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穏やかなミューズ  作者: 鎮目雪
異世界のお話は大体死んでから始まる
4/8

4多忙な執事長

 ミューリがそれを見つけたのは偶然だった。


 百年も放置されたピオスフィラの城を解体するのは簡単だ。なんせほとんど崩れてなくなっていたのだから。しかし下の基礎部分は、ほとんどダメージを受けていなかったので一部は残して作られた。掛かる費用の削減という意味もある。

 その為、元の地下室の一室がそのまま残っていた。地下室の大半は貯蔵庫で、ダメになっていた食べ物は全て畑の土に混ぜたらしい。


 そこへ忍び込んだ兄妹は、種を見つけた。

 大人の両手ほどの大きさの麻袋の中に大きな種がいくつか入っていたが、そのほとんどは死んでいた。ミューリが部屋に持ち込み一つ一つ確かめて、三つだけ「生きてる」と判断した他は、水に着けても膨らまずただ乾いて土のように崩れるばかりだった。

 子供の手に一つしか持てないほど大きな種。それだけでは何の植物なのか分からなかったが、何か実がなれば良いと思って植えてみたのだ。

 その種が芽を出してから、三日。



「三日でここまで成長するのは、流石におかしいと思います」



 この子はたまに当たり前の常識が分からない、と執事長と文官を兼任するプロテウスは、ミューリに袖を掴まれながら苦笑する。

 ミューリとしては、元の世界との違いを擦り合わせているだけなのだが、他から見たらは心底不思議な生き物だ。子供として大人のような発言は控えているつもりではあるが、どうにも控えられていない。控えるより興味が先立って、子供であることをつい忘れてしまう。



「やっぱりそうですか?」

「そうです。水以外には何かあげていますか?」

「いいえ。あ、麦の殻は土に混ぜています」

「麦……何故?」

「通気性が良くなります」



 サラサラとあまり水気を含んでいない土を人差し指で触りながら、ミューリは少しだけ眉を顰める。


 これだ、とプロテウスは静かにミューリを観察する。貴族であれば、趣味でもなければ庭いじりなどしない。当然この城でも、城の雑務をする使用人が三人であっても、庭の手入れはその者たちの仕事だ。むしろ高貴な人が来る前に手入れを終えなければ、無能のレッテルが貼られる。ほぼ植物の無いピオスフィラ城においては、その心配もないが。


 人手不足の金不足、ついでに水不足の食料不足。貧乏貴族極まれり。

 それでも子爵家の要らないと言われた四男を受け入れてくれたピオスフィラ辺境伯に、プロテウスはどこまでもついて行こうと決意している。


 ふ、と思考を現実に戻せば、いつの間にかミューリの方がプロテウスをじっと見ていた。

 パチリと目が合うと、にっこり笑ってうんうんと頷いて、小さく摘むように掴まれた袖を少し引かれる。



「暑くてボーッとしてしまいましたか? 付き合わせてしまってすみません。これも『庭に行く』と言ったのにじょうろを忘れたレイアのせいです。いえ、そもそもはお父様の『城内であっても誰かと一緒にいなさい』という言い付けのせいでしょう。プロテウス、もし具合が悪くなったら私に教えて下さいね。お父様に言いつけて差し上げますからね」



 晴れて私は自由を得るから具合が悪くなれ、と顔に書かれていた。プロテウスは微妙な顔をしながら天使のような笑みを浮かべる相手に、「ありがとうございます。今のところは健康です」と返す。「それは残念です」と隠しもせず言うミューリの後ろでは、じょうろに水を持ったレイアが数歩後ろで立ち止まっている。

 「レイアのせい」という発言の辺りでビタリと足を止め、目元を片手で覆ったのを、プロテウスは視界の端で見た。おそらく近付いていることを分かっていて言ったのだろうな、と震えるメイドを憐れんだ。



「ミューリ様、レイアが来たようなので、私は執務に戻ります」

「わぁ、気付きませんでした」



 ほわほわと柔らかく笑いながらの言葉に、レイアはその場に崩れ落ちた。プロテウスは苦笑いでそれを見ていると、摘まれていた袖が緩く解かれた。目を移せばミューリが皺を伸ばすように腕を撫でているところだった。

 ミューリは感謝を述べて、軽くプロテウスへと頭を下げる。金色の触り心地の良さそうな髪が、サラリとゆれる。暖かな陽の光を浴びて、おそらく暖かいのだろうなと考えながら眺める。


 自然な、とても自然な動作だった。

 ぽん、と頭に手を乗せる。



「ん?」

「あ」



 パッと顔を上げた先で、驚いたようなプロテウスの顔があった。

 撫でられたミューリはまだしも、何故やった本人であるプロテウスが驚いているのか。



「や、あの、つい……大変申し訳ありません……」



 プロテウスは目を瞬かせる幼女に、子供と言えど領主の娘の頭を簡単に撫でてしまったことに全力で焦っていた。照れるではなく顔が青ざめていくプロテウスに気付いたミューリは、しゃがんだままずりずりと肩の底を擦りながら近付き、コテンと頭を差し出す。

