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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

鋼鉄と死

作者: 鷹枝ピトン

 女は捜査員であった。名をチェルシーという。




 目覚まし時計ではなく、事件発生の連絡で目覚める朝は気分が悪い。




 チェルシーは連絡端末を細目で睨みつけると、2秒ほどまぶたを閉じたあと、勢いよくベッドから起き上がった。



 10分ののち、身支度の完了したチェルシーは、パートナーの犬型ロボット「オビ」とともに自宅を出る。



 途中、いつものコーヒースタンドで、裏メニューの高濃度カフェインドリンク(なぜかこのメニューはコーヒーと表記されていないが、常連は誰も指摘しない)を一杯流し込み、完全に目が覚める。




 覚醒したチェルシーは、端末に送付されている事件の概要を頭に叩き込んだ。




「銀行強盗か……ずいぶんと旧時代的な犯罪だな」




 ぽつりと感想を呟くチェルシー。ちょうどタクシーが通りかかったので、乗車して現場に向かう。



 5分後、現場に到着するチェルシー。銀行の周りには多くの野次馬がたむろしていたが、オビに「威嚇音声」を出力させると、蜘蛛の子を散らすように去っていった。




 チェルシーは、オビの発声を止め、捜査中の同僚たちの輪に加わる。



「お待たせしました。進展は?」


「お疲れ様です。残念ながらありません」




 若い男が、首を振る。添付資料以上の情報は、現場に残されていないらしい。

 


 チェルシーは、足元に散らばる、強化ガラスの破片と数本の小さなネジ、そしてその先に横たわる「銀色の四肢」を見て、ため息をつく。



「また、野良ロボットの仕業か……」


『くぅぅん』


 持ち主の感情に反応したオビが、足元にすり寄ってきたので、チェルシーは鋼鉄の頭部を軽く撫でた。



 


第一条 

ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。


第二条

ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。


第三条

ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない


(出典:アイザック・アシモフ『われはロボット』小尾芙佐訳、早川書房




 現在普及している家庭用ロボットは、上記の「ロボット三原則」を忠実に守って製造されている。ロボットたちは、これに反した行動を、最初から取れないように、製造過程でロックがかかっているのだ。




 使用者である人間を守るために、定められているこのルール。一般人であれば、小学校の社会科で習って以来、気にも止めない常識的で、当たり前のルールである。



 しかし、ルールを悪用する者はいつの時代もいるもので、最近は、人間によって悪意を持った行動を指示されたロボット、通称「野良ロボット」による犯罪件数が増加してきている。



 今事件の「犯人」、銀行を襲撃した「野良ロボット」は、銀行に設置された警備ロボットの『正当防衛』によって、半壊していた。



 そのため、部品を回収して、専門研究所に内部データを解析してもらうこととなった。







「あーやっぱり。直接命令が書き込まれていますね」


 研究員の女、サクラは汗を拭って、顔をあげる。



 チェルシーは、予想通りの結果に、淡い期待を消し飛ばされ、平坦な口調で、そう、と返した。



 サクラは、手の中でドライバーをくるくる回しながら愚痴る。



「法整備前に出荷された旧型のロボットは、オンライン上でなくとも命令を書き込めるところが厄介っす。操作した者を見つけるのは困難でしょうね」


 

 野良ロボットという隠語は、ロボットに命令を書き込んだ者を辿れないことからつけられた。



 現在出回っているロボットは、マイナンバーと紐付けされた個人IDをもってアクセスできるオンラインサイト上でのみ、命令を書き込むことができる。



 そのため、履歴を辿れば、誰がロボットに命令を書き込んだのかは即座にわかる。これにより、今世代に製造されたロボットによる犯罪は皆無となった。



 しかし、数世代前の旧型ロボットは、勝手が違う。機体に命令を直接書き込むことができる上、必要な個人認証は、誰でも作れるメールアドレスによるアカウントだけ。



 これらは、操作が簡単故にユーザーに好まれたが、セキュリティが甘い欠点がある。そのため、回収が呼びかけられた今もアンダーグラウンドで出回っており、多くの犯罪に利用されていた。



「どーするんすか?迷宮入りってやつですか?」



「あっちが昔ながらの手を使うっていうなら、こっちも昔ながらに、足で捜査するだけよ」




「ふーん。チェルシーさんって、若いのに古い人間ですよね。なんでもロボットにやってもらう時代に、捜査は足って。刑事ドラマにでも憧れてたんすか?」



 馬鹿にしたようなサクラの口調に、チェルシーは少しむっとする。


「べつに。私は人間の優位性を信じているだけ。人間には、ロボットなんかではできないこともあるはずよ」



「そんなこと言う割に、相棒の犬型ロボットだけは可愛がってるんだから可愛いですよねぇ」


 ケタケタ笑うサクラ。チェルシーは、オビを引き寄せる。


「うるさい。もう撫でさせてあげないわよ


 不貞腐れるチェルシーを、サクラは愛おしそうにみつめた。



「ええ〜……そんなこと言わないでくださいよ〜……あ、そうだ!今週の土曜日空いてます?一緒に食事でもどうですか?」



 数秒考えるチェルシー。


「……この山がひと段落したらね」



「やった!楽しみにしてます!じゃあ頑張ってくださーい」


 チェルシーとサクラは愛人関係にあった。


 嬉々とするサクラに手を振って、チェルシーは研究所を後にした。




 


