道を進め
自分の名前がフリューゲルと告げられた。
転移した時の代償かなにかわからないが、自分の今まで日本で生きていた時の記憶と、今少年が乗り移ったと言えるここに住んでいた少年の記憶が全てぶっ飛んでいるようだ。
先程から気になっていたことを自称親父に質問する。
「なぁ、親父。さっき怒鳴り合いみたいなのが聞こえたんだが。あれは、なにを話していた?」
テーブルが真ん中にあり、俺と自称親父の間にある。俺の向こう側には自称親父がドカッと腕組みをしながら足をクロスさせて座っている。顔はとてもイカつい。
「怒鳴り合いをしているわけではなくてだな……。お前さんに明日、会いたいですという手紙が今日届いたんだよ。これなんだけどよ。心当たりあるか?」
白い手紙で閉じている部分にハートマークのものがついていた。日本でいうところのラブレターに見えてしまう自分が情けない。
「心当たりはないな。差し出し人は?」
「いや、まだ中身を開けていない」
頭を手でさすって恥ずかしそうに答える自称親父の姿はなんか、少し、可愛らしかった。
「そうか。じゃあ、今開けていいか?」
ふと、脳裏に、自称親父が俺に会いたいと伝えた手紙なのに、なぜ開けていないと言うのだろうかと横ぎった。
「開けるぞ」
ビリビリとハートマークの部分をスタートの目印として徐々に開けていく。そして、中にあった白い紙を取り出して恐る恐る見る。
『転移なされたあなた様へ。
私の名前は、まだ、言えません。残念ながら。誠に申し訳ないと思いながらこの手紙を書いています。現在、私はあなたを召喚し終えてルーナ神殿という場所から少し離れた自宅に居ます。召喚とか、そういうのを今一気に知ると混乱しかねないかもしれないので、明日、会わせていただきませんか?あなたに居る村より少し離れたところの、ガルタンという街で待ってます。特徴は、銀髪の身長157ぐらいです。匿名より』
「……」
なるほどな。自称親父が言っていたことと内容は一致している。やはり、気になる。自称親父がなぜ中身の確認もしていないのに、内容を知り得たのか。
「親父。聞きたいことがある」
「なんでも聞いてくれたまえ」
「この手紙は未開封の状態だった。なのに、どうして親父は中身を見れたんだ?」
この質問に、自称親父はたばこに火をつけて少しなんて説明しようか考えて、ついに口を開いた。
「はぁ。そんなことも忘れたのか?俺の魔法の力さ。まだ15かそこらになったお前さんにはわからないだろうけどな。透視魔法って言うやつでな。なんでもってわけではないんだが。中身とかそういうのを見透せるんだよ」
「凄いな」
ほんとに俺は驚いてる。自称親父が言ったことについてではないが、触れている件だ。そう、魔法という言葉に記憶を失っているにもかかわらず、どうしても頭にひっかかるのだ。このことに驚いている。
「魔法……」
「どうした?」
俺は親父に向かって手を開いたまま前に出して魔法を唱えてみる。この世界の魔法の言語がなにかわからないけど、とりあえず、適当に。
「ブラック・ドロップ」
影落とし。この魔法は、日本にいたころにたまたま読んでいた小説で見つけた魔法である。
すると、なにも起こらないと思っていたのに……。まさかの、魔法が発動した。俺のイメージ通りに自分の影が自称親父の頭上に出現して武器を持ってそれの切っ先を自称親父の頭に向けて、一気に影が降下する。
なにかの異変に気づいた自称親父は「あっ」と叫んで上を見た。だが、時すでに遅し。僅か数センチ上の影は急降下したために、自称親父は避けることができるはずもなく、頭に武器が刺さり、血を大量に吹き出して後ろに倒れた。
「あ、親父……。すまん、ほんとに。謝れば済むと思うことではないと思う。だけど、ほんとに発動するとは思ってなかったんだ」
突如襲う悪寒。それに便乗してか、涙も同時にたくさん流れる。なぜだろう。今日はじめてあったこの世界の俺のお父さんが、殺られたことに涙を覚えるのは。会ったばかりなのに。
心は……。この、フリューゲル・ノーウェンという少年のもののままということなのだろうか。
自称親父は俺に殺された。その事は小さいこの村ではすぐにみんなに伝わった。ある者は人殺しと俺の居る家の前で叫び、ある者は家の扉の周辺にレッテルを貼り続けた。そして、一日が経った。今日は、近くのガルタンという街に行き、俺を待っているという人に会いに行く日だ。
村中の大騒ぎや俺への罵声などには目もくれず、一目散に村を駆け抜けて村の入口で歩を止める。
目の前に広がる草原を背中にして、今までフリューゲル・ノーウェンという少年が平穏に暮らしていたであろうこの村に、もう二度と戻って来ないだろうと予想をして、頭を下げて別れを告げる。
「さぁ、冒険のはじまりだ」
決めセリフっぽいを吐き、バックバックを背負い、腰には村から出る時に、
『この村を出るのであれば、周辺の草原にはカースと呼ばれる狼に似たコボルトの魔物が複数、群れで暮らしている。やつらは野蛮で、人を見かけたらすぐに攻撃をしてくる。じゃから、この武器と砥石は必須になるだろう。お主の失敗はわしにはわかる。だから、お主の気持ちを信じる者がいるということを忘れるな』
そう村長に言われた。渡された武器には、斬る部分にかっこいい黒の彫刻が掘られており、持つ柄の部分には金色の泊がついていた。
「こんな高級そうな剣……。ほんとに貰って良かったのかな」
少し躊躇いを感じながらも、この剣を再び腰に刺している鞘に戻し、前を向いて広大な草原の真ん中にできている一本道をひたすら進む。
「俺に会いたい人はどんな人なんだろうな」
そう考えながら、一歩一歩ワクワクしながら歩を進める。