 気持ちとしては、「こちらの世界は、子供の頭を撫でることすら気軽にはしてはいけないらしい」という発見による面白さだった。



「はい」

「いえ……」

「髪が乱れたので撫でて直してください。レイアは今あの通り、使い物になりません。お水もあげなければなりません」



 レイアは顔を上げてスカートを払うと「よろしくお願いしますね」と、まるで仕方ないことのような顔で頷いて、じょうろを持ち上げた。

 プロテウスが耐えきれず小さく笑ってから、落ち着かせるように息を吐き出した。



「それは、仕方ないですね?」

「はい、仕方のないことです」



 では失礼します、と一言断ってから金色の頭に手を置いた。可笑しそうに笑う息を頭の上に感じながら、ミューリは何度も往復する手を甘受する。兄や親とはまた違う優しい手だと評価して、じっと終わるのを待った。

 プロテウスは、サラサラと子供特有の柔らかい髪の表面を撫でて、時折梳くように慎重に指を潜らせる。触り心地が良さそうだとぼんやりと手が伸びたのは、本当にただの失態であり、自分が疲れているのだと自覚するに至った。それを子供のミューリが見抜いているような気がして、少々居た堪れない気持ちになったが、許された今そんな気持ちも吹き飛んだ。小動物に心底癒される。

 そしてレイアは、三つの種に水をあげるだけのたった数秒であるのに、まるで忙しそうな動作がやや鼻につく。撫でられながらそれを横目でみたミューリは、そっと視線を外した。見続けたら声を上げて笑ってしまいそう。



「………………プロテウス?」



 ひんやりとした声に、撫でていた手が止まった。ゆっくりと離れていく手を眺めながらプロテウスは声の方へ目だけを向ける。

 笑顔のアイテルがミューリに向けて手を振り、ミューリも応えて手を振った。そして再び空気が冷える。



「プロテウス?」

「……ミューリ様のお髪の乱れを、直しておりました」

「レイア?」

「水に濡れた手でお嬢様に触ることは躊躇われます」



 レイアは明らかに自分の手を今濡らして言い訳をする。顔だけは一丁前に心底困った顔をするものだから、アイテルは開きかけた口を閉じた。レイアが平気でバレバレの言い訳をする時、大抵ミューリが関わっている。

 それを知っているアイテルは、出来るだけ平常心で笑顔を浮かべる。

 


「ミューリ?」

「はい、お父様」

「どうして頭を撫でられていたのかな?」

「プロテウスの言葉に間違いはありません」



 たった三歳の子供が、瞳の金色に甘い色を乗せて、柔らかな笑顔を浮かべる。



「ここには鏡がありませんし、レイアはこの通りです。今日お父様が帰ると聞いていたのに、髪が乱れていては娘として恥ずかしいではありませんか」



 遠回しにアイテルの為だと言えば、口端が微かに横に引かれる。

 ミューリは片手を頬に当てて、微かに首を傾けた。



「今日の私は、可愛いでしょうか?」

「…………かわいぃ……」



 早い陥落だった。

 絞り出すようなか細い声に、アレは本当に英雄だろうかとプロテウスは思う。同時に、娘としての魅力を存分に発揮して父親を丸め込むコレは本当に子供だろうかとも思う。顔には出さないが。



「おかえりなさい、お父様」

「はい、ただいま」



 なんにせよ、これでプロテウスの失態は失態では無くなり、むしろ誉められるものとなった。父親の帰りを完璧な姿で迎えたい娘の気持ちを汲んだ、有能な従者である。



「……ありがとう、かんしゃするよ」

「アイテル様……ミューリ様の策略に嵌っていると気付いているなら、無理なさらないでください」

「むりなんてしてないさ」



 ストレス軽減の為に延々と頭を撫でられるミューリは、もうそろそろいいだろうと笑顔のままその手を止めた。


 ポツポツと笑顔で会話を交わす父と娘の姿に、プロテウスは苦笑を隠す。慣れた顔で花壇の様子を確認しているレイアを横目で見て、ミューリの側に居るとこの状況がいつも通りなのだと分かった。

 ピオスフィラ辺境伯の一家は、普通の貴族よりも距離が近いとプロテウスは何度も思う。



「また夕飯で会いましょう。それまではお仕事を頑張ってください」

「はぁ……わかったよ。プロテウス、報告をよろしく頼むよ」



 返事を返して頭を下げたプロテウスは、袖口を引かれる慣れた感覚にそちらを向いた。ミューリは柔らかい笑みを浮かべたまま、口元に手を翳す。それに気付いてしゃがんだプロテウスの耳元に、楽しげな声で悪い提案が聞こえた。

 ふふ、と小さく笑い声をあげたプロテウスに、アイテルはなんだなんだと慌てた様子で問おうと口を開くが「内緒話は内緒でなければ成立しません」と、ミューリがピシャリと受付口を閉めてしまった。複雑な顔で口を噤んだアイテルは、両手で顔を覆いながら「行くぞ」と情けない声を出して歩き出す。

 ミューリは二人の背中に手を振りながら、花壇もとい畑の観察に取り掛かった。



「……嫁はやらんぞ」

「十七も離れていては流石に……」

「国内の結婚で最高年齢差は十八だ」

「……アイテル様、収穫量についての報告ですが」

「最近図々しくなってきたな? ミューリの影響か……?」



 そんな会話をしているとは知らずに、ミューリは順調すぎる成長を遂げている芽を、レイアと一緒に眺めるのだった。


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