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季節高校生  作者: GORO
第1章
5/99

競争

続きで編集しました。



四月三十日。

平常通りの三時間目。

絶好の天気に見舞われたその日。藪笠のクラスでは体育の授業が行われていた。


「今から長距離走るぞ」


体格の良い男性教師、留沢友秋(るいざわ、ともあき)はホイッスルを手に持ち、スタート地点前に立つ。

この学校では、長距離走や短距離走などの時だけは男女一緒に走るといういった変わった風習があり、そのためこの時間、藪笠たちは男女一緒に走ることとなっていた。

周りの男子や女子たちは各自に準備体操をする中、


「頑張ろ、真木ちゃん」


島秋は、ストレッチをする鍵谷にそう声を掛けた。

だが、


「…………」


黙々とストレッチをする鍵谷。

どうやら集中していることで、島秋の声が全く耳に入っていないようだ。


「えーっと、真木ちゃん?」


島秋は首を傾げ、体操する鍵谷の肩に触れようとした。

すると、その時。


「ほっときなさい、花」


後ろから腰に手をついた浜崎が島秋を呼び止める。

何で? と島秋は振り返りながら尋ねると、クイッと浜崎は後ろにいる一人の男子を指をさす。

それは、鍵谷と同じ黙々と準備体操をする少年。


「や、藪笠くん?」


どこか真剣な表情の藪笠。


「何でも、何週するかで勝ったら今日の昼食を奢ってもらうみたいよ」


呆れたように息を吐く浜崎。

はは…、と島秋は苦笑いを浮かべた。

そうして、準備体操を終えた藪笠たちは留沢の集合のホイッスルを聞き、スタート地点に集合した。

スタート地点の付近には大樹がそびえ立つ。到着地点の目印としては、よく目立つ。

校舎裏を使った大回り一周は、約一キロとなる。

留沢はホイッスルを咥え、


「よーし、それじゃあ一について」


長距離走。

昼食をかけた。


「よーい………」


レースが。


「ドン!」


ホイッスルの音とともに、始まった。

そして、その瞬間。


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!


藪笠と鍵谷の全速疾走。

スタートしかけていたクラスメートたちは唖然とした表情を浮かべ、徐々に離れていく二人に留沢は呟く。



「あいつら………短距離走と勘違いしてるんじゃないだろうな」










走るルートは運動場から校舎の裏を周り、そのまま運動場に戻るといったもの。

藪笠と鍵谷はちょうど校舎の裏手を爆走していた。


「言っとくけど、負けたら昼飯奢れよ!」

「あんたこそ、負けたら奢りなさいよ!! 一杯奢らせてやるから」


共に眉間にしわを作らせ、走る足に力を込める。

このまま、そのスピードを持続させる。


そうなる、はずだった。



十五分後




「「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」」

「あんたら、馬鹿でしょ」


全速力で六キロも走っていればそうなるだろう。

浜崎は呆れた眼差しを向けつつ、ペースダウンした二人に溜め息を吐いた。


「藪笠くん!! 真木ちゃんも、ファイト!!」


浜崎と違い、応援してくれる島秋。

その気遣いがとても痛い。


「お、おう……」

「あ、ありがとう……」


苦笑いを浮かべる藪笠と鍵谷。走り去っていく浜崎と島秋を茫然と見ることしかできなかった。

二人を除いたクラスメート全員は、長距離走五キロを走りきり運動場で休んでいる。

本人の自由で止めることが出来たにも関わらず後一キロ走ることを選択してしまった藪笠と鍵谷は、最後を走っていた浜崎と島秋に追い抜かれ、ついにはラストの二人組となってしまった。

