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転生のしすぎで世界が足りませんっ!!

 一体、ここはどこなのか。俺はどうなっているのか。何があったのか。何もわからない。

 まるで、夢みたいだ。

 ふわふわと体が宙に浮いている感覚だけはなんとなくわかる。


「迷える魂よ」


 何も見えず、聞こえずだったのに、突然、透き通っていて、どこか幼い声が聞こえてくる。

 俺のことを呼んでいるのか?


「わらわが導いてやろう」


 確かに声が届いているのだが、何も反応を起こすことができない。

 どうやら、声の主に従う他なさそうだ。


「わらわはベガ。北の神である」


 神?神って言ったよな?

 一体、俺はどんな状況に身を置いているんだ?


「とある場所へ行ってもらうための器を用意した。さぁ、入るが良い」


 何も見えないが、どうやら器が用意されたらしい。

 用意されたとて、どうしていいかわからないでいると、瞼を通して微かな光を感じる。

 久しぶりの光だ。目を開けていないのに眩しい。

 目を開ける、という動作を行えると判断した脳は、光を受け取るように目を開かせてくる。

 眩しすぎて、細かく素早い瞬きを何度も行う。

 徐々に光に慣れ、目を完全に開けられたのと同時に、様々な音が鼓膜を刺激してくる。

 音を聞くのも久しかったため、些細な音でも、鮮明に聞こえる。


「初めまして。ソウルターミナルへようこそ」


 ツヤのある黒い長髪の女性が声をかけてきた。

 見た感じ、受付嬢のようだ。


「受付のユキノと申します。オチヤ様でございますね。天国と、それから地獄……には行かれないかと思いますが、選択肢として挙げさせていただいています」

「あの、あ、あの……」


 目と耳同様に、声を出すのも久々だったため、うまく声帯が揺れない。


「どうされましたか?」


 見かねた受付嬢が声をかけてくれる。

 俺は唾を飲み込んで、喉を潤してから再び口を開く。


「俺……どうなったんですか?それと、ここはどこなんですか?」


 ユキノと名乗る女性は俺の質問に答えることなく、大きく息を吸って、笑顔のままボソボソと呟き出した。


「あのクソガキども職務放棄してんじゃねぇよこっちは忙しいっつってんだろ説明くらい済ませろや神のくせにそんなこともできないのかよあぁそうかガキだから仕方ないか所詮はガキされどガキいやてかなんでガキのためにイラつかなきゃいけないんだよてか早く帰らせてくれよ」


 息継ぎを一度も行わず、早口で聞こえてきた言葉は誰かに対する愚痴だろうな。

 というか、誰でもいいから説明して欲しいんだが。

 それと、気のせいか、黒かった髪が一瞬だけ白くなったように見えたような。


「あの……」


 ただならぬ憎悪に耐えかねて声をかけてみることに。


「なんでしょうか」


 こわいこわいこわいこわい。その笑顔はかえってこわいよ。

 だってさっきまですんごいイライラしてたじゃん。なのにどうして、一瞬でそんなに眩しい笑顔を作れるんだ。

 もう、説明はいいや。


「せ、説明は大丈夫なんで」


 え?という顔で覗き込んでくる。

 顔が、近い……高鳴る鼓動、噴き出る汗、始まる恋……始まらないけど。


「て、天国に行きます」


 ユキノさんが一人で呟いている時、周囲に視線を飛ばしていた。

 どうやらここは死人の集う場所。俺は死んでしまったらしい。生前の記憶を持ち合わせていないため、実感は湧いてこないが。

 加えて、次に向かう目的地を決める場所でもあるようだ。床や天井に案内の表示が記されている。

 選択肢は三つ。天国、地獄、転生。

 地獄はもちろん行きたくないし、転生はすごい行列ができてるし、天国に行けるなら天国に行くだろう。そもそも、転生ってのはよくわからないし。


「ほ、本当ですか!?」


 ユキノさんが台から身を乗り出し、俺の手を掴んでくる。

 チラリと見える谷間に鼻の下が伸びる。


「はい」


 下心を読まれまいと、冷静を装い低い返事で返す。


「よかったぁ……」

「何かあったんですか?」


 話し方が受付嬢のそれではなくなり、何か事情でもあったのかと気になって聞いてしまった。聞いて、しまったのだ。

 ユキノさんは肘とため息をついてから呟き出す。


「はぁ、現世が今、転生ブームらしくてさ。毎日毎日うん百万と転生を求めてここへやってくるの。おかげで休みなし。最後に家で寝たのなんてもう覚えてない。どうしてこんなに人が来るようになったのかも、転生を望んでるのかもさっぱり。そのせいでさ……」


 やはり聞いてはならなかった。

 この人、呼吸と同じペースで愚痴を吐いてきやがる。耳にたこができすぎて、もはやタコになってしまいそうだ。

 それに、髪が白くなったのを確かに視認した。どうして突然髪が白くなんて……ストレスか!


