遭遇
森林の奥地。
あれからかなりの時間を歩いているが、未だ人所か動物すら見当たらない。
「………………」
無言で足を動かす藪笠は、顔を伏せながら考え込んでいた。
それは、数時間前。
全身を襲った一つの殺気。
忘れられないのか、未だ藪笠の瞳は桜色に変色している。
恐怖しているのか? そう自身に尋ね返すが、しかしすぐに違うと判断できてしまう。
(……………だったら、さっきから感じるこの違和感は何んだ?)
頭に手を当てながら、藪笠は溜め息をつく。
と、その時。
「おい」
背後からの声と共に、手刀が躊躇なく藪笠の後頭部に振り落とされた。
当然、痛い。
「ぅッ……お前、何しやがる」
「ふん。さっきから何なんだ貴様は」
藪笠は後ろに振り返り、そこにいるどこか不機嫌なリーナを睨み付ける。
「……何がだよ」
「貴様だ、貴様だ! 突然ビビり出すと思えば、いきなり目の色を変える! 今回のことが終わったら何から何まで全て話してもらうからな!」
ふん! と眉にシワを作りながら藪笠の横を通り抜けようとするリーナ。
藪笠は茫然としたのち小さく溜め息をつく。
そんな中、一種の異変は突如に起きる。
「「!?」」
藪笠とリーナ。
共に動きを止め、辺り一帯に警戒を走らせる。
「……………リーナ、気づいてるか?」
「ああ」
周囲に溶け込んでいるが、微かに感じる二つの殺気。
藪笠は、それが数時間前の自身に襲いかかってきた殺気とは違うことに眉を潜ませた。
しかし、今はそれを気にしている場面ではない。周囲を警戒しつつ、藪笠は前にいるリーナに声をかけようと、
「いいか、俺から絶対に離れ」
前に出た、その時だった。
事態がリーナの行動により急変する。
「!!」
バッ、と藪笠の言葉を無視してその場から左方向に向かって駆け出すリーナ。
「なッ!?」
「貴様は先に行け!」
そう叫びながら移動するリーナに対し一つの殺気が離れていく。
「あのバカッ!!」
藪笠は歯を噛み締め足に力を込める。
そして、リーナの向かった方向に足を動かそうとした。
瞬間。
「ッ!?」
ビュッ、と藪笠の行く寸前で再び大石が突き抜ける。
近距離からか、当初に比べ速さが断然に違う。
藪笠は舌打ちと共に体を柔軟に動かし、続けて放たれる大石を数センチの差で回避し続ける。
そして、藪笠の桜色の瞳は大石が発射される位置を見逃さず、回避を続けながら徐々に距離を詰めていく。
(あそこか………!!)
藪笠は一気に自身の速さを上げ、発射位置にいる木に隠れた存在を明らかにするべく、右手を大きく反らし、
「春」
空気を切る、起動を描く桜の爪。
「鉤桜!!」
バキィ!! と瞬間に太い頑丈な木に一閃が喰らわされる。
それはまるで横から中心に向かって噛み砕かれたかのような形だ。
木影に隠れていた存在は、向かって倒れてくる木に対し俊敏な動きで回避する。
そして、藪笠の目の前にその姿を現した。
ボサボサの長い髪、手術服に似た服装。
腕の回りに獣のような毛が生える。
「…………ぐるる」
それは小さな子供の狼を連想させる、少女。
「こ、子供?」
「!!」
藪笠が一瞬、気を抜いた。その瞬間に少女は動いた。
さっきまでの大石を使う戦闘から、自身の爪という武器を使う近接戦闘。
「ッ!? (手加減は、無理かッ!!)」
藪笠は爪の攻撃を防ぐべく、回避と自身の手の甲による受け流しでその場を凌ぐ。
だが、それもいつまで持つかわからない。
それは以前の川岸での戦いで理解している。
(ッ……やるしかない!!)
藪笠は判断を決めると少女の一撃を後退で避け、距離を保ちつつ両腕の構えを解いた。
そして、
「四季装甲、二連季」
「!?」
発せられた言葉とともに、微かな雰囲気の異変に気づいたのか少女の足が止まった。
藪笠は瞳を閉じ、静かな口調で言う。
「咲雪桜陣」
それまで纏っていた力の変化、藪笠の瞳は桜と雪が混ぜあった色へと変色する。
藪笠のいた場所から少し離れた森林の中、
「はぁ、はぁ……まさか、こんな小さな子供に遅れをとるとは」
荒い息を吐くリーナは、目の前の姿を見せた少年に対し苦い表情を浮かべる。
少年の頬には、爬虫類の皮膚を連想させる緑の皮膚があった。
藪笠と対峙している少女と同じ状態だ。
「…………がぁ」
少年は右手の生えた鋭い爪を地面に突き立て、威嚇の表情を見せる。
リーナは気を緩めず手に持つナイフを握り締めた。
だが、
「がぁ……………ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「!?」
少年から発せられた猛獣のような咆哮。
リーナの体がその一瞬、硬直した。
それを猛獣は見逃さない。
地面を蹴飛ばし、リーナの体が反応しきれない程の速さで急接近し、その右手を、
「ッ!?」
リーナの顔面に向かって一直線に引き裂こうとした。
「風式、虹風」
その時。
ガッ!! と、真上から押し付けるような突風。
それに続き、少年の降り下ろしていた右手が地面にのめり込んだ。
まるで、槍のような物で地面に向かって貫かれたように。
「ガアッ!?」
悲痛の叫びと共に両膝をつく少年は地面に落ちた右手を片手で被いながら、その瞳をリーナからある存在に向かって睨み付けた。
「結構な頑丈さじゃねぇか」
カタ、カタ、と音が聞こえる。
リーナはその音の方向に顔を振り向かせた。
そこには、
「ふぅ……」
小さく息をつく、一人の青年。
飛び跳ねた髪に茶色のジャケット。腰に白色をした六角のアクセサリーを携える。
そして、右手にあるは黒色の六角アクセサリーから刀身と柄が突き出た、黒刀。
六角の縦中心をスライドさせたように下がり出来た柄。そして、スライドにより出来たスペースからは黒の刀身が突き出ている。
「がぁ、ぁ」
「……まだやるっていうなら、買うぜ?」
青年は瞳を細め、黒の刀身を少年に突き向けた。その静かな瞳は、無を意識したかのように暗く奥ありの、殺意の瞳。
「!!?」
少年の表情に恐怖の色が見え隠れする。
少年は、慌てた動作でその場から逃げていってしまった。
「………………はぁ」
トン、と地面に腰をつくリーナ。
緊迫感が無くなったことに腰が抜けたといってもいい。
「おいおい、大丈夫か?」
「ああ………」
青年の気遣いの言葉に返答するリーナ。
…………………………………………ん?
「ッ、貴様何者だ!!」
バッ!! と立ちがり、ナイフを構えながらリーナは青年を睨み付けた。
何故、すぐに気を緩めてしまったのか、自身でも理解できない。
「………………ふっ」
青年はキョトンとした後、リーナを見ながらクスクスと笑い出した。
今、物凄くからかわれている。
リーナの額に青筋が浮かび上がる。
青年は黒の刀を上空に投げた。
と、直後に刀身は霧のように消え、柄となっていた部分は元に戻り、黒の刀は元の六角アクセサリーへと原型を変化させる。
青年は上から落ちる六角のアクセサリーを手で掴むと、そのまま足を動かしリーナに近づいて行く。
そして、すっと手を差しのべ青年は笑いながら言った。
「俺の名前は風霧 新。以後よろしく」