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同期のアリス

 ソウルターミナルと呼ばれるブラックな……いや、天国のような職場で働くことになった俺だが、


「あの、睨んでくるのやめてくれませんか?」


 思考を読まれたのか、受付嬢のユキノさんが睨んでくる。


「良くないこと考えてなかった?」

「イエ、コレカラノヒビヲタノシミニオモッテイルトコロデス」

「なんでそんなカタコトなのよ」


 だって、表情変えたら心読んできてる気がするんだもん。


「イチカさんってどんな方なんですか?」


 俺はユキノさんに連れられ、イチカと呼ばれる人の元へ向かっている最中だ。


「どんな方、かぁ……めっちゃ強いよ!心が!」


 心が強い女性ってカッコよく聞こえるな。


「あ、そうそう。さっき、転生希望の列を捌いていたのがイチカさんだよ」


 あれは捌けている内に含まれるのだろうか。無数のヤジを大声で対抗していただけのようだが。

 それでも、向かっている内に並んでいた人たちは徐々に減ってきている。大声を出していたのも策の内なのだろうか。


「それから、ここでのルールがあるんだけど」

「ルール、ですか?」

「ここにいる人たちの過去には触れてはいけない」

「どうしてですか?」

「ルールだからよ」


 過去について気になってはいたが、自分の過去すら知らない俺には聞く権利がないようなものだ。


「実際のところ、所長が決めたルールだから、なんでかまでは知らないのよね」

「所長?」


 俺としたことが、職場には長がいるはずなのに、すっかり抜けていた。まずは、所長に挨拶すべきだと思うのだが。


「所長ねぇ、いつもいないのよ。転生先の世界を見つけてきてくれてるんだけど、そのせいでここには全く帰ってこなくてさ。私もまだ顔を見たことすらないの」

「じゃあ、どうやって」


 どうやってここで働き出したのか聞こうとすると、ユキノさんが指で口を抑えてくる。

 火照った唇が、ひんやりとした指で冷まされていく。


「その話はまた今度、ね」


 ユキノさんの背後に視線を移すと、目をキリッとさせた女性がこちらへ向かってくる。


「君がオチヤ君かい?」

「ふぁい」


 ユキノさん、もう指を離してください。うまく話せません。


「イチカさん、もう預けていいです?」

「うん、ありがとう、ユキノさん」


 ユキノさんは伸びをしながら受付に戻っていく。


「初めまして、オチヤです」

「手伝ってくれるようで助かるよ」


 半ば強引っぽかったですけどね。


「直接指導させていただくイチカだ。よろしく」


 差し出された手を握る。と同時に何かを渡される。


「はい、じゃあ、後はよろしく〜」

「へ?」


 言い残してイチカさんが去っていく。


「まだですかー?」


 背後から転生を希望する者の声が聞こえてくる。

 俺は渡された何かを確認した。


「印……鑑?」

「ちょっと、まだなんですかー?」

「は、はいぃ」


 情けない声で返事をしてしまったが、一体どういうことなのだろうか。

 イチカさんが印鑑を渡してきて、どこかへ去って行って、俺はこの場に残されて……ふむ、仕事を任されたみたいだ。


「て、転生を希望でよろしいですね?」

「見てわかんないの?」


 あ、少しイライラ。

 イチカさんが対応していたデスクに腰掛けると、書類と共にメモ書きが残されていた。


『あとは印鑑押すだけだから、それが今日のオチヤ君の仕事ね』


 なーんだ、案外楽な仕事を選んでくれたんだな。


「てかさ、君、若いよね?大丈夫なの?ちゃんと仕事こなせるの?」


 あ、やばいかなりイライラ。


「印鑑押すだけなので、自分でも問題ないかと」

「そ」


 女性は長く伸びた金髪をかきあげ、見下ろしてくる。

 俺は降り注ぐ視線を浴びながら、書類に一応目を通す。


『名前:アリス 転生希望 転生後:裕福な家庭に生まれる。欧米と日本のハーフ。オッドアイとかだとかっこいいよね。両親はずっと仲良しで、兄と弟と姉と妹が欲しいな。あ、犬と猫も。小鳥も買いたいな。それからそれから……』


 なんだこの私利私欲に満ち満ちな文章は。

 こんな要望が通るのか?こんな世界を用意しないといけないのか?

