過去の標
「君は何故、そこまでできるのか」
私がまだ若かった頃、誰かに聞かれたような気がする。
その時、何と返したのか。今ではもう、覚えていない。
彼女の声だけが聞こえ、自分の声だけでなく自然の音さえも消え去った空間。私は彼女の腕の中で横たわっていた。
「クロエ…」
そう。ちょうど目の前で泣いている彼女の腕の中で私はそう問われたのだったな。
いつのことだったかは覚えていない。きっと遙か昔のことなのだろう。思い出せないほど昔とはどれほどのものなのかわからないが。
きっと何もかもが変わってしまっている。私たちが生まれ育った町の姿も、共に冒険した道のりも、何もかも。
そんな中で彼女の美しさだけは全く変わらないのだが。
私が返した言葉。それを思い出すことが、きっと、私の最後にするべきこと。
そう思い続けていたのだが最近気づいたのだ。
…そう、気づいて、しまったのだ。
私はきっと返すことができなかったのだ、と。
あの時、私は既に…。
「クロエ、せめて、ちゃん、と、言って欲しかった、な…?」
私は君を…
「最後まで、言って、くれなかった、し」
愛していた
「愛してるって」
その上で今、私があの時の問いに言葉を返すなら…。返す権利があるのだとすれば…
「愛する人を守る以外に、命を懸けるべきことが他にあるのか?」
「えっ…」
彼女は泣きながらも後ろを振り返った。
しかし、そこにあったのは切り倒された木々でしかなかった。