英雄、疲れに取り憑かれ
あー、疲れた。何もしてないけど。
恒例行事の遠足、という名の迷宮遠征。
2年生はじめの強制行事に、学園始まって以来の落ちこぼれと名高い俺も参加している。
「ヒロウ、歩いただけでお疲れかい?」
「ああ疲れた、入り口からな」
自慢じゃないが、俺はクラスで一番スキルを持っている。その俺が、実技授業のたび、クラス全員のこらえるような笑い声を聞かされる理由。それは生まれつき持っていたあるスキルのせいであった。
その名も【疲労困憊】。聞いて驚け! なんと! この、スキルの効果は!
疲れる!
そう、ただ疲れるのだ!
はあ。
呪いである。もはやスキルという名の呪いである。なんなら年月と共にレベルが上がっていくコイツに耐えるため、一流たちも顔負けのスキルが身についたとすら言える。
持つだけで食うに困らない自己強化、耐性を持ってして尚、平均以下の身体能力というのだから恐ろしい。自分の不幸を嘆くより、他の人のもとへ行かなかったことに安堵するレベルだ。
ちなみに相方はクラス一の優等生、ゼンノ。学生が潜れる迷宮なら片手間でクリア可能らしい。だからといって本当に、介護の片手間で攻略させるのもいかがなものかとは思うが、そうでもしないと俺がゴールに辿りつけない。いやはや、フガイナイワー。
「そろそろボスだけど、いけそう?」
「ああ、当然余裕で無理だ」
我ながら自信に満ちた声で言い切れた。ドヤァ。
「僕がやっても意味ないんだけどねぇ。挑むだけ挑んでみない?」
「負け戦はしない主義なんだ」
「なら永遠にできないよ」
手厳しい。
とはいえだ。いくら2年生なら一人でもどうにか倒せる相手とはいえ、この最弱の異名を冠する俺にかかればあっという間にミンチ製造機へと早変わりだ。
片手剣は片手で持てず、魔法も下級一発で魔力切れ。最弱界の頂点と自負するこの俺に、雑魚ならともかくボスと戦えとは酷なことを言うやつだ。
「仕方ない、適度に弱らせるから適当に仕留めてくれ」
「すまん、助かる」
遠足とはいえ授業みたいなもんだ、全任せで見学してるわけにもいかない。一撃与えさせてくれると言うなら、ありがたく乗っからせてもらおう。とか言いつつコイツ一撃で倒しそうだが。
「パーティーリーダーとして報告しないといけないんだ。少しでもいいから何か貢献してほしい」
「よし分かった、実況だ」
「はあ?」
短剣を逆手に握り、コロシアムの実況者のように構える。
「第56回学年合同遠足も間もなく終盤。ボスの間へと差し掛かりました。
ゼンノ選手はここまでお荷物を抱えながらも、順調に足取りを進めています。前評価では余裕でクリアとの声が多いですが、お荷物がどう影響してくるか。
非常に注目の一戦です」
「逆に気が散るんだけど?」
「おっと、ゼンノ選手が何やら抗議してますね。観客の野次がうるさいそうです」
「うるさいと自覚してるならその口閉じようか」
その口閉じると本当にすることがなくなるんだ。察してほしい。
やれやれと首を横にふりながら、ゼンノがボスの間への扉へと手をかける。
「おっと、5種の中からランダムで選ばれるボスのうち、選ばれたのはジャイアントスケルトンナイトだぁ!
