北上
気づくと、私はとある道の駅で、倒れるように眠っていた。あの夜、私は逃げるように自転車に乗り、走り出した。最低限の荷物だけを持って。負けず嫌いの私にとって部屋に戻るという選択は無かった。じゃあなんで飛び出したのってことだ。まず私は眠るところを探した。とにかく人がいないところに行きたかった。そこで見つけたのが、とある道の駅。24時間開放しているスペースがあり、そこで丸まって眠った。朝になったのか外が賑やかになってきた。
「こんな朝早くから人がいるんだ」
ここは市場があるらしく、野菜を売る人が早くから準備をするらしい。
休憩スペースから出る。
「姉ちゃん家出かぁ~」
「あ、おはようございます」
「歯ぁ磨けよぉ」
こんな早朝にここに人がいるのが珍しいのか、おじさんが話しかけてくる。
「行こっと」
ガシャンとママチャリのロックを外し、乗り込む。
こうやって走り出したのはいいけど、私は何も考えてはいなかった。このまま
帰らないということは大学を休まなきゃいけない。私が行方不明になれば、捜索願が出されて警察に捕まってしまう。母はいいが、父はどう説得しよう。うちのパパンはめっちゃ厳しいのだ。でも、これからどうするのか考えるのはなんだか楽しかった。これまで私が自発的にここまで考えただろうか。とりあえずスマホで家に電話をすることにした。
「もしもし。お母さん?」
「どうしたの。珍しいわね。レイコから電話なんて」
「ちょっとさ。しばらく家を空けようと思ってて、大学も休む」
「はぁ? 休むってどれくらいなの。卒業はできるの?」
「わからない。ちょっと時間が欲しい。でも、悪いことしようとしてるわけじゃないからっ」
母はだいぶ考えているようだった。
「わかった。あなた真面目だもの。お勉強したくないときもあるでしょう」
「あの、お父さんには……」
「旅行ということにしておくわ」
「あ、ありがとう!!」
「なぁに。元気ないと思ったら元気じゃない」
「私だって落ち込むときはあるの」
「ま、あなたは頑張ったんだから。少しは自分の好きなようにやりなさい」
「うんっ」
電話を終えるとまた走り出す。
でも、私はすぐに止まった。コンビニでスポーツドリンクとおにぎりを買う。お昼は外のベンチで食べることにした。
私には行きたいところなんてどこにも無かった。なにより私は遊んでいるわけではない。ただあの部屋に居たくなくて飛び出してきただけだ。
「あの山綺麗……」
そのコンビニは田舎にポツンとあって、遠くの山が一望できた。
「あった!!」
食べかけのおにぎりを片手に勢いよく立ち上がる。
「げっ。あの女おにぎり吐きやがった」
「ほっとけあんなメガネブス」
かちんときた。
「おい!! いまなんっつたおらあぁぁぁ」
小学生グループが驚いて逃げていき。
「あらやだ……」
もう遅いのに赤面するわたし。
そんな騒ぎはあったけど、私は思い出していた。
ユキとの約束を。
「くっそ。なんでこんなとこで機械トラブル起こすかねぇ」
「しょうがないでしょ。壊れちゃったもんは」
テレビの取材で「絶対勝ちます!!」と勢いよく飛び出したのはいいものの。北に向かう途中の山でケルビナは謎の黒い煙を吐き、やばいと思った私たちは不時着した。
ユキはというと。
「私が直せるよ!!」と言って修理を始めてしまった。
「ねぇヒロキ。ユキって機械科だっけ」
「いんや。そもそもあいつが訓練してるの見たことないわ」
「だよね~」
ユキは精神病でよく訓練を休んだ。それでも私たちのチームに選ばれたのは、彼女の努力の結果だった。彼女はよく身体が二つ欲しいと言っていた。休んだ分を取り返すかのように、彼女の訓練は激しかった。
シューッと音が聞こえたと思うと「やべっ」と声が聞こえた。
「みんなごめ~ん」
ケルビナの修理をしていたユキが中から出てきた。
その後ろからもくもくと煙が上がっている。
「ユキ油で真っ黒……」
「あっつい。この機械複雑でさぁ。壊しちゃったかなぁ~」
「おいおいふざけんなよ。ただでさえ時間が無いってのによ」
ボンッ。確実に何かが爆発する音が聞こえた。
「業者……呼ぼうか」
それから業者が来るまでの間、私たちは待機せよとの命令が下った。
修理を待つ間は自由時間。
「このまま待ってても時間が過ぎてくだけだし、今のうちに休んどこ」
「そういやあっちすげぇ景色良さそうだったぜ」
「そんじゃ見に行こうよ」
私はほっとしていた。
みんなやっと緊張が解けてきたみたいだ。
リーダーとしてチームメイトの健康管理もしっかりしなきゃ。
「ちょっとレイチェル難しい顔しないっ」
「あ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「ヒロキは先行っちゃったよ。私たちも上いこ」
「え、山の上?」
「ちがうちがう。これの上だよ」
ユキは真上の青い機体を指さす。
「あぁ~。おっきいもんね。この子」
ユキが先に登って手を引っ張ってくれる。
上ではヒロキがケルビナの大きな手のひらの上で座っていた。
「なかなかよく見えるぜ」
「あの山綺麗……」
ここもかなり高いがもっと高い。薄っすらと雪が積もっている。
「レイチェルはこっち行こ~。女同士ということで」
「ちょっと引っ張らないでよぉ」
私たちはヒロキよりさらに上の肩に腰を下ろす。
「風が吹いてるねぇ~」
「うん」
私は目をつぶって風を感じてみる。
そっと肌を撫でるような優しい風だった。
「敵が来るねぇ~」
「うん」
そう。これから戦いが始まるのだ。
「ねぇ。レイコはさ。なんで志願したの」
ユキが私を名前で呼ぶときは真面目な話をするときだ。
「私はお父さんとお母さん、妹。大事な人を守りたいから。私ができるんだったらやらなきゃって思ったの」
「私はさ。病気じゃん? このまま病気のまま一生終わっちゃうのかなって思ったの。だから志願して、私はここにいたんだぞって胸を張りたかった」
「ユキは志願してよかった?」
「う~ん」
ユキはしばらく考えているようだったけど。しっかりと私の目を見て。
「レイコと友達になれた」
と笑った。
それからユキと訓練はだるいとか、妹は可愛いのかとか。どうでもいいようなことを話して過ごした。
「レイコ。約束しよっか」
「うん?」
「この戦いが終わったらどっか遠くに行こう! 友達みたいなこといっぱいしよう!」
「遠くに行ったら進学できないでしょ……」
「固い!! レイコは真面目ちゃんなんだからちょっと悪い子なくらいで丁度いいの。勉強なんていつでもできるっしょ」
「そうだね。私も行きたい」
「でさ、ここにも来ようよ。作戦じゃなくて遊びに。きっと綺麗だよ」
「どうやって……」
ケルビナで飛んできたのに。
「約束ね。レイコはこの戦いが終わったら好きなことをすること。行きたいところに行って、好きなことして、恋もして、楽しんで生きること!」
どれくらい時間が経ったのか。
「お~い。お前らいつまでやってんだ。手伝え。サバイバルだ」
あ、夕飯自分たちでなんとかするしかないんだった。
私たちはナイフ片手に夕飯を調達しに森に入るのだった。