1 公園の話・前
結局あの後、キャンパスまで着いてこようとする白縫さんを説得して近所のタリーズで放課後まで待たせた。迎えに行ったらよりにもよって同じ学部の女の子たちに声を掛けられていたので更に時間がかかって、夕食にありつけたのは7時過ぎだった。例の黒い車で30分、国道沿いの大型ショッピングモールのフードコートまで連れて行ってもらったのは単純に保身のためだ。なにしろ白縫さんはよく目立つ、こんなのと一緒にいるところを知り合いに見られたくなさすぎる。
「好きなのなんでも食べていいからね」と白縫さんは笑う。どうせおごりだからとチェーンのたこ焼き店に並んで、ファミリー用のパックを買ってもらって全部食べることにした。白縫さんは俺の会計を済ませた後にステーキショップに並んでいた。
何を話したかは覚えていない。特に話すべきこともなかったような気がする。ただ、席に戻ってきた白縫さんが持っているプレートには唐揚げと目玉焼きのトッピングがされていて、結構子供っぽい味覚の持ち主なんだなと思った覚えだけがあった。
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白縫さんが昼間にも出るようになったからと言って俺の生活様式は変わらない。
朝起きたら身支度をして、授業が何限からだろうととりあえず登校して図書館で読書したり課題を片付けたりする。昼は学食で食べたり家で食べたり、日によるけどあまり贅沢はしていられない。週に3回は学生街の居酒屋でバイトをして、後は帰って寝るだけ。時間があるときは足を伸ばして公園を巡ったり、そこで何となく時間を潰してぼんやりしたりする。葉擦れの音を聞きながら木漏れ日を浴びているときが、何故だか昔から妙に落ち着くのだ。
そして、非常に残念なことに――奴らが現れるのも変わらなかった。
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できるだけ大きく取ったぐるりをできるだけゆっくり歩いても5分で一周できてしまいそうな、住宅地の中の小さな公園は最近見つけたお気に入りスポットだった。垣根が低木で見通しも悪くない、にもかかわらず子供が少ないのは小さすぎて遊具の類が置けないからだろう。
少なくともさっきまで俺はそう思っていたし、その真贋はわからない。
公園の一番奥まったところ、大きく茂ったクスノキの下に置かれた昔ながらの横に長くて仕切りのないベンチに腰掛けて、ぼんやりと頭上を見上げていたのだ。気付いたら空が赤らんでいた。もう夕方だろうか。結構な時間が経っている気がして、そろそろ帰るかと立ち上がろうとして。
ベンチに突いていた左手の指先、爪と皮の間全てから白くてひょろひょろと伸びた何かがベンチにがっつり絡みついているのに気が付いた。つるつるしていて、やや湿り気のある質感。小学校の理科の実験で育てたカイワレ大根の根を思い出す、というかそれそのものだ。気付いた瞬間にじくじくと指先が痛み出す。
最初に考えたのは「思ったより早かったな」で、次に思ったのは「違う服を着てくればよかった」だった。どうせすぐに苦痛がやってくるのだから、どうでもいいことだって先に考えておいた方がいいに決まっている。大学の近所、穴場の古着屋で買った3000円のシャツだって俺にとっては宝物だ、せっかくちょうどいい風合いのを見つけられたのに。