二泊三日の二日目
時刻は早朝の五時。
まだこの時間帯だと通行人の姿などはあまり見られない。
だが、行き先が遠いとなれば別だ。
早めに家を出てちょうど到着地につく頃にはいい時間帯になる。
さらにいえば、通行手段が徒歩しかないとすればなおさら。
「暑い……」
「……うん。暑い」
セミが泣き出し、陽が地上を照らし出す。そんな中、籔笠と鍵谷はその一言を言うや口を閉ざした。
現在の時刻は七時半。
正確にいえば現在、坂になっている森林の中を歩いていた。
理由は話せば長くなる。
今日、行く予定だった遊園地。
その付近まではバスでこれた。
だが、そこからが最悪だった。
『歩行禁止!?』
どうやら、事故を防ぐために歩行者と車道が分かれているらしく、さらにいえば歩行者用の道はやや山みたくなった森林を通らなくてはならなかった。
籔笠たちは遊園地まで行くバスがあるか尋ねると返ってきた返事は『ない』だそうだ。
諦めて帰ってもよかったがせっかくここまで来たのになにもせずに帰るのは籔笠と鍵谷にとって気にさわる。
言うならば『負けず嫌い』と、いうわけで今だめげずに籔笠たちは足を動かし階段を登る。
森林の道は人工的に作られた階段で形成されていた。
「………これで普通だったら訴えてやる」
「……………」
籔笠たちは荒い息を上げながら歩き続ける。
森林に入ってから、時間は約一時間。
「ふざけんじゃねえぞ、コラァァァ!!」
「お、お客様!落ち着いてッ!?」
着いたそうそう、籔笠の我慢も爆発した。
あれからさらに歩き続けて一時間。
荒い息でやっとたどり着いたら二人は近場にあった椅子に腰を下ろした。
登っただけあってそこからはいい眺めが見える。
鍵谷は少し感動に浸る。だが、籔笠は違った。
籔笠の視線はそこから見える光景ではなく、そこから見えるもう一つの光景。
車の通る道路。
それも出発地点にあるカーブポイント以外何の曲がり道もない一直線の道路だ。
森林に入る前、車道を見たときには曲がり道のせいで見えなかった。
しかも、車道とは違い、歩行者専用の道は終着点に付くまで曲がり曲がるの連続。
きわめつけは、近場を通った車持ちの人に聞いた到着時間。
三十分。
「いくらなんでも差がありすぎだろ!!車で三十三分、徒歩で二時間だぁ!しばき倒すぞマジで!!」
「そ、そう言われましても…」
「森の中は何回も何回も曲がりの連続だし」
「ウォーキング目的のために作ったんですよ。楽しめました?」
「楽しめるかぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
結果、籔笠は店員を追いかけ回すことになった。
時刻は八時四十分。
「あ、籔笠。どうだった?」
「……逃げやがった」
眉間を寄せ、先に遊園地に入ってベンチでジュースを飲んでいた鍵谷の隣に籔笠は腰を下ろした。
どうやら、制裁を与えるべく追いかけ回したが逃げられたらしい。
「はぁ…何か疲れたな…」
「そうだね……あ、はい。ジュース」
ああ…サンキュ、と受けとる籔笠。
ジュースを飲みながら辺りを見渡すと結構な人の数が集まっている。
「ふぅ………。で、どこ行くんだ?」
「え?もう休憩とかはいいの?」
まぁな…、と籔笠はポケットに入れていた、入園のさいに渡された遊園地のマップを広げる。
現在地はちょうど敷地内の真ん中。
アトラクションは四つに区切られている。
森を利用した迷路。
観覧車やジェットコースター、子供向けの乗り物が集まる遊び場。
噴水に芝生といった広場。
最後に巨大な屋敷のお化け屋敷。
見るからにありきたりな普通の遊園地。
「屋敷のお化け屋敷か、……どう」
「別にいいけど、あんまり怖いとか言わない方だから」
「………普通の女子なら、怖いよ、とか言うんだけどな」