 現在、12歳以上の全人口は、指紋を取られている。




 そのためチェルシーは、野良ロボットに付着した指紋を検出し、操作者をあぶり出すことにした。



 しかし、この方向性でもすぐに行き詰まることとなる。



「指紋の主は、サリーという少女でした。ただし5年前に死亡していると記録されておりました」

 


 鑑定結果を伝えられたチェルシーは、ため息をつき、サリーの個人データを受け取る。



 データによると、サリーという少女は5年前、飛び降り自殺で死亡したと記されていた。



 自殺に至った経緯については、端的に書き綴られていた。思春期の様々に思いつめて、自ら命を絶ったという。



 問題なのは、死因である。飛び降り自殺というのが良くない。



 医療技術の発展により、ほとんどの人体の部位は、義肢や人工臓器、人工神経コードなどで代替え可能となった。身体不自由な者には喜ばしいことだが、これを一部の犯罪組織が悪用しはじめた。



 死体にエンジンを組み込み、欠損部位を機械で補填することで、動く死体を作りだす非合法手術が横行したのである。




 これはあくまで死体であり、そこに人間的な意思はない。ほとんどロボットと言える。



 誰が呼んだか、半機械の蘇生者(ハーフアンデッド)


 

 今事件の『黒幕』は、サリーという半機械の蘇生者(ハーフアンデッド)を用いて、ロボットを操作した。



 つまり二段階での犯行なのだ。



 犯罪組織は、サリーを操り、サリーはロボットを操った。


 


 まどろっこしいことである。


 足がつかないように、ここまでやるかと、さすがのチェルシーも舌を巻いた。



 仕方なく、チェルシーは、より地道な捜査方法に切り替える。



 街中に仕掛けられた監視カメラを調べることにしたのだ。

 


 彼女は根気よく、自分の目で映像をひとつひとつ確認してさがした。



 本来監視カメラには、全市民の顔認証をして、目当ての人物を探し当てる機能がついているのだが、死亡者や人間以外には顔認証が反応しない。



 すなわち、野良ロボットとサリーを見つけ出すには、機械の判定に頼らない、地道な作業でしかなし得ないのだ。



 映像データで辿れる記録にも限界がある。

 


 最後にサリーの姿が映っていたのは、とある個室喫茶だった。




 しかし、ここで見つけ出した。



 

 個室喫茶で、配送されてきた野良ロボットを受け取るサリーの姿を。




 オビを引き連れ、喫茶店に直行したチェルシーは、店員に話を聞く。



「サリーさん……?ええ、女の子ならその日来てましたけど。会員証の名前はムラニシとなっておりますが……」


 

「ムラニシ……?」



 会員証は、サリーのものではなく、生きている人間のものだった。



 そうなれば、このムラニシなる人物が真の黒幕なはずである。



 ようやく大詰めと、意気揚々とムラニシの住所に向かったが、ムラニシはなんの変哲もないフリーターであり、会員証は闇サイト上で、他人に又貸しして以来紛失していた。



 ムラニシは、自分のせいで大事になっていることを聞き、ひどく反省したが、会員証の規約違反以上の責任は負わせられない。法律では裁けない程度の罪だった。






 オビと共に夜道を歩きながら、チェルシーは今後の流れを頭の中で、組み立てる。



 だったら次は、ムラニシの利用したとされる、サイト管理者に連絡して……。

 


 なかなか糸口が見つからない。


 

 終わらない迷路に足を踏み入れていたのはわかっていた。



 しかし、チェルシーは諦めなかった。もはや引き返す選択肢はない。



 捜査員としての、矜恃である。



 また、土曜日にサクラと過ごす時間を、より晴れ晴れとした気持ちで迎えるためという理由もあった。



 チェルシーは、コンビニエンスストアで今晩の夕食を買い、自宅へ向かう。



 からだは疲れており、はやく休みたかった。



 冷蔵庫のなかのスイーツを食べて、元気になろうなどと考えながら歩き、マンションの前に到着する。


 



 そこを彼女は。




 暴漢に襲われた。







 犬型ロボット「オビ」に書き込まれている命令は、大きく2つ。「オーナーであるチェルシーを守ること」「犬らしくあること」。

 



 後者について語ることはあまりないが、前者にはいくつか制約がある。




 ロボット三原則第一条、人間に危害を加えてはならない。




 これにより、たとえ襲撃者の人間が現れたとしても、オビの命令実行は、最低限度の防衛にとどまり、可能な攻撃は、せいぜい威嚇音くらいなものに制限される。



 人間に危害を加えられない、ロボットの性である。





 暴漢の正体がロボットであったなら、オビはチェルシーを全力で守っただろう。


 



 しかし、そうならなかったということは、暴漢の正体は人間であったということだ。





 理屈はともかくとして、結果、鈍器で殴られたチェルシーは気を失い、誘拐された。



 それがすべてである。







「やあ、起きたかい?」



 頭上から声をかけられたチェルシーは、呻く。


 知らない声であった。


 冷たい冷たい声であり、そこには人間的な温かみを感じなかった。


 声は続ける。



「無理に起きないほうがいい。大怪我だったからね」




(あなたが治療してくれたのですか?)


