英雄
もうとっくに限界はきていたんだと思う。いつものように大学に行く途中でのことだった。
「あ、あの眼鏡のおねいちゃんっ」
前から幼稚園児くらいの男の子が母親に手をつながれてやってきた。
「あらあらごめんなさいね~」
愛想笑いをする母親。
「いえ、お気になさらず」
「このおねいちゃんが怪獣やっつけたんだよ」
ズキンッ。
と心臓が跳ねた。
「あなたのおかげで私たち平和に暮らせてるんです」
母親も男の子に続く。
「わたしは……わたしは」
私はこのやり取りが嫌いだった。
『英雄』と。
みんな私をそう呼ぶ。
「もう、いいですか?」
我ながら冷たい言い方をしてしまったと思う。
私は振り返らずに立ち去る。
『英雄』
私は英雄なんかじゃない。
仲間を犠牲にして、多くの人を見殺しにして、ひとりだけ生きている。
気づくと私は大学に行くのも忘れ、真っ暗な部屋でニュースを見ていた。
その画面に懐かしい仲間の顔が写し出される。
巨大な青いロボットをバックに私たちが笑っていた。
ドクンッドクンッ。
心臓が拳で叩かれるように強く痛んだ。
「これから出撃されると思いますが、勝算はありますか」
マイクを取ったのはヒロキだ。
「あります!! 平和な世の中になったらぁ。彼女募集中っす」
どっと笑いが起こる。
マイクは私に渡される。
「私たちはこれまで辛い訓練に耐えてきました。こうしている間にも敵はどんどん近づいてきます。でも、私たちは負けません。必ず勝って帰ってきます」
「もうっ。レイチェルは話が硬いよ」
そう言って私からマイクを奪うのはユキ。
「えーっと。私は体が弱くて訓練にはあまり参加できませんでした。でも、勝ちたい気持ちはここにいる誰にも負けないつもりでいます。これじゃ私も硬いですね~。あはは」
インタビューは進み、集まってくれた多くの人たちに敬礼。
「いこっ。レイちゃん」
「ちょっ……抱きつかないで~」
「お前ら~。こんなとこでもイチャイチャしてんなよ」
私の背中にぶら下がってくるユキとそれを苦笑して見守るヒロキ。
雲一つない青空の下、私たちは深海のように青いロボットに乗り込むのだった。