校舎裏の終わりに差し掛かる。

その時だった。


「ッ!?」


一瞬、表情を歪ませる鍵谷。

前を走っていた藪笠は、そんな鍵谷に振り返る。


「どうした?」

「別に…………何でもないわよ」


眉を潜め、いつも通りの喧嘩口調で顔を背ける鍵谷。


「………………そうかよ」


冷たい目線。

藪笠はスピードを上げ、校舎裏終わりの角を曲がり、鍵谷の前から姿を消した。

その場に、静寂が漂う。


「…………」


鍵谷は走る足を止め、左足首を覆う靴下をずらした。そこには、小さな内出血の青アザができている。

馬鹿だなぁ、と呟く鍵谷。

その言葉は誰の耳にも届かない。

深く溜め息を吐く鍵谷は、ゆっくりと左足を引きずり仕草で校舎裏終わりの角を曲がった。

その直後。


「馬鹿」


苛立ちの籠った一言。

曲がった瞬間、そのすぐ側で立つ藪笠芥木が腰に手をつきながら呆れたように息を吐いた。

な、なんで…、と目を見開かせる鍵谷。

先に走り去ったはずの藪笠が、そこにいたことに驚きを隠せない。

藪笠は肩を軽く回しながら地面にしゃがみ込む。


「ほら、足ひねってんだろ」


無意識のうちに左足をかばっていたことに、藪笠は気づいていた。

そして鍵谷が、痛みをやっと自覚したことにも。

やや戸惑いを隠せずにいたが、いつまでも背を向けしゃがみ込む藪笠に顔を赤らめ、鍵谷は素直に背中に乗りかかる。


「ッ、重い……」

「ブッ!? う、うるさい!!」











大樹下で、留沢やクラスメートたちが見る中、藪笠に背負われた鍵谷たちが帰ってきた。

既に三時間目終了のチャイムが鳴り終わっている。


「どうしたんだ鍵谷!」


留沢は藪笠たちに駆け寄り、後ろには浜崎と島秋の姿も見える。


「こいつ足ひねったみたいで」

「…………」


藪笠は鍵谷の状態を留沢に説明し、留沢に鍵谷を任そうとした。

だが、


「先生。私、保健委員なんで、真木ちゃんは私が連れて行ってきます」


珍しくそう言い張る島秋。普段なら一歩退いた位置にいる彼女が珍しくそう名乗り出たことに、留沢はやや圧されたような表情でそれを許可した。

島秋に肩を借りて保健室に向かう鍵谷。


去り際、鍵谷の顔が赤かった事に、気のせいか、と思う藪笠。


と、その時。


「藪笠」


背後から浜崎に声を掛けられ、後ろに振り返る。

そして、何故かニコニコとした顔で浜崎は、


「ふん」


と、躊躇ない足蹴りを右足首に向かって振り下ろす。

ドゴッ、と鈍い音と共に。


「ッーーーーーーーーーーーーーー!?!!!」


激痛から全身を震わせる藪笠。

浜崎が蹴ったのは、鍵谷とは反対の右足首。

よく見ると靴下の端から鍵谷に負けないぐらいの青アザができている。


「はぁ。ほら、あんたも行くわよ」


浜崎は溜め息を吐きながら、藪笠に手を差し伸べる。

一方、激痛に見舞われる藪笠はというと。


「ッ………おま……な………」


涙目で顔を歪ませていた。









三時間目から時間が経った昼休み。

生徒たちで埋め尽くされた食堂。一年から三年まで多くの生徒が集まり、そこら中から良い匂いが漂っている。

そんな中、


「「で?」」

「うん?」


白い椅子に腰かけ足首に包帯を巻く藪笠と鍵谷は、向かい座る浜崎を睨む。

理由は彼女が言った昼食を奢れという言葉にある。


「何でお前の飯代をおごらないといけねぇんだよ」

「そうだよ、玲奈!!」


共に不満をぶつける藪笠と鍵谷、抗議はあれこれ五分と経過している。

だが、学年トップの成績を収める浜崎は、


「私、あんたたちのせいで四時間目遅刻したんだけど」

「「ッ……………」」


一瞬で黙らせる。

藪笠や鍵谷など、敵ではないというかのような姿勢だ。

ずーん、と落ち込む藪笠と鍵谷。

と、そんな時だった。


「玲奈ちゃーん!」


食堂の入り口からこちらに向かって走ってくる島秋。


「島秋?」


首を傾げる藪笠は瞬間に思った。


なんで島秋がここに?


鍵谷も同じことを思ったらしく、首を傾げる。

そんな中、島秋の口からでた言葉。

それが、モヤモヤとした疑問を、



「ねぇ、玲奈ちゃん。ご飯奢ってくれるってホント?」


一気に解決してくれた。

同時に悪夢をつけ加え。


ガチッ、と硬直する藪笠と鍵谷。


………ご飯、奢ってくれる?

それって、確か俺たちが浜崎の昼食を奢らないといけなかったんじゃ…………。


………………………。


「あー………浜崎。まさか……嘘だよな?」

「そ、そうよね! 玲奈、そんな意地悪なんかしないよね!?」


共にうろたえる藪笠と鍵谷。

無理もない。

何故なら、島秋には密かな伝説がある。


その体型からでは想像できない、それほどの大食い王であり、噂では放課後に残った二十品ほどの食堂料理を一人でたいらげたとか。


もし、そんな彼女の分まで払うとなると、それは間違いなく二人の財布に終わりが告げられる。



勘弁を!! と眼差しを送る藪笠と鍵谷。

対して、浜崎は満開の笑顔と共に、


「いーや♪」


ニッコリ、と藪笠と鍵谷に地獄に送り出したのだった。


そして、その後。

昼食の食堂料理が全てたいらげられた、といった噂が再び学校中広まることとなる。



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