 チェルシーが尋ねると、声はまあね、と答えた。



「しかし、礼を言われる筋合いはない。なんせ君を襲った人間はうちの組織のものだからね」



(…………?)



 半覚醒な意識のまま、ただ話を聞くチェルシー。



 怪我をして、治療されたことは理解していたが、いままでなにをしていたのかは、まだ思い出せていなかった。



「君は組織をかぎ回っていたからね。うちの若いのに襲わせた。ああ、安心してくれ。彼が捕まったところで、トカゲの尻尾切りにもならない」



(…………ここは、どこだ?)




(うん?知る必要があるかい?この支部は、採算が取れなくてね、組織に捨てられることとなった。どうせ知ったところで地図からは消える建物だ)



 

 声の主が遠ざかっていく。パチン、と部屋の電気を消す音がする。

 



「私も、もうここを出るが、最後に伝言をしておこうと思ってね。もうすぐここに、特殊救出班が来るそうだ」





 特殊救出班は、全員がロボットで構成されている隊である。



 人間以外の動く者はすべて、攻撃対象と設定された、強制排除特化の警察組織のロボット集団。



 公的組織である警察のなかで、この特殊救出班だけは、民間人の依頼でも金を積めば動く。



 これはつまり、誰かがチェルシーのために出動を要請したということを表している。



 それは上司であったのか、親しい友人であったのかは定かではない。



 ただ、確かなことは、



「君は愛されているね。羨ましいことだ」



(…………)



 声の主は、最後にこう残して去っていった。

 



「これは組織の大きな実験なんだよ。人間が、人間でなくなったとき、愛は生じうるのか……そういう実験だ。我々に関わったのだから、せっかくだ。君にも協力してもらう……」




 静寂に包まれる室内。



 一人残されたチェルシーは、ゆっくりと目を開く。



 キュルリ、と音がした。久しぶりの開眼は、眼球がひっくり返るようだった。



 誰もいない部屋。無機質な棚、鉄のトレー、金属製品の数々、血のついたタオルの入ったバケツ。



 手術室のような……あるいは技工室のような、どっちにつかずの場所であった。




 チェルシーは、部屋の隅に飾られていた鏡を見つけ、そこに視点を合わせる。怪我を治したと言われたが、からだがどのような状態であるのか気になったのだ。




 そこには、金属でできた体がうつっていた。



(…………)



 冷たい鋼鉄の体。



 

 鏡には、それだけ映っていた。




 チェルシーの姿はない。オビの姿もない。




(……ああ、そうか)



 即座にチェルシーは理解した。不思議とすぐに受け入れられた。



 彼女は脳以外のすべてを、機械に置き換えられて、『生かされていた』のだ。




 腕は、脚は、頭は、顔は、首は、腹は、胸は、すべては、金属色の機械となっていた。



 使われているパーツのいくつかには見覚えがある。犬型ロボット、オビのパーツである。



 チェルシーは、半機械となっていたのだ。



 寝ていた手術台に、再び横たわる。



 機械となったのに、疲れを感じていた。深い眠りへ誘われる。

 


 チェルシーの脳裏に、ぼんやりと、ひとりの女の顔が思い浮かぶ。



 ああ、もうあの子に撫でられても、あたたかみは感じられないんだな……と。




 どこかでサイレンが鳴った。直後に銃撃音。安眠は妨害される。



 仕方なく、また身を起こすチェルシー。







 一筋の光が差し込み、鉄の扉が開いた。




 無数の銃口を前に、チェルシーは立ち上がった。否……『立ち上がらずにはいられなかった』。




 本当は、あの子の思い出を抱いて、眠っていたかったのに……。





第一条 

ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。



第二条

ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。



第三条

ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない


(出典:アイザック・アシモフ『われはロボット』小尾芙佐訳、早川書房





「ええ、室内には一体のロボットだけがおり、チェルシーさんはいませんでした。



ええ、銃口を向けられたロボットは襲いかかってきました。



第3条に基づき、身を守ろうとしたのでしょう。



しかし、特殊救出班は精鋭たちです。見事殲滅しました」




 サクラのもとに、特殊救出班から連絡があった。チェルシーは行方不明になったらしい。



 届いたのは暴走ロボットの傍にあった、オビの付けていた革の首輪だけ。



 首輪を握りしめて、サクラは涙を流した。


 

「チェルシーさんの馬鹿……」




 土曜日のディナーは、キャンセルされた。









 鋼鉄と死

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