二つの歌声
後書きも話は続きます。
「もう始まってるな」
広場から大通りに出た藪笠と島秋。
藪笠は携帯の時刻を確認、同時に道路脇に止めてあった紅いバイクに股がり、
「ほら」
「っわ!?」
ポン、と投げられた赤ヘルメットを何とか受け取り頭に被った島秋は、言われるがまま藪笠の後ろに乗った。
藪笠は、顔を少し赤らめる島秋に対し、
「島秋」
「ん? 何、藪笠く」
「今から結構スピード出るけど、俺の腰から絶対に手を離すなよ」
「え?」
藪笠の注意を促した言葉。
何で当たり前のことを言うの?
島秋は、その忠告に対し首を傾げた。
直後。
ブゥゥン!! ブゥゥン!! ブォォォォォォォォ!!
島秋の受け答えを聞くことなく、エンジンは灯され時速180出る紅い獣が走り出す。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
文化祭の二大イベント。
コスプレコンテストは既に終了し、今は歌声コンテストの中盤に差し掛かりつつある。
「まったく、藪笠も花もどこに行ったの」
体育館倉庫がある人の集まりが見られない広場。そこには、浜崎玲奈の姿が見らる。
数分前、浜崎は職員室に立ち寄ったさい、ばったり会った瞳矢から、藪笠たちが姿を消したと聞かせれ、教室や廊下、中庭などあちこちを走り回っていた。
しかし、最後といっていい、ここにも二人の姿は見られない。
(まさか、あそこから外に出たんじゃないわよね?)
浜崎は目の前にある金網に視線を向ける。
金網の向こうには道路が通っており、よじ登って外に出ることは出来なくもない。
しかし、
(まぁ、花がそこまで大胆なわけないし………あり得ないわね)
肩をすかし、中庭周辺をもう一度確認しようと足を動かした。
その時だった。
ォォォォォォォォォォォォォォォン!!
「?」
遠くから微かに聞こえる音。
車やバイクのエンジン音にしては、やけに物静か過ぎる。
浜崎は音が聞こえてくる方向に顔を向けた。
「っな!?」
その瞬間。
金網を飛び越え、紅い獣を模様したバイクが広場へと侵入した。
この時、浜崎の顔はここに来て一番の驚愕に染められる事となる。
体育館倉庫前の広場に着地する二分前。
「む、無理!! 無理だよ藪笠くん!!」
島秋は精神は、絶叫の寸前まで来ていた。
というのも、校門に向かうのかと思っていたら突如方向を変え、学校裏手の金網に向かって全速で走り出したのだ。
しかも、藪笠に聞くと、あの金網を飛び越えると地獄の返答が返ってきた。
「ねぇ、藪笠くん!!」
「うーん、確かに今のままじゃ無理だな」
「分かってるなら止めてぇぇぇぇぇ!!」
島秋の顔面が泣き顔に変わる。
一方、平然とした表情の藪笠はスピードをさらに上げる。
そして、目の前にある二つの計測器の間につけられた、赤く光るボタンを押した。
直後。
ガコッ! ガシャ!
前後から音と共に紅いバイクはその姿を変える。前輪を守るフレームが左右に分かれ、前輪が真ん中に入るように前に伸び、島秋の後ろにあるフレームは変形と同時に両側から青いパネルが飛び出た。
「ぅえ!? 何、何!?」
突然のことに動転する島秋。
しかし、そんな彼女のことなどお構い無しに、バイクはガソリンから電力へと動力を変え、紅い獣はスピードを最速にまで上げ続ける。
「島秋、舌噛むなよ!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
四季装甲、春を使う。瞳を桜色に変えた藪笠は、前輪を力任せに持ち上げ、道路の小さな段差を利用して、次の瞬間。
「いっけぇ!!」
ドォン!!
涙溢れる島秋をよそに、紅い獣は金網を飛び越え、着地と同時に回転しながら動きを止めたのだった。
シュウゥ…。
フレームが元の位置に戻り、小さな白煙が出る。
「ふぅ、何とか間に合ったな」
「………ぁ………ぅぁ」
ヘルメットを脱ぎ去り、息を吐く藪笠。
一方の島秋は気絶しかけつつある。
そして、藪笠たちの直ぐ側では、
「あ、アンタたち………何やってるの?」
口元を引きつらせる、驚愕した表情の浜崎が立っていた。
時刻は夕方に迫りつつある。
歌声コンテストの司会担当を勤める男子はマイクを通して、
「それでは、これを持って歌声コンテストは終わりとさせていただきます!!」
その言葉に対し、観客席から拍手が沸き上がる。そして、歌声コンテストはそこで終わりを告げようとした、
「ま、待ってください!!」
その時だった。
ステージに荒い息を吐きながら立つ少女。
島秋だ。
「えー、確か君は島秋さんだったよね。悪いけど、もう終わりなん」
「お願いします、どうか歌わしてください」
バッ、頭を下げ頼み込む島秋。
「いや、…………でもそれって勝手な言い分だよ? だって時間内に来なかった君が悪いし」
「………そ、それは」
男たちに捕まっていた。
そう言った所で、ここにいる皆が信じてくれるものか。
「……………」
完全に言葉を止めてしまった島秋。
司会の男は溜め息を吐き出し、終わりの言葉を口しようとした。
その時だった。
