私たち
上空で瞳を閉ざされた召使いの体は、翼でも生えたように、ゆっくりと落ちてくる。
ふぁさっと地面に背中をつけると、召使いの表情は幸せそのものに見える。
まるで、良い夢でも見ているかのように。
「どうする?」
「どうするって、え?」
「どうしようね」
学校の世界から脱するために、召使いを行動停止にさせようとなっていたのに、この状況を一体どうすればいいのか、今の私たちにはわからない。
召使いの動きを止めるということは容易に理解できたが、そんな召使いは地面で眠っている。なのに、背後にそびえる校門が開くことはない。
学校の世界は今、他の対象を脅威として認識している。そして、その対象というのが、今上空に浮いている、幼い頃と思われる先輩だ。
「先輩!降りてきてください!」
この世界が脅威と認めた相手に話しかけてみる。言葉に緊張が混ざり、声が震えてしまう。
「その必要はない」
話している人物から紛れもなく先輩のオーラを感じるし、心なしかいつもより少し高い先輩の声に聞こえる。
話したいと思い続けた相手を、話すと怖い相手だと脳が認識し始めている。
間違いない。私の脳もまた、学校の世界と同様に、幼い頃の先輩のことを脅威だと捉えている。
「ベガ」
「何?」
私は心の中に眠るもう一人の自分に声をかける。
「よかった、起きてて」
「まだ眠ってたいんじゃけど」
「それどころじゃなくなってる」
「……アレガ、か」
「そ。変わってもらえる?」
「ト、トウカ?」
私の口から二つの声が発せられているため、さすがのコトリも、頭上にクエスチョンマークを浮かべながら声をかけてきた。
「どうかした?」
私はこの光景がさも当たり前かのように、コトリにどうしたのか尋ねる。
「いや、独り言ならいいんだけど」
「独り言じゃないぞ」
もう一人の私が話している。
「わらわはベガ。トウカの体に棲むことになった神じゃ」
「……なるほど」
本当に理解したのかどうかわからないけど、とにかく目の前のことを落とし込もうとしたコトリは、なるほど、と手を鳴らす。
「どうしていきなりベガが出てきたの?」
「今、上空に浮いてるのはオチヤの体を乗っ取ろうとしているアレガだからじゃ。同胞の身勝手な行動を抑制するため、わらわが起きてきたってわけじゃ」
ベガは得意そうに言ってるけど、実際のところベガは常に眠っている。おそらく、私の体が居心地いいのだろう。
だから、私が無理に起こしていた。学校の世界で目覚めた時からずっと。
ベガは私同様に睡眠が好きらしい。ベガによると、神はみんな常に寝ていると言っていたが、それは単なる言い訳だと思っている。
「ベガは何ができるの?」
「頭が高いぞ、人間。様をつけろ、様を」
「やめてよ、私の体でそんなこと言うの。追い出しちゃうよ」
「え?やめて?やめてよ?本気じゃないよね?ごめんって、本当にごめんって、ダメ?」
この通り、私の体から出ていくことを嫌っている。
ベガがいつ私の心に棲みつき始めたのかはわからないけど、もう一人の私がいるような気になったのは、ソウルターミナルで綿加シドウに連れて行かれた時くらいからだ。
急に鼓動が早まり、重くのしかかってくるため死が近いのだと思っていたところ、口から自分とは異なる声が出てきて驚いた。
もう一つの人格が棲みつくということは、私の心や体に負荷がかかることを意味するらしく、鼓動がおかしくなったのはそれが原因らしい。
ベガは四神の中ではまともな方で、アレガが一番の問題児らしい。
ご覧の通り、先輩の体を乗っ取ろうとしているし、召使いを触れただけで機能停止にさせた。
そんなアレガの暴走を止めるため、ベガを強く起こしたのだ。最も私が嫌う目覚まし方法で。
「も、もう止めてくれ」
私は胸ポケットからアラームの鳴っている目覚まし時計を取り出して、地面に置く。
「なんで目覚まし時計?」
「早くその音止めろ!耳障りじゃ!」
地面に置いた目覚まし時計のアラームを消すため、足を振り上げ思いっきり振り落とす。結果、目覚まし時計はボロボロになり、不気味なアラーム音を奏でている。
「こうなりたくなかったら、ちゃんと一回で起きようね」
「神に対して容赦ないやつじゃな」
「ねぇ、なんで目覚まし時計?」
コトリが目覚まし時計から視線を外すことなく、不思議そうに尋ねてきている。
「目覚めるためには目覚まし時計でしょ?」
コトリの表情は曇ったままで、思ったような答えが返ってこなかったみたいだ。
「コトリ、ちょっと行ってくる」
全身をベガに預けるものの、心の奥底の芯だけは自分で強く持つ。そうしないと、先輩のように体を乗っ取られてしまうから。
ベガはそんなことしたくないと言っていたが、言葉ある者、誰だって事情があって人を騙そうとする。
疑念がゼロになることはない。けれど、多少なりとも信用している。
私とベガの目的が、酷似しているから。
「何しに行くの?」
飛び立とうとすると、コトリが私の手を掴む。
「……?脅威を脅威じゃなくしてくるだけだよ」
「……ちゃんと戻ってきてくれるよね?」
コトリの声は、震えていた。
「当たり前でしょ。私にはやることがまだあるんだから」
掴まれていた手に力が加えられる。
「私じゃなくて、私たちって言って。トウカのやること全てに、私も含まれたい」
その言葉とともに、加えられていた力が抜けていく。
「うん、わかった。私たちにはまだやるべきことが残ってるもんね」
コトリの手から離れると、体がどんどん浮いていく。
コトリはおそらく心配してくれている。私という体の中に別の何かが居座っていることを知って、私のことを思って心配してくれている。
一瞬、ベガに対して嫉妬しちゃってるのかと思ったけど、多分違う。
ベガと共存しても私は私だけど、コトリと一緒にいる時は、私たちになる。
私の中にもう一人の自分がいても、一人なのには変わりない。
私にはコトリが必要で、コトリはいつだって私の道標になってくれていた。今度は前後で歩くんじゃなくて、隣に立って歩きたい。それができる状況だからこそ、私たちは未来に向かって胸を張って進んでいける。




