覚醒の神魔駆逐監(かくせいのゴッド・デストロイヤー)
ソレはたいてい突然現れる。
ただ、今日は場所がいつもと少し違っただけだ。
防塞都市『デメテル』は、本来、外敵が侵入できないように対策を施した都市のはずだったのに。
だが、防壁の内側の都市に巨大な砂塵が舞い上がっている。
「まったく、防壁の内側の監視体制がなってないわね。警報もまだ鳴らないなんて」
そして、事案の震源地たる砂塵の舞う場所に佇む一人の影。
服装はごく普通に街を歩いているような、カジュアルなものだ。短パンから延びる白い足は、少女のもの。足元は少し上等なウォーキングシューズ。
髪は遠目にも目立つ金髪で、腰のベルトには小さなグリップのようなものが差し込まれている。
「じゃ、ささっと終わらせますか。展開! おいで、あたしの裁き!」
掲げたグリップの先端が輝きを増し、あっという間に幅広の巨大な剣が現れる。少女はグリップを両手でしっかりと握り、その重さを感じさせずに正眼に構える。
剣は漆黒の刀身を持ち、表面には文様が刻まれ、それらは淡い緑の光によって浮きたっていた。
ソレは次第に姿を現す。砂塵が近づくにつれ、その中にある正体が視認できるようになってくる。
「うげ」
少女は心底幻滅したような溜息をついた。
「なんで眷属って、どれもこれもグロいのよ……近接戦で戦う身にもなってよね」
街を壊しながら疾走してくるソレは、まるで巨大なミミズのようだ。
ただ、違うのは、全身に触手よろしく生えた無数の『人間の手のようなもの』と、体躯前面にぶつぶつと張り付けられたこれも無数の目玉、そして、獰猛な牙を生やした巨大な口、という、神を冒涜するために造形されたとしか思えない、おぞましいものだ。
「これ、見たことないな。初認の眷属よね。ま、やってみるか!」
少女は跳躍する。よく見ないとわからないが、靴底には飛翔用のスラスターが装備されている。
一気に間合いを詰めると、一閃、巨大な黒い刃を振り下ろす。手ごたえはあった。
眷属、と呼ばれた怪物の頭はバッサリと切断され、鈍い音を残して地面に落ちた。
「あ、わりとちょろかった? ま、天下の剣姫、フィーネ・フォン・リヒテナウアー様の手にかかっちゃ、こんなもんよね! へへーん!」
少女、フィーネは得意げに剣を掲げて、勝利を宣言した。
だが、その時。
「へ?」
落ちた眷属の首がものすごい速度で再生して、一体の眷属へと復帰を果たした。そして、残っていた胴体からは首が生え、二体の眷属として復活してしまった。
「じょ、冗談でしょ!」
フィーネは再び剣を構え、攻撃態勢をとる。だが、そこで思いとどまる。
これは、切るとまた再生する、と感じたからだ。眷属対魔装兵器に関しては、相性というものがある。どうやら、その相性が最悪のようだった。
「これは……逃げるが勝ち!」
フィーネの実力は高い。だが、相性だけはどうしようもない。切れば切るほど増殖するとなれば、フィーネがいかに優秀な『神魔駆逐監』であっても、戦略的に不利だ。
足のスラスターを駆使して、高速で戦場を離脱するが、その後ろを眷属二体が追い始める。
「ちょっと、いっちょ前に切られた恨みくらいは持ってるっての?」
人けのいなくなった街路を高速で移動しながら妙案を考えるが、どう考えても自分の魔装兵器との相性の悪さは拭えない。
「まずいなあ! 都市防衛の駆逐隊はどうなってんのよ!」
逃げ回っていればほどなく防塞都市所属の駆逐隊が来るとは思われるが、一撃で葬り去ってくれなければ増殖の一途をたどる可能性がある。下手に吹き飛ばしたりして肉片をばらまきでもすると、大変なことになりかねない。
そうこうしているうちに、魔装兵器の飛行スラスターが発する独特の口笛のような音が聞こえてきた。都市防衛の駆逐隊のご到着だ。
「あ、やべ。撃つなよ、頼むから撃たないでよね」
相手にうまく伝わるかどうかわからないが、フィーネは頭の上でバッテンを作りながら、振り返ることもできずに逃げ続けていた。
「あれは……何?」
防塞都市デメテルの神魔駆逐監、月詠天音は眼下で起こっていることに戸惑いを覚えた。
誰かが眷属から逃げている。よく見ると、手には魔装兵器の端末を持ち、足には飛行スラスターを装備している。
「神魔駆逐監? まさか、野良……?」
天音はちっと舌打ちをした。
野良、つまり傭兵だ。神魔の眷属との戦いが世界的に激しくなり.フリーの傭兵も増えてきている。
だが天音は傭兵に対してあまりいい印象をもっていない。
だがそれは置いておいて、気になるのは頭の上に掲げられているバッテンだ。
