パンがなければ
「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」
彼女はあっけらかんとした口調で特に何事もないように言い放ちました。至極当たり前のことを言うかのように。
私はそう言う彼女の言葉が理解できませんでした。
「それ、本当に言ったの?」
「そうね、私がこの時代に来る前にも言ったことがあるわ」
一切悪気なく言葉を発する彼女に一種の尊敬の念すら湧いてきます。昔の貴族はここまで世間知らずなのかと。よくこんな状態で民衆を従えられるものです。
ですがどうやら、この話には続きがあるようでして…
「この時代ではパンよりもお菓子の方がお値段が張るようね」
「ん?それはそうでしょ。手間もかかるし使ってる材料も桁違いに多いわけだし」
私は彼女が発する言葉の真意が読み取れませんでした。一体何を思ってそんなことを言っているのか。
「私の時代ではブリオッシュというお菓子がありましたの。これはパンの半分ほどの値段で買えましたのよ?」
「…初耳」
初めて聞いた。そんなものがあっただなんて。だとすれば、彼女は平民の気持ちを理解していたのではないだろうか。世間知らずの高貴なだけの女性ではないのではなだろうか。
多くの人に勘違いされて生きるのはどんな気分なのか。私には、想像もつかない。
「言葉の意味だけが後世に残り、背景は伝わらない。それが世の常ですわ。高貴なる者は常に誤解されて生きていきますの。慣れっこですわ」
彼女は笑いながら言うが、本当にそんな人生でよかったのだろうか。
「す、少なくとも、私はあなたの言葉の意味がわかってますから…!」
咄嗟にこんな言葉が出た。
彼女はこの言葉を聞き、一瞬だけ驚いたような表情を作ったがすぐに目を細め…
「それは、嬉しいことですわね」
今まで見せたことのないような笑顔を私に向けてくれたのでした。