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ニセモノとホンモノ

ちょっと長め…?

「私、プラネタリウムってあんまり好きじゃないです」


 満天の星空の下、後輩はそう言った。

 僕と彼女、二人っきりの空間でその声は透き通るように暗闇へと吸われていった。


「いきなりどうしたんだい?」

「いえ、ただ、こんな綺麗な星空を見てるとどんなに理想的な星空を作ることのできるプラネタリウムでも…」


 彼女はそこで言葉を区切り、適切な表現を探す。その姿はさながら彫刻のようで夜空の下でとても絵になっていた。

 数瞬の思考の後、納得したように言葉を紡ぎなおす。


「プラネタリウムなんて紛い物で、偽物でしかないな。って」


 あぁ、なんだ…


「そんなことか」

「そんなこと?」


 僕がつい口に出してしまった言葉にめざとく反応した彼女は首を傾げ復唱する。どうやら意味がわからなかったらしい。


「ああ。そんなことさ。僕からすればね」

「どうしてですか」


 抑揚のない声で僕の言葉の意味を問いただす。そんな彼女の目はまるであの日手放した彼女の目のようで…。

 と、そんなことは極論どうでもいい。


「いやぁ、ね?個人的な考えなんだけど…それでも?」

「はい、センパイの考えも聞かせていただきたいです」


 そう言われてしまったら、仕方ないか。


「うん、じゃあ。…確かに星は綺麗だ。こんなに透き通った星空を見れば作り物の星では燻んで見えてしまうかもしれない。それは僕も同じ感覚だ。それを否定しようとは思わない」


 随分と拍子抜けしたようだ。結局、同じ意見なんじゃないかと。だが、彼女はすぐに先を急ぐように促す。まぁ、それもそうだ。僕は結論を話していない。そんなことに気づかないわけもなく。


「センパイ、早く先を話してください」

「まぁまぁ、焦らすなって。でな、プラネタリウムみたいな作り物の星が燻んでいる。それはわかるが、【紛い物】とまで言うには少々ひっかかってな。たとえばだが、モナ・リザなどの有名な絵があるだろう?あれも作り物だ。更に言うと、作成された当時からすればあまりにも燻んでしまっている」


 彼女は僕が言おうとしていることの真意を測り取れないのか首を45度に傾げてしまっている。その姿も大変可愛いのだが、流石にいじめすぎてもよくないだろう。


「燻んだモナ・リザも価値は燻まない。彼が心を込めて描いた絵には彼の時間と気持ちが内包されている。それは時間が経ってもなお。…少し話は逸れたが、モナ・リザも究極的に見れば作り物の美だ。モデルがいたのだからな」


 僕が言っても彼女は腑に落ちないようで口をへの字に曲げている。

 そうして幾ばくかの時が流れた後、彼女は口を開いた。


「なら、贋作にも価値はあるというのですか?」


 何を言うかと思えば…


「そんなことか」

「またですか」


 仕方ないだろう、ずっと昔からある僕の口癖なのだから。


「贋作にも価値があるか?と聞いたな?僕個人の考えで言わせてもらえば「ある」と答える」

「それは…どうしてですか?」


 返答自体は予想していたのだろう。しかし、その理由までは想像が付かなかったようで素直に聞いてくる。


「幾つか理由はあるのだが…。贋作にも作者はいるだろう?そして、その作者がその作品に込めた想いは本物だ。如何に偽物であろうとも、本気でその絵を模倣しようとするその気持ちだけは誰にも真似することはできない。仮に本当の作者であっても同じ絵を全く同じように描こうとする気は起きないだろうな」

「それは…物は言いようとしか…」

「そうだな。物事の良い面だけを捉えた結果に過ぎない。しかし、模倣しようとした努力は本物であり、それに懸けた思いや時間も誰かがバカにして良い物でもないと、僕は思う」


 僕が言い終わると彼女はまたもや口をへの字に曲げて考え始めた。その顔を見るに僕の言葉に納得したわけではないだろう。

 僕の言い分は聞く人によれば屁理屈でしかないからな。それに、彼女の感性とは真逆の考え方だろう。


「まぁ、いいです。仮にそれが一つ目の理由だったとして、二つ目はなんですか?」

「二つ目だな。それは単純な話だ。そもそも、別物だと捉えれば良い。プラネタリウムであれば、星空を模した物ではなく、星空によく似た何かであると」


 彼女は僕の二つ目の意見を聞くと呆気に取られたような顔をした。あぁ、あまりにも単純だろう。偽物だとか、贋作だとか、上位互換だとか下位互換だとか。そんなことは考えなければ良い。


「きっと、それを作った彼らは自分の創作物を誇らしく思ってるはずだよ。その気持ちがあるだけで、モノはホンモノになる。認めてくれる人が一人でもいればそれはホンモノだ」

「そ、そんなのって…」


 彼女の心は揺れているようだった。今まで持って生きてきた指針を真っ向から否定されているような気持ちにでもなっているのだろう。

 きっとそれは普通の感性で、誰からの妨害も受けてはならない自由なホンモノであるというのに。


「これを聞いて悩む必要は別にない。君は、君自身のホンモノを持てば良い。僕の考え方も、僕にとってのホンモノでしかないんだからね」


 彼女はこくりとうなずき、そして空を見上げた。地平線近くはもう、白みがかっている。もうすぐ朝だ。

 僕たちは広げていたセットを片付け始める。


「テントの中身だけ外に出しておいてくれるかい?」


 僕がそう言うと彼女は従い、テントの中身を外に出して置く。

 そうやって、空が明るくなる頃にはもう、星を見る機材は全て片付けられた。


「…作り物だからと言って、その価値や美しさが損なわれる物だとは思わないけどね」


 僕のぼやきは寒空の下、明るくなり始めた山の中で無闇に響く。一人きりの山はなんと静かなことか。

 先程まで言葉を交わしていた彼女は――――彼女と言うのも間違いかもしれなかったが――――もう声を返してくれることはない。今頃テントの中で横たわり、己の務めを果たし、永い眠りについていることだろう。


「あぁ…あと、少しだったのに、なぁ…」


 残念としか言いようがない。折角ここまで来たというのに。折角あともう少しで()の悲願が達成されようとしていたのに。

 たった一週間では何も為せなかった。ホンモノに届くことは、なかったのだ。


「こんなでは彼女に怒られてしまうかな」


 私は自虐的な笑みを浮かべながら受け売りの言葉を紡いだ自分を思い返す。


「私の人生は何の為に、あったのだろうか」


 皆からは称賛され、多くの人に為せないことを為したという誇りはある。だが、本当に喜んで欲しかった相手は横にいなかった。


「仮に、今の自分を作ったのが、作者が私だったとすれば…。私に、価値はあったと言えるのだろうか…」


 少ないであろう残った時間を無碍に過ごす。きっと彼女が見たら怒るだろう姿を、私は森の中で晒していた。

 日が出て、しばらく経つと何かが変わった。


「あぁ、もう迎えが来たのか」


 面白いことだ。私のラストチャンスのすぐ後に来るとは。

 彼女に合わせる顔なんて物はない。これから会うことは永遠にないだろう。

 私が向かうのは彼女のいない場所。


「さよなら」


 そう言って私は今はもう喋ることのない“ニセモノ”の横へと向かった。

誰がどう思うか、誰が何を思うか

ホンモノなんてそんな些細なことで変わってしまうものなのですよ…

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