘ってきた。


「……わらわにはどうして乗っ取ろうとするのか理解できん」


 よかった。ベガには全く効いてないや。


「こうなったら埒が開かねぇ」


 アレガは拳を高々と上げる。


「まぁ、これしかないよね」


 なんだかこの光景、前にも見たことがある。一回だけじゃなくて、二回も見たことあるぞ。


「じゃん!」

「けん!」


 やっぱり。人間も神もじゃんけんとかいう超絶平等三択ゲームで決着をつけるんだな。

 これが妥当だよ。勝っても負けても、実力はほとんど関係ないし、恨むなら自分の運の無さだし。

 戦争なんてなければいいんだ。じゃんけんで終わらせばいいじゃん。世の中に競争というものを産み落とした神は失敗したと思って欲しい。

 そりゃ、競争がなければ発展はしないけど、別に発展しなくてもいいよね。

 命を落とすリスクを減らせるのなら、楽な暮らしができなくても、多少は許されるでしょう。

 私が生きていた時代は、少なくとも楽な社会の実現のために、社会は競争、発展を繰り返してきた。

 蹴落とし、蹴落とされ、そうやって生き残ってきた者に敗北者はしがみついて生きていくしかない。

 地位を上げ続けた者は、下を見る暇なんてないから、敗北者の存在なんてすぐに忘れる。

 社会の発展とかいう建前を武器に、承認欲求を満たすために競争を繰り返す。

 この愚行のせいで、悲しみ、苦しみ、明日を生きている保証すらない存在を生み出し続けている。

 人間なんて、鼻っから作り直しちゃえばいいんだよ。


「ぽん!」

「ぽん!」


 自分の嫌な部分が出てしまった。誰にも見られていない。けれど、ベガには悟られているだろう。

 自分の中に別の存在がいるというのは嫌だな。パーソナルスペースがなくなるということだし、だいぶ息が詰まってしまう。

 これが神の心を授かった者の宿命なのかもしれないけど、私がそれを受け取った記憶はない。いっそのこと乗っ取られた方がいいかもしれない。ベガになら、私の気持ちを引き継いでくれるだろうし。

 まぁでも、おっかさんとお姉ちゃんには会いたいから、それからでも遅くないだろう。


「おい、それはずるだろ」


 アレガがベガの出した手にクレームを入れる。


「どこが?」


 ベガの出した手、つまり私自身の手に視線を向ける。

 ……それは確かにずるだろ。それがありなら、じゃんけんは意味をなさない。それがありなら、じゃんけんにおける平等は崩壊する。


「グー、チョキ、パー。この三手で勝者を決めるのがじゃんけんだ。なんだその複合手は」

「グキパだけど?」


 さも元からあったような手のように言うな!!


「そんな手はない」

「ある」

「ない!」

「ある!」

「ないっ!」

「あるっ!」

「な……はぁ、疲れた。わらわはもう寝る」


 アレガがそう言うと、幼い姿の先輩は、見る見るうちに元に戻っていく。

 そして、重力に従って、落下し始める。


「トウカっ!」


 ベガに声を掛けられるよりも先に気持ちだけは準備していた。

 ベガと意識を交代させ、先輩の体を抱える。

 優しく、温かく。まるで、炬燵の中に入っているかのように。

 私自身もベガではないため、先輩を抱えたまま真っ直ぐに落下していく。

 この状態の先輩を下にして落ちることは避けなくてはいけない。だから、私が下になるべきなんだけど、どうしてか先輩は頑なに下になろうとする。

 寝ているのに、無意識だろうに、先輩は私を守ろうとしている。

 結果として先輩が下の状態のまま地面に墜落した。

 脅威の対象がなくなったため、学校の世界は警戒を解き、地面は固いコンクリートに元通りになっていた。

 ほとんど同じ衝撃を受けたはずなのに、私の体には外傷一つすらない。

 代わりに、先輩は目を閉ざしたまま、仰向けになっている。起きる気配は、今のところない。

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