「……どうせ私は花とは違いますよーだ」
「は?何で島秋の名前が」
「そんなことより!私はここにいきたい」
「ん?」
鍵谷が話を中断させ、マップの一つを指さす。
籔笠は首を傾げ、指の先に視線を向ける。
………………………………
数秒の沈黙の後、籔笠は息を吐き、
「お前……」
「ん?」「ほんと女らしくねえグハッ!?」
バゴォ!!と、
籔笠の顎に渾身の拳が炸裂した。
「何か?」
「………何もないです」
フン、とズカズカと行ってしまう鍵谷。
顎を押さえながら籔笠は渋々とついて行くのだった。
一本のネジが飛び散る。
敷地内のすみに建てられた係員待機所。
今だ建築のさいに使ったら機材やらがその場に置いてある。
そしてそこからは破壊音と共にけたたましい声が鳴り響いた。
「いいから教えやがれ!どこに置きやがった!!」
「し、知らない!!知らないんだ!」
片手にナイフを構え、従業員である一人の男を押し倒す男。
額に切り傷を残し、季節感ない厚着の服を着た男。
男は従業員から手を引き、辺りにいた従業員たちを見て皮肉な笑みで笑う。
「………まぁ、いい。分からねえなら探して貰おうじゃねえか」
来た場所は森を利用した迷路。
森を利用するからそんなに複雑に出来ていないと思っていたが、実際はやたら細かかった。
木と木の間をレンガをセメントで塞ぎ、通り道を作る場合は木を切ることはせず、木と木との間をうまく利用して通り道を作っている。
「…………すごいね、なんか」
「…ああ、…でも、これ作るのに結構な時間がかかったんじゃ…」
「…あ、でも何か一週間で完成させたらしいわよ」
一週間!?と振り返る籔笠。
「うん、パンフレットに書かれてる。集められるだけの大工さんを集めたみたい」
「金掛けすぎだ」
籔笠は呆れたように息を吐き、鍵谷と共に迷路を進んでいく。
木の葉の日陰により、多少は暑さを防げる。
「ねぇ、籔笠」
「ん?」
「……今日は、ありがとう」
「………言うなら普通帰りにだろ?」
う、うん……、と頷く鍵谷。
そして、そっと手を前に出し、前に顔を戻し歩く籔笠の手に触れようとする。
だが、直ぐに顔を赤くさせその手を引っ込めようとした。
「………似合わないな、お前には」
「え?」
ガシッ、と。
その瞬間、籔笠は引っ込めようとする鍵谷の手を掴んだ。
鼓動が一気に飛び上がる。
顔を上げるとそこには口元を緩める籔笠の姿が。
「堂々とやりたいことをしたらいい、それがお前だろ」
「籔笠………」
辺りの視線もなく、沈みかえる道の中。
籔笠と二人。
ずっとこのまま、
「や、籔笠……、わ、私」
直後。
ガガッガ、と。
木に設置されていたマウスからアナウンスが聞こえてきた。
『えー、只今から特別イベントを開始いたします。参加を希望する方は公園広場に集まってください』
タイミングが良いのか悪いのか。
一人真っ赤にさせる鍵谷は肩を落としガックリとした表情でふと籔笠に視線を向ける。
「…………」「?どうしたの、籔笠」
いつもと表情が違う。
鍵谷はそれが直ぐにわかった。
だが、同時に今の表情と似ていた時があった事を思い出す。
それは春の終わり。
病院に集まった時の、あの時の、
「鍵谷」
「ふぇ、ッパ!?」
バシッ、と額にデコピンが炸裂。
額を押さえながら籔笠をにらみ返すとそこには。
「何してんだ?さっさと迷路抜けるぞ」
普段と同じ、籔笠の表情があった。
「う、うん。…………でも今の私やられ損だよね」
「いや、やられてむしろ良かっただろ?」
「良くない!」
籔笠は走りながら鍵谷と距離を開け、鍵谷は負けじと追いかける。
そこで、鍵谷の視界にあるものが写る。
固められたレンガに飛び出した茶色の布。
何かの鞄の取っ手のように見えたが、鍵谷は気にすることなく足を走らせた。
これがある事件のきっかけになるとも知らずに。