秘術
視力を失いつつも、気配の感じる後ろを振り向く。空間内ではなく世界にいるジーナ・アルベルトもそれに連動して後ろを振り向く。そこには背中を空に見せながらうつ伏せている死に損ないの人間がいた。
さらにその後ろには不敵な笑みを浮かべる魔の軍勢最高幹部が一人、ネレイアが。ネレイアはクイクイっと人差し指を曲げて広げてを繰り返し、ジーナにこっちへと誘っている。
影の言っていた『殺れ。』とは、まさにこのことではないのだろうか。瀕死の状態の人を殺すのは躊躇ってしまう。それでもジーナは彼女が命令しているのだから従わなければならないのかもと、内心ではそれに疑問を抱きながらも弓を構えて友人にさっきなったばかりの……、フリューゲルへ向かって放つ。
その放たれた矢は、今は遅く感じられる。時間操作の魔法でも使われたのかと思うほど。だが、その予想は全くの外れだ。この原因は、ジーナの精神的問題でもあった。なぜ自分は放ってしまったのかと嫌悪感に支配されていたため、ボーッとしていたために、遅く感じるのだ。
その頃、ネレイアは微かに勝利を含んだ感情の入り交じった大きい笑顔をしながら地に伏せているフリューゲルを見やる。
「クククク。勇者はぁ、この程度なのねぇ〜。心底ガッカリしちゃったよぉ。矢がそろそろ来るわねぇ。魔界人の恐ろしさ、思いしったかなぁ?」
フリューゲルを罵りながら足でまだ血の流れている背中へなんどもなんども蹴りをいれる。あのフリューゲルが、なぜ後ろをつかれたのか。もう一度説明しよう。彼女はまず、彼が剣を見つめている隙に転移の魔術を発動させた。その空間転移は一瞬で、一秒の隙さえあれば可能なことだった。フリューゲルはそれに気づけず、さらには気配浸透術もあるとなると……。それはそれは、チートに近い暗殺術であった。
「ほらぁ。矢が来たわぁ。ナイスジーナくぅん。あとでご褒美をあげないとねぇ」
「や……め”ろ”……」
「俺は、し、たく、い」
「なぁに言ってるかわからないって行ってるでしょぉ!」
怒り半分優越半分の狂気の笑みを浮かべてネレイアは今度は顔の後ろを踏んずける。すると、ついに矢が迫ってきた。その矢はネレイアの目の前で下に急降下し、傷穴がまだ塞がらないフリューゲルの出血多量区域へと深々と刺さっていく。
悲鳴をあげることもできない放心状態となってしまったフリューゲル。無理もない。この状況でさらに矢で刺されたとなれば誰でも気絶をするものだ。
(ごめんよ……。抗えないんだ)
ジーナは心の中でフリューゲルに謝罪する。届いてるかはまた別の話だが。勝ち誇ったネレイアはジーナに近づき、「良い子良い子」と、頭を撫で撫でする。魔界人とは思えない母性の出る行為。ピクリとも体を動かせないフリューゲルは、なおも抗おうとしていた。
(まだ、終わり、じ、い。勝ててもガルタンへは、い、だろう)
はぁはぁ言いながら死にかけのフリューゲルは手の前にある草を思いっきり握りしめた。内心、くっそぉぉぉおという気持ちでいっぱいなのだ。これじゃ、世界を救うどころか冒険者にもなれない。その悔しさを行動で表現していた。
『あなたに、加護のあらんことを』
不意に、天からなにか囁く声が聞こえた。
(なんだ今のは……)
『フリューゲル・ノーウェン。アースベルトの救世主として選ばれた至高の冒険者よ。そなたに力を託そう』
綺麗な大人の女性の声がはっきりと聞こえる。その声はネレイアとジーナには聞こえていないようだった。今は、この場所は二人だけの空間と化していた。もっとも、もう一人はまだ姿を現していないのだが。
『私の名前はトゥルンティア。この世界、アースベルトで最も信仰されている女神であり、絶対神である』
そう、彼女は宣言した。自分の価値にえっへんと息を鼻から吹き出したあと、すぐに女神に戻る。
『フリューゲル……。君はどんな力が欲しい』
彼女……トゥルンティアは質問してくる。すごい大雑把な質問。そんな質問にすぐに答えることはできなかった。なぜなら、フリューゲルは予感をしていた。もし、一つでも欲しい力を言ってしまえばその力しか選べずにそれ以外はもう、俺の力にはならないのではないかと。
だからこそ、悩みに悩んでいた。その心境を覗き込むようにしてフリューゲルを見つめる瞳が空にあった。そのデカい瞳はだんだん小さくなり……。そして、一人の少女が現れた。彼女が、トゥルンティアだろうか。
彼女は両手を横に広げ、誇らしげに再度、質問をする。心境を捉えることができたのか、彼女は次の質問には改良を加えている。
『選べる力は選ぶ人によって何通りにも増加する。でも、持てる力は二つまでです』
そう、教えてくれた。フリューゲルはもう天に召されそうな体を無理やり気合いで起こし、ゼェハァ言いながら空にいるトゥルンティアを見上げる。そして、
「完全に完璧に、全ての傷と病を治せる詠唱なしでイメージだけで唱えられる魔法。それと、絶対火力を誇る力が欲しい」
ある程度大声にする。そうしなければ彼女に届かないから。すると、彼女はクスッと可愛い笑を零して返答した。
『いいでしょう。あなたに、この世界……。アースベルトを救うための秘術を二つ、授けましょう。ただし、絶対救えるとは限りませんよ』
最後聞き捨てならんことが聞こえた気がしたが、なにも言わないでおく。
少し時間に空きができ、その間に準備は整ったのだろう。彼女は両手を前に突き出して、なにやら詠唱を開始する。
『数多の困難と安楽を乗り越え、最高の頂へと辿り、魔の軍勢の長を倒してくださること、応援しています。いでよ!我が二つの秘術……!!オール・ヒーラー。そして、破壊の矛!!!!!』