アリスとイチカさんは友達
作業部屋にやって来たシロコさんとすれ違い、俺とアリスはイチカさんの元へ向かう。
シロコさんとユキノさんとの間に会話はなく、俺たちは静かに見送られた。
「アリス、良い顔してないと変に思われるぞ?」
普段を百として、今のアリスは八十くらいには調子を取り戻せているように見える。発言と逆行して、嫌そうな表情を浮かべている。
「嫌な顔してないもん。あたしは良い顔してるもん」
間違いない。アリスは可愛く、良い顔をしている。でも、そういう意味ではない。
「今後も同じようなことが起きるかもしれない。そうならないように、アリスが変わる必要もあるんだぞ?未然に面倒事を防ぐことも大事だ」
突き出していた下唇を引っ込ませて、前歯で噛み締めるアリス。前歯の脇から空気を出して、俺への反論を押し殺している。
「それはきっとイチカさんも同じなんだと思うけどな」
実際に変わる必要はない。変わるという意識を持って行動することが大事だ。それが他者へ伝わって、さらなる変化を生む。結果として、組織が良い方向へ向かうのだ。
「イチカ、怒ってないかな」
視線を落としてアリスが呟く。
「怒ってはないと思うよ。今は後悔してるんじゃないかな」
後悔?とアリスが尋ねてくる。
「今回が初めてってわけじゃないみたいだし、気を付けていたんだろうけど、実際に起こってしまったことだからね。それがソウルターミナルの人を減らしている原因だと、尚更悔やんでいるだろうな」
自分の行いが、結果的に自分だけでなく、ソウルターミナル全員の首を絞めていることに繋がるとなると、相当なものだ。
きっと、今は静かに反省というか後悔というか落ち込んでいるというか、
「あれ、二人とも戻って来たの?」
横から声が聞こえたと思ったら、なぜだかいつも通りのイチカさんが立っていた。
「え、あ、はい。あの、えーと、あれ?イチカさん?」
やばい、言葉が出てこない。なんでこの人はあの件があったにもかかわらず、なんてことなしに仕事しているんだ。
「どうしたの、オチヤ君。そんなに慌てちゃって」
いや、慌てているわけじゃなくて、動揺しているんですよ。
「イチカ……」
動揺する俺の前にアリスが出て、イチカさんと向かい合う。
「何が悪いのかわからないけど、怒らせちゃってたのならごめんなさい!」
アリスは、もはや前屈並みに頭を下げる。
「仕事も、人との接し方も、何を思っているのかもわからないけど、ここにいたいから、ここにいさせて欲しい!」
言葉を吐き出すにつれて、アリスに纏わりついていた負の感情が少しずつ消えているように見える。
「ここにいて、何でもいいから、少しでも何かの役に立てたら、立ちたいと思ってる!」
そうだ、アリス。人は内側を表に出すことで変われるんだ。
「だから、だから……!」
アリスは頭を上げて、大粒の涙をこぼしながら言葉を続ける。
「転生した方がいいとか、いなくなった方がいいとか言わないで!」
いなくなった方がいいとまでは言っていない気もするが、アリスにはそう聞こえていたのだろう。
「……それ以外なら何言ってもいいの?」
イチカさんは目元を右手で隠し、鼻から息を吐いてから話し始めた。
言葉に対して、アリスは頷く。
「叱ってもいいの?」
アリスは涙を拭きながら頷く。
「オチヤ君を好きになってももごもご」
アリスの涙が突然止まり、イチカさんの口を両手で塞ぐ。
今、なんて言おうとしてたんですか?ややこしくなるようなこと言わないで欲しいんですけど。
「それも、ぐすん、だめ!」
イチカさんは目元を隠していた右手を開いて、敬礼のようなポーズを取る。
「じゃあ、話さないといけないことがあるんだ」
アリスの手を口元から離して言う。見間違いでなければ、イチカさんの目元が腫れているような。
「その前に、私からもごめんなさい。言っちゃいけないことまで言っちゃったね。今後は絶対にないようにするから。今まで通り仲良くしよう、ね?」
女性の友情は堅かったり、柔らかかったり、気まぐれなものである。そうやって変化が激しい方が、より堅い友情を結ぶのだろう。
「わかった!約束!」
アリスとイチカさんは互いの小指を結んで、約束を結ぶ。
「話さないといけないことなんだけど、」
イチカさんは腕を組んで、少し悩んでから再び口を開く。
「アリスちゃんはひとまず体換えに行こっか」
そう言われ、アリスは一人で身換室は向かった。今のアリスなら一人でも大丈夫だろう。
「オチヤ君にも謝らないとね。いきなりでごめんなさい」
「いえ、俺は大丈夫ですよ」
強がっているわけじゃないが、そう思われても仕方ない言葉になってしまった。
「アリスちゃんに話さないといけないことなんだけど、オチヤ君に関係していることなのよ」
俺に関係していること?新人なのに割と仕事できるとかそういう話?もしかして、もう昇給?
「オチヤ君が、というより男の人がって話なんだけど」
どうやら、昇給とかの話ではなさそうだ。ショボボ……
ソウルターミナルには俺以外はみんな女性だ。それに関して少し気にはなってはいたのだが、そういうものだと割り切っていた。
「所長室で所長が話してくれるみたいだから、行こっか」
所長が直々に?
「帰ってきてるんですか?」
所長は忙しいあまり、基本的に外出していると聞いていた。
そんな所長が二度も、しかもこんな短いスパンで現れるなんてことがあるのか。
「うん。これはソウルターミナル存続の危機、つまり、人類滅亡の危機にも直結することだから」
……どうしてそういう大事な話を初日にしてくれなかったんですかぁぁぁあああ!!!