強力な単体攻撃で、パーティーを一人ずつ潰してくるジャイアントスケルトンナイトですが、むしろ範囲攻撃でお荷物も巻き込まれずに済むため、今のゼンノ選手にとっては最も嬉しい相手です」
「ちゃんと勉強してるし状況判断もできてるんだけどなぁ。これでデバフがかかってなければ……」
「ゼンノ選手、お荷物相手に会心の一撃です。キレイに決まりましたねぇ」
「一応気にしてはいるんだね」
そりゃ気にもするだろう。普段ゼンノ相手にキャーキャー言ってる野次馬キャピキャピ魔術師相手に剣で負けたんだぞ? 思い出して三日は泣いたわ。
茶番の終わりを待ってくれる訳もなく、槍を構えたジャイアントスケルト⋯⋯ジャイスケでいいか。ジャイスケが突撃してくる。
全身に込められた力、体に纏った魔力を槍の先端に集中させ、前方のゼンノへと突きだす。
「今回のジャイスケ、なんかいつもより強くねぇか?」
「個体差があるという説は聞いたことがあるけど、ここまで差があるとはね。まあ、あくまでも普段より少し強いくらいだ」
割と強そうに見えるのだが、ゼンノが言うのだからそうなのだろう。
そのゼンノは手にした剣で難なく槍を弾き、倍はあるジャイスケの懐へ潜り込む。
一閃。
到底本気とは思えない、軽々と振るった一撃。しかしそれは空を裂く。骨の身如きが耐えられるはずもなく、槍を突き出したまま切られた体は砂となって崩れ落ちる。
完勝、案の定一撃だ。まあ初心者用の迷宮だ。ゼンノならどうということもないだろう。
「やっぱり概念的なスキルはズルくない? それ何でも切れるよね?」
「それを言うなら君も概念の塊じゃないか」
「疲れるとかいう概念いらねぇよ。せめて疲れないになって出直してくれ」
こちとら常時呪われてるんだ。むしろ世界は俺がこのスキルを引き受けてることに感謝してほしい。
やいのやいのと一通りのお喋りが終わり、ふとジャイスケのいた所に目を移す。そこには古びた巻物が落ちていた。
ゼンノも気付いたようで、その巻物を拾いあげる。
「珍しい、スキルの書じゃないか」
「いつものジャイスケより強かったからな。やっぱりレアなやつだったらしい」
そう確信し、ゼンノの持つスキルの書を覗き込む。
「古代の魔導文字か⋯⋯。癖はあるが読めないこともない」
「相変わらずそういう分野は強いんだよなぁ」
「毎日走り込みでぶっ倒れて保健室送りなせいで時間だけは有り余ってたんだ。図書室の本は禁書含めて読破した」
ちなみに一番面白かった禁書は性転換の魔法だった。俺の魔力でも使えるのは評価に値する。
「禁書は流石にダメでしょ 」
「禁書は面白すぎて時間があっという間にすぎるから禁じられてるんだ。時間あるんだからいいだろ?」
「君みたいな奴が悪用するからだろうよ。それで、なんて書いてあるんだい?」
おっと、俺としたことがつい熱く語りすぎてしまった。
スキルの書へと目を落とし、スキル名を確認する。
「スキル名は【Re:スキル】か。効果は⋯⋯流石に読めんな」
「先生のところまで持ち帰るかい?」
「俺で読めなければ学園長も読めねぇぞ? これは恐らく方言か何かだろう。微かに原型が消え去ってない単語がいくつかあるな」
「色々と気になる発言があるんだけど……」
つまり、謎。使ってみないと分からない地雷の書。
「使ってみるかい? 他の人ならともかく、無駄に各種耐性スキルを極めた君なら死にはしないと思うよ」
「そうなんだよなぁ。下手にどっかの研究者が実験して死人を出すより、俺が使った方が安全なんだよなぁ」
身体能力は下がっているが、状態異常にはめっぽう強い。なんせ「無効」だ。「切れる」という概念の前には、紙だろうと鉄だろう関係ないのと同じこと。
なら迷宮の罠潰し要因として重宝されそうなものだが、生憎と肉体は貧弱なので、最悪の場合毒針の針で死ねる。毒はよくても物理はダメだ。
「うーん、使うか? どうせこれ以上弱くなることもないんだし」
「そうだね、運が良ければちょっとくらいは呪いを打ち消せるスキルが手に入るかもしれないね」
最弱の俺にスキルの書なんて高級品が回ってくる機会など、これから二度とないだろう。どうせ今後も俺と組まされるだろうゼンノも、金より俺を強化したがっているようだし、ここは思い切って使うが吉だ。
「よし、使うぞ!」
指先に魔力と不要だが気合をこめ、書物を縦に二分した。
破った箇所から文字が溢れおちる。文字が全て宙へ溢れ、ヒラヒラと舞い踊る。
正面に浮いていたスキル名に触れると、指先へと吸い込まれる。それに釣られるように周りの文字も吸い込まれ、全て無くなる頃には、キラキラとした光も消え、地面に落ちたスキルの書だけとなっていた。
「相変わらず無駄にオシャレな演出だこと」
「古代魔術文字のスキルの書はなんか神聖な雰囲気になるよね。それに比べて現代文字の方はかなり淡白だけど」
「無駄に凝ってない分、スタイリッシュだと言ってくれ」
両親がスキルの書職人なせいか、どうしても現代版の方を贔屓してしまう。
強力な分、一度使うと同じものはほぼ手に入らない古代版は強力だ。しかし、誰でもほしいスキルが手に入る現代版に、利便性で勝ることはない。
古代版はハズレも多いしな。
「それで、どんなスキルだった?」
「待てよ、意識すりゃ頭に浮かぶはずだ」
そう、書を使うまで使い方も分からないのも欠点だ、という思考を振り払いつつ、謎のスキルを使おうと意識する。
しばらく一人で念じていると、ポンとスキルについて振ってきた。
あー、なるほど⋯⋯。
「なあ、ゼンノ」
「ん? なんか分かった?」
時間制限はある。条件も厳しい。だが⋯⋯。
「朗報だ」
「朗報って……、まさか?」
そう、そのまさか。
「俺の呪い、消せそうだ」





