バッドエンド
これは数分前の出来事だ。私が見た光景をそのまま伝える。多少、内容に差異が生じるかもしれないが、大まかな点は大体合っているだろう。
どうしてはっきりと覚えていないかと言われれば、私が見た光景は信じられないものだったからだ。
「先輩たち大丈夫かな」
水中に潜って行った先輩たちを見下ろすように、私はコトリとしゃがんでいる。
サポートに行きたいのは山々だが、水中で自由に動けない私たちが行ったところで足手まといにしかならない。
だから、外から見つめることしかできないし、水中で何が行われているのか把握することができない。
「大丈夫じゃないなんて言ったら笑いながら怒りそうだよね。『信じて待っとかんかい!』とかツッコんできそう」
召使いという存在をどうにかしなければ、この学校の世界から出ることはできないし、時間を稼がれた後に出られたところでおっかさんに会うことは叶わなくなる。
私が眠っていた時に発覚したことは、コトリから聞いた。だから、少しばかり加勢するのに遅れたけど、あれはあれでタイミングは良かったのかもしれない。
「それはあるね。あの人ボケなのかツッコミなのかよくわかんないよね」
「んーーー、ボケよりじゃない?」
「かなぁ、ツッコミもするから割とハイブリッド的な?」
「なにそれかっこいいじゃん」
「ハイブリッド先輩って呼んじゃおっかな」
「それはダサいわ」
チワワ先輩がいるのに、ハイブリッド先輩まで登場したら何者なのかわかんなくなっちゃうじゃん。
「私もハイブリッドってことになるね」
「ボケとツッコミやるから?」
「私はツッコミじゃない?……って、その話じゃなくて、キメラだからってことだよ」
「確かに。でも、キメラの方がかっこよくない?」
「そうかな、鳥っぽくてかっこいいと思えないや」
「それ、嫌味か何か?」
そんなつもりで言ったつもりはなかったが、コトリという固有名詞に引っ張られ、漢字に変換すると「小鳥」になることが頭から抜けていた。
「嫌味で言ったんだとしたら、ツッコんで欲しかったな」
「じゃあ、ツッコまない」
「うん、それが正しいよ」
こうやってコトリと話すのは久しく感じる。高校に入って、コトリと出会ってからの何気ない日常をこうやって過ごしてきた。
日常に非が帯び始めたのはあの冬のことだ。先輩をいじめから助けようと決心して、声をかけたことが全ての始まりだった。
実際のところは、もっとずっと前から計画されていたようだけど、あの時声をかけなかったら、他の結末に向かっていたのかもしれない。
けれど、後悔はしていない。選択肢が訪れても、私はやった方がいいことをやるし、やらない方がいいことはやらない。先輩を助けるのはやった方がいいと判断したからそうしただけで、それから、先輩と距離を近づけられると思っただけで、ただ、それだけで……だからこそ、私の恋が実ことはなかったんだろうな。
「どうしてこの子たち浮いてると思う?」
感傷に浸る私のことなんか気にせずに、コトリが水面に浮かぶ生徒たちを指で突っつきながら尋ねてくる。
「あんま触んない方が良くない?」
「なんで?」
「なんでって……」
私の目には生徒たちがゾンビのように見える。噛まれでもしたらウイルスに感染して、自身もゾンビになってしまうんじゃないかってほどに顔色を悪くしている。
そんな恐ろしいものに触りたくないし、触ろうとも思わない。
「ほら、プニプニしててかわいいよ」
コトリは私といない間にどこかのネジが外れちゃったのかもしれない。
「かわいいかどうかは置いといて、浮いてるのは隠すためじゃない?」
「何を隠すの?」
「中の様子とか?」
「先輩たちと召使いの戦闘を隠す理由があるってことか」
「でも、こんなことされたら万が一の時にいち早く動けないよね」
「そうだね。じゃあ、どけるか」
一歩下がって首を横に振る。
「私はやらないからね?」
「どうしてよ。こんなに人数いるのに一人でやれっての?」
「……私、ゾンビ、NGだから」
コトリに鼻で笑われる。
「トウカってたまにひっどいこと言うよね。ゾンビなわけないじゃん。どこからどう見ても普通の生徒じゃん」
ゾンビと言ったのはさすがに度が過ぎたかもしれないけど、どこからどう見ても普通の生徒ではないだろ。
「ここから脱出して、シロコさんと会って、アリスさんと会うんでしょ。イヤイヤ言ってないで行動するよ」
コトリが生徒たちをかき分け、陽の光を水中へ差し込ませる。
「ん?」
コトリの手が止まり、少しして静かに立ち上がる。
「どうかした?」
嫌と言いながらも、やってるようでやってないフリをしていた私は異変に気づいていない。
「なんか、ドロドロしてきたんだけど」
そう言われ、水中に手を突っ込む。
「本当だ」
コトリの言う通り、さっきまで海のようにサラサラしていたのに、今では粘土のようにドロドロとしている。
手を動かせば動かすほど、粘り気が強くなっていき、動かせていたはずの手の動きがどんどん遅くなっていく。そして、海と化していたコンクリートは元のコンクリートに戻ってしまった。
「え、え、え、どういうこと?」
召使いが戻ってくることも先輩たちが戻ってくることもないまま、学校の世界はコンクリートの海を閉ざしたのだ。
「まずいな」
コトリが顎に手を当て思考に入り浸っている。
「外からじゃ干渉できなくなってる」
コトリがドアをノックするようにコンクリートをコンコンと叩いて見せてきた。
中と外とで完全に遮断させられてしまっている。
「これって、先輩たちは外に出られなくなったってこと?」
コトリは静かに、小さく頷く。
「確証はないけどね。少なくとも私たちが中の様子を確認することも、手助けに向かうこともできないということだけは確かね。でも、どうしてこんな目に」
コトリは、すでに答えを知っているという表情をしている。同様に私も一つの答えに辿り着いている。
学校の世界がコンクリートを海と化した理由は、召使いを脅威だと受け取ったからだ。
コンクリートの海を解除したということは、脅威が消えた、つまり、召使いがやられたことを意味する。
「素直に喜べないのが残念だね」
先輩たちは、おそらく召使いを行動不能にすることができた。しかし、それと同時に先輩たちはコンクリートの海に閉じ込められてしまった。
「大丈夫、じゃないよね」
「うん。でも、私たちがこの世界にとっての脅威になることは難しい。この世界のことを詳しく知らないから、なおさら解決方法を探すのに時間を要してしまう。召使いにしてやられたみたいね」
この世は表裏一体。良いことが起きれば、同時に悪いことも起きる。
それがまさに今、起こってしまっている。
最悪だ。まっすぐ順調に進んでいた船が、突風によって転覆してしまった気分だ。
無情にも、ギーギー音を立てながら、校門が開いていく。




