◇絵心は大切です
新章前のサブストーリーです。
久々に手描きカラー挿絵も載せてみました。
サブストーリー
《絵心は大切です》
十月の寒い季節。
日曜日でもあり、運動部を除く大半の学生たちは休日を過ごしている。
そんな中、美術室でただ一人。
「うーん、どうしよう」
島秋 花は、絵の具のついた筆を手にうなり混んでいる。
目の前には、立て掛けに掛けられた板紙。
そこには鉛筆で下書きが描かれ、少しづつ絵の具で色がつけられている。
はたから見て良い出来と言ってもおかしくない。
しかし、島秋はある箇所を何色にするかで悩んでいた。
「………青か、それとも橙」
悩んでいる、それは画面に広がる海だ。
そもそも、美術授業の課題では『夏』をイメージした絵を出すことになっていた。
約二名を除く大半のクラスメートは絵を仕上げ、島秋だけはもうちょっと描きたいと先生に申し出たのだ。
そして、約二名というのは…………。
「ッ……、まったく鍵谷の奴」
「あ、藪笠くん」
美術室入り口から入ってきた、寝癖髪をかく藪笠芥木。
島秋とは違い、呼び出しを食らった一人である。
「先生にまた呼び出されてたの?」
「まぁな、鍵谷はまだ怒られてるけど」
「え、怒られてるって、今度は何したの?」
島秋は尋ねると藪笠は頬をかきながら、
「いや、たまたま……何だけどな。……鍵谷と言い合ってた最中に廊下に飾ってた花瓶割っちまってな」
「あー、なるほど。…でも、真木ちゃん何でまだ怒られて」
「職員室出るとき、近くにあった花瓶割った」
「…………」
あはは…、と苦笑いを浮かべる島秋。
藪笠は机上に鞄を置き、自身の描いた絵(先生から強制的に未完成と言い渡された物)を立て掛けに掛ける。
「はぁ……出来てるって言ってんのに」
「………や、藪笠くん。それ、また凄いよね」
立て掛けられた絵。
夏とあり、橙色を使っている。
……いるのだが、
「真っ赤だね、本当に」
「ん、そうか?」
何事も平常心な藪笠。
先生の気持ちも分からなくもない…、と内心に思う島秋。
とはいえ、こうして話し合ってては作業は進まない。
藪笠と島秋は集中して作業に取りかかることにした。
チク、タク、チク、タク……。
時間が刻々と過ぎていく。
島秋の隣で作業に取りかかる藪笠。
橙から青と、色を変えているようだが…………………………さらに現状が悪化している。
一方、島秋はというと、とりあえず他の部分を細かくしようと手をつけていた。
「うーん」
だが、結局最初の問題に突き当たる。
頭をかきながら、考える島秋。
と、そこに、
「何悩んでんだ?」
ひょい、と顔をこちらに向け尋ねる藪笠。
自身のには、手をつけてない所を見るに諦めたようだ。
「あ……ちょっと、海を何色にしようか考えてて」
「海?」
「うん。夕暮れの橙か日中の青か……………藪笠くんは、夏っていえば何色にしようと思う?」
他人の考えを参考にしよう。
島秋は顔を藪笠に向けながら、返答を待つ。
そして、数秒の沈黙から、
「………俺なら」
口元を緩ませ、藪笠は言った。
「青でいいんじゃねえか。島秋だったらピッタリだしな」
え? と目を丸くする島秋。
「私だったらピッタリって……どういう」
「ん? どういうって、そのままの意味だけど」
「………」
「まぁ、何だ」
目と目が交差する。
藪笠は視線を反らし、背中を島秋に向けながら言った。
「何も曇りもない、って意味だよ」
……………………………………つまり、どういうこと?
藪笠に再び尋ねて更に頭が混乱してしまった島秋。
その言葉のうちに何が秘められているか分からない。
だが、しかし、
「……………(私、だったらか…)」
藪笠の言葉。
島秋は口元を緩ませ、嬉しさに悩みがあったことさえ忘れてしまっていた。
「藪笠くん」
「……………ん?」
島秋は筆を手に、こちらに顔を向けた藪笠に声をかける。
そして、
「ありがとう!」
笑顔を浮かべながら、島秋は言った。
内にたくさんの事を詰めた、感謝を込めて………………。
一方、職員室にて。
「とりあえず、反省文三枚な」
「先生! 酷すぎます!!」
「自業自得だろ」
約二時間をかけ、涙流す鍵谷は反省文を仕上げる事となる。
次回から新章に入ります。