 まじでやばいところに来てしまったのかもしれない。人目を盗んで逃げ出すことも視野に入れよう。

 あれ、なんか寒気が……ブルブル。


「はい、どうぞ」


 書類に印鑑を押して、アリスさんに渡す。

 ふん、と鼻を鳴らして、細めた目で睨んでから去って行った。

 ドン!

 耐えきれず、デスクに鉄槌を下してしまう。すまない、デスク君、今度何か奢ってやろう。

 そこそこの音がソウルターミナルに鳴り響く。

 音に反応したかのように、アリスさんの足が止まる。止まって、なぜか後ろ向きに歩いてくる。

 なんで?どうして?せめて前向いて歩きなよ。

 目の前までやって来て、振り返らず口を開いてくる。


「なんか用?」


 少しご立腹なようだ。

 なんであんたが怒ってるんだ。怒らせるような態度をとっておいて自分が怒るとかいいご身分だな。あぁ、そうか、転生すればその通りになるんだもんな。


「そんな要望を出しておいて、現世では相当苦しい生活を送ってこられたんでしょうね!!」


 一方的にやられているのも癪なので、少し煽るような言葉を語気を強めて並べる。

 それが効いたのか、ゆっくりとこちらを振り向き顔を見せてくる。


「あ」


 目尻に涙を乗せていた。

 俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない……


「はい」


 デスクに置かれていたティッシュを手渡す。

 これは女の涙に屈したということではなく、同じ土俵へ戻すためだ。


「あの人は過去のこと、何も聞いてこなかったのに……ぐす」


 やっべぇ……数分前のことすっかり忘れちゃってた……


「あ、いや、これは冗談というか、抵抗というか、ああ、ええと、ええと」


 すいません、女の涙と弱まる姿に屈しました。


「すいません。初めてなもので、言い過ぎちゃったかもしれないです。言い過ぎてないけど」


 アリスさんは徐々に落ち着きを取り戻し、腫れた目を前髪で隠す。


「もう、聞いてこない?」


 ああ、ダメです、お客様。そのような上目遣いは世の男子諸君みなが恋に落ちてしまいます。


「はい、もう聞きません。ですから、落ち着いてください。それから、ゆっくり転生に向かってもらえればいいですから」

「でも、もう、転生できないじゃん」

「転生できないとは?」

「女は涙を見せた相手に一生を託さないといけないから」


 そんな話は一度も聞いたことがない。


「そ、そんなことはないと思いますけど」


 アリスさんとのやり取りに夢中になっていると、肩に手を乗せられる。突然だったため、体がビクッとさせられる。


「どうだ?順調か?」


 イチカさんだった。


「戻って来たんですか?」

「まぁね、妹に叱られたんで」


 妹がいるんだ……妹?


「それが、少しトラブルがありまして」


 アリスさんに視線を向ける。

 アリスさんはデスクの上に乗せた俺の腕を両手で掴んできた。


「え、ア、アリスさん!?」


 なんで!こうも!ここの女の人は!力が!強いんだ!全く!離れてくれない!


「オチヤ君に懐いちゃったのかな?」


 イチカさんの頭上で豆電球が光る音が聞こえてくる。こういう時は大体不穏なことを思いついた合図だ。


「これは好都合!アリス……ちゃんだっけ?うちで働かない?」


 何を言い出すかと思えば、仕事のお誘いか……って、えぇぇぇえええ?


「いやいや、アリスさんは転生するんですよ?」

「でも、こんな調子じゃ転生したいと思ってるように見えないじゃん」


 その通りだけど、アリスさんはどう思っているのか。


「アリスさん、転生したくないんですか?」


 俺の腕に抱きつきながら首を横に振ってくる。


「じゃあ、転生しましょうよ」


 再び首を横に振ってくる。


「でも、体は一つしかないんですから、どちらか選ばないと」


 言ってから突然アリスさんが顔を上げてくる。


「オ、チヤと、転生する!」


 残念ながら天国という牢獄に閉じ込められてしまったもんで。冗談、冗談ですからユキノさん、静かな怒りをこっちに向けてこないで。


「それはできないんですよ。とにかく今はここに身を置く必要がありまして」

「じゃあ、オチヤが転生するまでここにいる!」

「はい!ここにいる頂きましたー!」


 イチカさんが嬉しそうな顔で奥へと向かっていく。


「これ、もしかして……」


 仕組まれたってことー!?

 ソウルターミナルでの勤務一日目、俺に金髪美少女の同期ができました。

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