「ーゥ………ーゥ…♪」
校内の放送機。
そこから聞こえる歌声。
詩ではなく、これはメロディーだ。
しかも、下手や上手を通り越した、人々の心に直接語り掛ける美声。
放送室。
文化祭の時間に合わせてテープを変えて流す。
そんな中で、放送員の女子と浜崎の視線が一人の少年。
棒状のマイクが立てられた、ガラス張りの室内で声を出す、藪笠に集中する。
「ーゥ♪ ーゥ♪」
藪笠の瞳が微かに雪色に変わる。
四季装甲、冬。
雪羅。
音による干渉を司る。時に一定の感情を膨れ上がらせることもできる。
そして、自身の感情も辺りに干渉、問い掛けることも…。
島秋は放送室の窓に顔を上げた。
そして、この声。
聞き覚えがある、この声。
「藪笠くん………やっぱり歌上手かったんだ」
島秋が呟く。
それと同時に奇跡が起きた。
観客席に座る一般人。
皆がさっきまで帰ろうとしていた。
だが、今誰もが椅子に座り、手拍子で開始を促している。
司会役の男子は、渋々といった表情で島秋にマイクを渡す。
「…………ありがとうございます」
島秋はマイクを手に、ステージ中央に立つ。
そして、指定された曲が流れ始める。
それに付け加えるかのように、藪笠の歌声も、
「…………すぅー、はぁー」
島秋は深呼吸をしたのち、唇を動かし詩を歌う。
それは、二つの歌声。
一人は少女のために。
そして、もう一人は少年のために……。
歌声は皆の心に問いかけと安堵を与えた。
「島秋さんの優勝に、乾杯!!」
いぇーい!! と教室内に感激の声が響き渡る。
島秋は、歌声コンテストを無事に成功させ、さらには一位にまでなることができた。
当初は一位になるとは全く思ってなかった島秋。優勝を告げられた瞬間、島秋は堪らず泣いてしまったりもした。
「それにしても、花も大変だったわね。先生が助けてくれたのよね?」
「うん、笹鶴さん凄かったよ」
そうでしょ、と浜崎は満足といった笑顔を見せる。
島秋は苦笑いを浮かべつつ、不意に辺りを見渡し、
「どうしたの、花?」
「え、あ………いや、藪笠はどこかなぁって?」
藪笠? と辺りを見渡す浜崎は、そこであることに気づく。
「あれ、真木もいないわね?」
夕方から夜へと変わり、空は暗闇に包まれる。そんな学校の屋上で紅い羽織を着る藪笠は一休みしていた。
「……………」
雲が邪魔をして星空が見えない。
しかし、藪笠は夜空を見続ける。
「番長さん」
と、そんな藪笠に背後から声がかかった。
振り返ると、そこには私服姿の鍵谷真木が立っている。
「まだ着てるんだ。かっこいいじゃない」
冗談半分な言い方。
藪笠は呆れながら言う。
「………お前、本気で言ってるの」
「言ってない」
藪笠が言葉を言い切る前に不定する鍵谷。
鍵谷は藪笠の隣まで足を進め、顔を伏せながら尋ねる。
「その服………嫌だったんじゃなかったの?」
「……………」
顔に書いている。
そう言いたげにこちらを見る鍵谷に藪笠は溜め息を吐く。
「ああ、まぁな。………だけど」
「だけど?」
心配げな鍵谷の視線が向けられる中、夜空を見上げ、藪笠は言った。
「自分のしたことは、どこにいっても戻ってくる………って思ってな」
鍵谷はその時、藪笠が何を思って羽織を着たのかと考えた。
分かるとは思わない。
それでも、今の藪笠の表情を見て考えられずにいられなかった。
鍵谷はわずかに視線を落としつつ、藪笠に尋ねる。
「……藪笠は、文化祭楽しめた?」
「………ああ」
「また、来年も楽しめる?」
「……ああ」
「………………」
ドクン、ドクン。
胸の鼓動が早くなり、体が無償に熱い。
歌声コンテストが終わった後、藪笠と島秋が教室で話し合っていた。
そして、その時。
胸が締められたように痛かった。
言うなら今だ。
誰もいない。このチャンスを逃してはいけない。
「や、藪笠」
鍵谷は顔色を赤くさせ、隣にいる藪笠に詰め寄り、そして、
「わ、私、藪笠のことが…」
そう言いかけた………………直後。
トゥルルン、トゥルルン♪
「!?」
「ん、電話か。……ん? 鍵谷、何固まって」
「な、何でもない!!」
ダダダダッ!!
全速力で屋上から出ていってしまった鍵谷。
藪笠は首を傾げつつ、とりあえず携帯の着信に対し、通話ボタンを押した。
「……おぅ。珍しいな、お前から電話なんて」
『ほっとけ、玲奈様には内密で電話しているんだ』
電話の相手はリーナだ。
『これは有力な情報だから、貴様に伝えておこうと思ってな』
「それはわざわざ、ご苦労なことで」
『言っておくが…………………貴様が前に渡した紙に関係することだぞ?』
「…………………わかったのか?」
藪笠の表情が一変する。
耳をすませ、無言のリーナの返答を待つ。
『……関わりがある場所を見つけただけだ。ここからかなり離れた場所だが、そこで奇妙な情報があった』
リーナは声を低くさせながら、静かな口調で言う。
『人とも動物とも思えない者が生息している、という情報がな』
文化祭が終わりを告げ、藪笠は微かな情報を手にする。
だが、それは一線を越えた。
決して会うはずのない、あの男との遭遇を意味する事となる。