木々の守り人
少女は過去にあった恋心を失った日のことを思い返していた。あんなにも……。辛いことがあったのに、私はまだ彼を諦めようとはすぐにはできなかったらしい。そして、なぜ私は見知らぬ病にかかったにもかかわらず無事で居られているのか……。なぜ、治っているのか。それすらも、私自信、わかっていなかった。
(いっその事……。乗り移られた人がフリューゲルくんだったら。もう一度やり直せるかな)
朝になった。今日は青空が広がっており、雲ひとつない完璧なコンディションである。
(今日、会うから。時間になるまでに早くガルタンに着かないと)
私は急いでクローゼットを開いて修道院の服装を来た。その服装は、白のフードの付いた白い服装で、魔導師そのものだと思わされるものだった。
「よし、行こう」
フードで自分の顔を被せ、村を飛び出した。
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フリューゲルはなおもコボルトと戦闘をしていた。もうすぐ夕方になってしまう。彼は夜までにガルタンに着いて宿で一泊し、そのまま少女を待つ予定だった。しかし、予想より遥かにコボルトは強かった。
二匹倒したはずなのに、すぐにもう三匹がこちらへ走って来ている。前の二匹相手にしてる時は一匹ずつだったから簡単に倒せた。だが、今回は三匹同時だ。いくら高級そうな片手剣を持っているとしても、まだまだ冒険者になれてない生半可な少年では、勝てる保証は毛頭ない。
それでも、やってやるしかなかった。自分が助かるには死なない程度でコボルトと戦闘をすること。逃げてるだけではただの人間の足ならば、コボルトにすぐ追いつかれるからだ。
(ふっ。こいつら、生きるために必死なんだな……)
そして、真ん中のコボルトが先手をきって俺に襲いかかってきた。器用に体を回転させて装備している片手剣で俺を切り裂こうとする。しかし、そこは二回先刻戦闘したばかりだ。簡単に斬られるわけにはいかないと、経験を糧にして迫り来る片手剣を流す。
「セァァッッ!!」
続く二匹のコボルトも片手剣で斬られる前に首から切り落とす。まずは左。次に右。目の前で二匹の仲間を殺されたコボルトは、「グルルルア」と怒りを露わにして、今度は俺の背後をついてくる。だが、その攻撃は当たらなかった。なぜなら、彼に届く前にコボルトの頭に謎の矢が刺さったからである。
そのままコボルトは地に伏せる形で倒れ、頭から血をだらだら垂らしている。どこから矢が飛んで来たのか。恐怖に打たれた俺は、その場で立ちすくんでしまう。
(でも、コボルトに当たったということは俺を助けてくれた、味方かもしれない)
そう感じ取った俺は、一瞬僅かでも見えた矢が飛んで来た方角に千里眼の魔法を使って目を丸くしてしっかり眺める。
そこには矢を筒にしまい、弓を片手に木から降りてこちらへ向かう少年の姿があった。身長は167ぐらいだろうか。少し小柄だ。
だんだん近づいて来て、ついにフリューゲルと距離が1mぐらいまで縮んだ。
「怪我はないかい?」
彼のその質問に思わずヤレヤレと、自分の極度な心配性に呆れてしまう。
「ああ。怪我はないよ。助かった。俺の名前はフリューゲル・ノーウェン。そこの村出身だ。今はガルタンの街へ用があって外出している」
もうあまり見えなくなってしまっているが、あるはずの村の方角へ指を指して教える。彼もまた、俺と同じように自己紹介をはじめた。
「へぇ。ソウル村出身なんだ。僕の名前はジーナ。ジーナ・アルベルト。弓使いで、ここを通る商人や旅人、初心者の冒険者をあの木々から見守りつつ、このコボルトに襲われていたら助けてあげているんだ。君の援護にまわるには少し遅かった。冒険者でもないのに、すごい戦闘だったから思わず見とれていたよ」
ジーナと言う名前の正規の冒険者は、目をキラキラ輝かせて俺の顔に近づく。
「ち、近い!離れろよ」
少し微笑が混じった罵声。でも、ジーナという小柄な冒険者はそれでもやめない。
「どこでその戦闘技術を学んだの?もしかして独学?すごいなぁ」
ほんとに感心をしているようだ。だが、俺にとってはそろそろウザくなってきたので、
「おい、いい加減にしてくれ。ガルタンに急いでるんだ」
そう、早歩きで歩きながら道を進んでいるにもかかわらず、ジーナなは俺に着いて来る。そんな絡み合いをジーナが潜んでいた木々の少し左側にいた謎の人物が、歯ぎしりをしている。
「あれが、世界を救う勇者……?フフフフ、ハハハハ。あんなのが勇者だなんて。魔王様も落ちたものねぇ。でも、安心してぇ。今の状態の彼ならば、すぐに殺れるからぁ」
謎の人物は紫色の魔法陣を発動させ、なにやら影を繰り出していた。
「行きなさぁああい。私のとっておきの魔術で作った最高の操り人形。あの弓使いに、乗り移れ!」
そのまま、出現した影は勢いを上げてフリューゲルの隣に立つ弓使いのジーナに秒単位で乗り移る。それに気づいていなかったフリューゲルだったが、突然のジーナの豹変に驚かされた。
「おいジーナ!どうした!?」
ジーナは操り人形と呼ばれた影に乗り移られ、歩を止めて頭を下にしている。
「くっ。敵襲か?」
俺は周辺を千里眼でまた観察を図る。先程、ジーナがいた木々のあたりに変人を見つけた。
「なんだあいつ……。ヘラヘラ笑っていやがって。まさか……!!」
気づいた時には時すでに遅し。
ジーナは弓を構え、矢を筒から取って弓に装填して目の前に居るフリューゲルに向かって放とうとした。