夏のプールに二人
あの事件から数日が経った。
あの後、鍵谷は無事に藍の元に帰り、御影源氏は警察に逮捕された。
もちろん、あの場に居合わせた藪笠も警察署に連れられ事情聴取を受け、高校生が二度に渡って事情聴取とはいかがなものかと思う。
幸い鍵谷には外傷は見られず藍のお陰もあって無事に事なきを得た。
そして、それから数日と言ったが実際には三日後である…。
「……めんどくさい」
夏の日射しの中。
藪笠は今、上半身裸の海パン姿で学校のプール場に来ていた。
いや、言うならば呼び出された。
それは朝、体育指導の男性教師。恥里竜馬からの一通の電話から始まった。
内容は簡潔。
『俺もわざわざサボり魔のお前を呼びたくないんだが……他の教師からの慈悲に感謝しろ。今日の補習を受けるだけでいいから今からプールの用意を持って学校に来い』
……慈悲なんて初めて言われた気がする。
とはいえ、慈悲をありがたく受け取った藪笠は言われた通りプール着の入った袋を手に学校のプール場前に来た。
プールの深さは大体170㎝の身長をした人が入って首にいくか、といった辺り。
プール場に入る前には男女の更衣室があり、そこを通るか教師専用の部屋を通る以外道はない。
だが、女子更衣室に入る趣味のない藪笠は素直に男子更衣室に入る。
どうやら呼び出されたのは藪笠一人らしい。
誰もいない男子更衣室で藪笠は息を吐き、壁にずらりと並んだ箒入れサイズのロッカーに荷物を置き、着替えるのだった。
と、いうわけで現在に戻る。
恥里が来ていない事を確認する藪笠は再び溜め息を吐く。
(……とりあえず準備運動でもしとくか)
手首を振りながら、更衣室からプールサイドに足を進める藪笠。
と、その時。
「うーっん………ふぅ」
体を伸ばしていたのか、聞き覚えのある声。
ギギギ、と顔をゆっくりと動かす藪笠。
声が聞こえてきたのは女子更衣室の出口。
視線を向けるとそこには一人の女子がいた。
そして、初めに目に映ったのは水着を着た事でよく見えた生足。
ほっそりとした脚足をしている。
次に映ったのは体の輪郭がはっきりとわかるスクール水着だ。
胸はかなりある。
……………………………………いやいやいや!!
そんなことはどうでもいい。
一番に注目する所。
それは顔。
見知った顔。
少し伸びたみたいだがその茶色の短髪と、藪笠がいることにやっと気づいたのか頬を赤らめたその顔の女子。
「……………………」
島秋 花が茫然と視線を交差させながら固まっていた。
……………………………………………………………………。
「それじゃあ、補習というわけでクロールを30周、始め!!」
ピィ!! と笛を吹く恥里。
あの後、直ぐに恥里が現れ藪笠たちは共に準備体操を行った。
だが、知らない同士ならまだしも同じクラスで知り合いだ。
さらに水着姿もあって両者共に気にしてしまう。
「……………」
「……………」
口を開かず、藪笠たちはただただ補習を早く済ませようと水中に潜る。
最初は冷たかったが次第に水温に慣れた藪笠と島秋は、ほぼ同時にスタートを始め水中をクロールで突き進んだ。
距離はおよそ25meter。
30周………………思ったより長い。
藪笠は心の中でひっそり溜め息を吐くのだった。
とはいえ、実際はそうキツくはなかった。
男女の差か、島秋が15周に来た時には既に藪笠は30周を終えていた。
しかも、恥里は既に職員室に帰ってしまった。
……恥里の去り際の一言。
『島秋はマジメだから教師がいなくてもしっかりと泳ぐ。だから藪笠、鍵閉め頼んだぞ!』
「………あんのバカ教師。覚えてろよ……」
はっきり言えば、サボるかもしれない藪笠が終われば安心。
そことなくバカにされている。
ベンチに座る藪笠は一瞬、地団駄を踏みたい気分になった。
と、
「や、藪笠……くん…」
「ん?」
島秋の声。
顔を上げるとそこにはプールサイドに顔を出す島秋の姿があった。
「私、後何周なのかな…?」
「え、ああ。えーっと……………後10周」
「後10周………多いなぁ……」
「まぁ、確かに………………ってそれより気になってたんだけど、何で島秋、補習なんか来てんだ?」
「あはは……、ちょっと前のプールの授業の時に足吊っちゃって」
苦笑いを浮かべる島秋。
プールでの吊る事は別に誰にでもある。
不思議ではない。
ただ、何だろうか。
嫌な予感がする。
再び泳ぎ出した島秋に藪笠は苦い表情で見つめる。
1周目………。2周目……。3、4、5、6、7、8、9周………め……。その時。
「っ、かぽッ!?」
「ッ!? 島秋!!」
ザバァン!! と。
水中で激しい音が鳴った。
「…………………っ」
島秋の目がゆっくりと開く。
プールサイドに寝かされている島秋の側にいた藪笠は重い溜め息を吐きながら腰を下ろした。
「………あれ、藪笠くん?」
「島秋、ハリキリ過ぎだ。全く……」
「え、…………なんで、ッ!?」
「足。吊ってるだろ」
「あ、……うん」
足首を抑え、頷く島秋。
あの時。話からか何か島秋がドジりそうな気がしてならなかった。
実際、そのお陰で冷静に対処できたわけだが。
安堵の息を吐く。
と、そんな藪笠に島秋は尋ねる。
「藪笠……くん」
「ん?」
「わ……私…………溺れた、んだよね?」
「まぁな……」
「気絶……してた?」
「……ああ」
何が言いたいんだ?
顔を赤らめ段々と声を小さくする島秋に首を傾げる藪笠は、
「……おい、しまあ」
「じ、じゃあ」
尋ねようとした。
だが、その言葉を島秋は遮ぎり唇を開き、
「その、もしかして対処…とか…も?…」
「ブッ!?」
やっと、言いたい事はわかった。
つまり、島秋が言いたいのは応急措置。
心臓マッサージや人工呼吸等をしたか? についての事だったのだ。
動揺する藪笠。
不意に島秋を見ると、島秋は唇を手で触り、胸元を抱えるように片腕で被う。上目遣いに頬を赤らめ、濡れた髪の毛がその白い肌に当た、こちらを見ている。
「な、なななッ……!?」
「………藪笠…くん」
「違うからな!? 一応言っとくけど、対処する前に起きたから、島秋は!?」
「…………ホント?」
「ああ!! ホントにホントだから!」
「…………………」
「…………ぅぅ」
島秋の視線から顔を背ける藪笠。
対処する前と言ったが、実は嘘。
人工呼吸や心臓マッサージではなく、藪笠自身が使う四季装甲を使ったのだ。
……………正直、人工呼吸とかの方がいいのではと思ったが。
「藪笠くん?」
「…………………」
「藪笠くん? 聞こえてる?」
「………………………」
聞こえないフリをしながら話を終わらせようとする藪笠。
しかし、密かに美味しい体験をした者には、結局。
「藪笠くん。私の……」
「…私の?」
「……胸とか触ったよね」
「ッ!? なな、な……いやッ!? 触ってないから!?」
「藪笠くんの…………えっち……」
結局、藪笠はあたふたするハメになった。