「世界が足りませんっ!!」


 突然の大声が聞こえ、声の方を向くと、長蛇の列を作る先からのようだ。


「おーい、早くしてくれ!」

「いつまで待たせんだ!」

「用意しといてくれよ?」

「イーマイナスかよ!」

「だから!あなたたちが!転生をしすぎているせいで!世界が!足りないんです!」


 降り注ぐ野次にも負けずに抵抗している。


「そう、世界が足りなくなっているの。一つの世界に送れる人数には限りがあるし、送れる世界の数を増やそうとしても、秩序を乱してしまう恐れがある〜とかで拒否されるし、ほんと、大変なのよ」

「お疲れ様です、では」


 そろそろほんとに耳からタコの足でも生えてきそうになってきたため、去ろうとしたのだが、


「ちょっと待ってよ!」


 腕をガシッと掴まれた。


「タコにはなりたくないんです!!!」

「え?」

「え?」


 タコになりたくない気持ちが先行しすぎて、言葉として出てきてしまった。


「あ、いや、なんでもないです」


 あ、あれ?この人めっちゃ力強くないか?掴まれた腕が全く動かないんだけど。やばい、このままだと腕引きちぎられそうだわ。


「お、俺は転生する気ありませんし、ユキノさんの邪魔になると思ったので、そろそろ天国へ向かおうとしただけなんです!」


 さすがに死んだ後にまた死ぬようなバカなことはしたくない。

 俺は大人しく天国ライフを満喫してやる!


「あー、ちがうちがう」


 違う?何が?


「天国はここだよ?」

「は?」


 俺たちの間に静寂が流れる。右から左へ。流されるがままに通り過ぎていく静寂。

 静寂が三度通り過ぎたくらいで、ユキノさんが口を開く。


「天国はここだよ?」

「それは聞こえてました。その意味がよくわからないんです」


 一つのカウンターに行列ができていて、全員を捌かなきゃいかず、幾日も帰宅することもできず、ストレスで髪が白くなる人がいるこの場所を天国だと思いたくない。


「天国は天国だもん。じゃあ、オチヤ様はなぜ自分がオチヤという名前なのか説明できるの?」


 で、ででで、できん!

 なんか、綺麗に納得させられそうになってめっちゃ悔しいから、なるべくゆっくり首を横に振ってやろう。


「そういうこと。天国に行ったって、地獄に行ったって、待っているのは現実。夢じゃないの。ただ、転生だけは違うけどね」

「非現実……ということですか?」


 そう!と、ユキノさんが指を鳴らす。


「現実に疲れた現世の人は非現実を求めているらしいの。だから、オチヤ様は珍しくて、驚いちゃった」


 この人、普通に話してるけど、一応、まだ受付と客の関係ではあるよな?


「ちなみに、こういう説明もあのクソガキ神様がやらないといけないんだけどね」


 なるほど。じゃあ、もしまた会えたら頭グリグリくらいしても許されるな。ユキノさんの分含めて。

 でもやっぱり、こんな場所が天国なんておかしい。他に何か良いところが隠されているんじゃないか?


「ここに、天国に良いところって」

「ないよ」

「すいませんでした」


 期待してしまった自分がアホらしくてすぐに謝ってしまった。


「とにかく、さっそく手伝ってもらいたいんだけど」


 あ、この流れ、もう同僚関係になってるな。

 ……どうりょうかんけい??


「え、働かされるんですか!?」


 再び手を掴まれる。なぜかさっきよりも力強く。普通に痛い。


「うちは大丈夫だよ。大丈夫だから」


 質問と答えが噛み合っていないような……


「ここで働いてくれるなら、いいことしてあげるから」


 自然と胸元に落ちる視線、高鳴る鼓動、火照る頬、ゴクリ。


「お世話になります」


 こうして俺はソウルターミナルへの就職が決まった。いや、決められた。

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