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穏やかなミューズ  作者: 鎮目雪
異世界のお話は大体死んでから始まる
1/8

1照明

「ブラボー!!」



 ホールの中に歓声が響く。スリットの入った青いドレスを軽く整えて、客に向けて頭を下げた。

 ほた、と汗が一つ床板に落ちる。


 掃除する人に申し訳なく思いつつも、歓声の止まらない中で口元に笑みを浮かべて頭を上げた。


 ……やけに眩しい頭上を見上げると、眼前に照明が迫っていた。


「(あ、手遅れだ)」


 ガシャン、と高い音を立てて、煌びやかな照明に潰された。いやに冷静な感想だが、身体はもう動かせない。新設のホールに吊り下げられた煌びやかなデザインの照明は、人間を一人、簡単に潰した。

 地面にでも埋まるように、身体が、瞼が、重くなる。死んだら土に還ると聞くなぁ、などとまた酷く冷静に穏やかに考えた。


 遠ざかる意識の中で、手から離れたヴァイオリンの弦が何本か切れて床に転がっている様子が見える。その光景を最後に、彼女は目を閉じた。


「(……もっと、弾きたかったな)」






 ぼんやりとぼやけた視界に、ここが噂の「あの世」かと考える。


 手足は動くものの体は動かず、耳は機能しているものの水の中に居るような、かろうじて聞こえた単語は何故か理解ができそうにない。肌を触られる感覚はあるものの、ぼやけた視界には黒っぽい影が動くだけである。赤っぽいものも見える気がするけれど、それ以外には白いものがゆらゆら揺れるように動いているだけだ。


 白と黒、それしか認識できないなんて赤ん坊のようだ、と考えながら手足をゆらゆら動かす。思考だけは大人のままなのは逆に辛かった。

 寝たくもないのに一日に何度も眠くなる、寝て起きて寝返りをうってもそれだけで疲れてしまう。しかし起きて手足を動かす度に、何かにぶつかり、それを掴めば楽しげな笑い声が聞こえる。

 一体これはなんなのか、と首を傾げながらも伝わる温かさに笑えば、また笑い声が聞こえた。


 そして月日が経ち、視界がクリアになるにつれて、掴まり立ちができるようになった。認識できる色が増えた。聞こえる言葉が何故か理解できる。

 ぼやけながらも自分の手足が見える頃に、自分の指の短さを知った。ここまで見ればやはり自分は赤子なのだと把握できたが、ミューリは思考は成長した方の自分であることに違和感を感じて仕方ない。

 会話の中で何度も呼ばれる単語に、自分の名前がミューリであると理解した。


 どうやら生まれ変わったらしい、とミューリは酷く穏やかに受け入れた。




「(うわ、頭が重い……)」


 しばらくして、比較的身体が動かしやすくなった。

 体と頭が同じ大きさというのは、こんなにも歩きづらいのかと実感しながらも、懸命に立ち上がり続ける。日に日にできることが増えるのは嬉しくもあったし、なにより早く自分の目で様々なものを見たいという欲もあった。

 黒や赤しか見えなかった目は、色を取り戻して行くように日毎鮮やかな世界を映していく。


 白い壁に金の装飾がされた、ヨーロッパ調の内装。大きなクローゼットには七色の服、しかし私にはまだ大きいらしいので並べてあるだけだ。部屋の至る所に飾られた桃色の薄布は、窓から風が吹き込む度にさわさわと揺れて動く。

 こんなにも素敵な部屋を見せられてしまったら、外の世界はどんなに素敵かと胸を膨らませるのも仕方ない。


 

「ミューリ見てごらん? 外に鳥が飛んでるよ」

「ミューリ、ほら、むぎの穂。むぎ」



 ベビーベッドの柵に捕まって、手を伸ばしてくる兄弟にミューリからも手を伸ばす。


 プラチナブロンドを揺らした五歳の長男ゼファーと、シルバーの髪色の三歳の次男ノストは、小さな手をつかんで微笑んだ。

 同じグリーンの瞳が覗き込む様子に、ミューリは目を瞬かせる。


 微笑ましい光景に微笑む両親。父はアイテル、母はエリシュ。父親はプラチナブロンドとグリーンの瞳、母親はシルバーの髪にブルーの瞳をしている。

 ミューリはその姿にも目を瞬かせた。


 前の世界の記憶ではこんなにも派手な色を持つ人間は、海外でもそういない。瞳は鮮やかで、髪色は染めたものではなく天然で金と銀である。



「父上……明日の午後に、魔法を見せてくださるのですよね?」



 魔法、とミューリが聞こえた単語を無意識に口に出せば、言葉にはならなかったようでノストが「どうしたの?」とペタペタと小さな手で頬を撫でる。

 仮想の世界でしかなかった魔法の概念が、この世界にはある。どのような種類なのかは分からないけれど、魔法が使えるらしい事実に、いつまでも転がるしかなかったミューリは世界が楽しみに思えてきた。



「どうした? 明日の午後に何かあるのか?」

「ミューリは午後からの方が起きている時間が長いです」

「……父の魔法よりミューリが良いのか……」

「ミューリの方が可愛いので」

「それは同意する」



 父よりも妹の方が「可愛い」と。

 息子の言葉に膝を付く父は、ミューリのベッドの柵から手を差し入れて、小さな手を慰みを求めるように握る。握り返せば、一家の主人とは思えないほど無防備に、緑の瞳が溶けるように微笑んだ。

 しかし執事のような人間が輝くような笑顔で「仕事の時間です」と、甘えを許さない声を発した。何度か振り返りつつ部屋から連れ出される様子を見ながら、ミューリと残った三人は笑顔で手を振った。


 手を振ったところで、ミューリは後ろに転げてしまう。抗えない眠気に瞼を何度か瞬かせれば、「もう寝るの?」と残念そうなゼファーとノストが声と共に手を伸ばす。起きて欲しいように頬や髪を無遠慮に撫でたが、幼児の睡眠力を侮ってはいけない。何をしようと、どうしても眠りに向かって意識がほわりほわりと浮かび上がっていく。邪魔されても泣かないことを感謝して欲しい。


「ほら、起こしてはダメよ」

「……早く大きくなって」

「ミューリー……」


 あらあら、と仕方なさそうな柔らかい声を最後に、ミューリは目を閉じた。

 こんなにも温かい家族もあったものだ、と生前の家族をぼんやりと思い返す。それなりに良い家柄であり、母を早くに亡くしてから、父には一人娘として家を継ぐ為の教育を受けた。母親が「まだ早い」と阻止していた教育は二歳の終わり頃から始まった。マナーを守っていれば、それ以外は適度に自由奔放な言動を許されていたが、「家族」としての交流は滅多になかった。

 親はいなくとも子は育つ、を地で行くような教育だと、当時の友人は頭を抱えた。しかし別に父を嫌っていたわけでもなければ、苦手であったわけでもなく、生活も不自由したことなく、本当にただ関わる時間が少なかったというだけ。

 小さな頃からの刷り込みもあったのだろう、家族とはそういうものだと、とくに悲観することもなかった。


 しかし今、こうして何度も顔を見にくる身内に鬱陶しさは無く、これはこれで不思議と愛しい気持ちも湧き上がるものだ。


「(こんな家族もあるんだなぁ……)」


 やや他人事のような感想を浮かべながら、ミューリは意識を手放した。



 実際はこの家の仲の良さが異常であり、他家では乳母が世話をするため、兄弟はまだしも親は滅多に顔を出さないことが常識。

 それをミューリが知るのは、もう少し後の話である。


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