「そこの駆逐監! あとは私たちに任せて安全な場所へ避難しなさい!」
天音はオープンチャンネルで呼びかけてみる。すると、すぐに反応があった。
『それができるならとっくにやってるわよ! こいつら足速いしあたしの武器じゃ倒せないし!』
「ではこちらで仕留めます。攻撃の余波ぐらいは自分で防げますね! 総員砲撃準備!」
『あ、いや、ちょっとま……』
「撃て!」
一八人からなる都市防衛の駆逐隊が一斉に砲撃を開始する。無数の光が二体の眷属の身体を引き裂いていく。
瞬間的にみじん切りにされてしまったことにより、動きが鈍った眷属の隙を突いてフィーネは路地に入り込んで身を隠す。
身体をいくつかに分断された眷属は一瞬駆逐されたように見えた。だが、次の瞬間、フィーネが恐れていたことが起こる。
「あちゃー、やっぱり……」
フィーネは手の平で顔を覆ってうなだれる。
「あれは……どういうこと……?」
一方で、眼下で展開されていく光景に、天音は絶句した。
増える。増える。そして増える。
あっという間に二〇体近くの眷属の群れが現れた。
「しょ、小隊長……!」
「攻撃中止です! こんな……」
『だから待てって言おうとしたのに!』
通信野にフィーネの声が響く。
「あ、あなたさっきの! こうなるって知ってたんですね!」
『知ってたから止めようと思ったのに、先走ったのはそっちでしょ!』
「だいたいあなた、どうして避難地域にいるのです!」
『こちとらフリーでも神魔駆逐監なんだから、逃げるわけにはいかないじゃない!』
「現実逃げるしか手がないくせに!」
『それ言う? こんだけうじゃうじゃ増やしといてあんたがそれ言う?』
フィーネは街路を逃げながらタイミングを見計らってジャンプする。飛行スラスターに魔素を送り、浮力を発生させて空へと逃れる。
「はじめっから上に逃げりゃよかった。あんまりのことにうっかりしてたわね」
地中から出てきただけあって、この眷属は空には来れないらしい。
「お灸をすえるのは後にするとして、あなたも協力してください」
空に上がったフィーネのもとに、天音が協力を要請する。だが、フィーネは、にっ、と不敵な笑みで答える。
「いいけど、いくら出す?」
「はあ?」
フィーネの言葉に天音は絶句する。
「あなた、この状況でなんてことを言うのですか!」
「最初の戦闘はあたしの意思でやったからいいけど、協力要請は依頼よね? だったら傭兵として対価を要求させてもらうわ」
「こ、この状況で……! これだから野良は……」
「今なんつった? こちとら命がけであんたら公役じゃできないような案件やってんだ。あたしらがいるから、あんたらすまし顔できれいな仕事できるんじゃんかよ」
「フリーの傭兵など、無責任で金に汚い方ばかりです。あなた方の無茶でどれだけ私たちが迷惑しているか!」
空の上で口論が始まる。
『うー……!』
二人で唸ってにらみ合う。
「小隊長殿、ここは一旦引き返して対策を……」
隊員の一人が天音に進言するが、キッ、と振り返った天音は
「そんな暇はありません。一刻も早く駆逐しないと、街が破壊されつくしてしまいます」
初認の神魔。それは、常に駆逐監の常識を覆していくことが常とされていた。今までの駆逐パターンが通用しないことが多く、そのたびに新たな戦術や魔装兵器の開発、といういたちごっこが続く。
天音にとっても、肉片からあれだけの再生を果たす神魔は見たことがない。
だが、なんとかしなくてはならない。
「とにかくあなたのことは後です。神魔の進行を食い止めます! 『神の咆哮』を使います! 援護を!」
天音の号令で小隊は援護射撃位置に向かい、天音は腰に差していた魔装兵器のグリップを二本抜いた。
「いらっしゃい、私の裁き」
天音野の召喚にグリップが反応する。超次元空間に収納されている魔装兵器が瞬時に天音の左右に展開する。
それは華奢な少女の身体の三倍ほどもある超重兵装。巨大な口径を持つ大出力砲だ。黒い光沢を放つ巨大な『神の咆哮』は、天音の持つ魔装兵器の中でも最強の部類に入る虎の子だ。
「一発で当てないと後がない……全隊、対象の足を止めてできるだけ一カ所に集めるよう威嚇射撃で誘導……え……!」
天音が指示を出し終わろうかというときに、眼下の都市の一角で閃光が走る。
「な、なに……?」
「なんだありゃ!」
天音とフィーネは、何が起こったか理解できない。ただ、その閃光は一瞬で眼下の街の隅々を走り、一瞬で街に傷一つつけず、神魔を消し去ったのだ。
「うそ……」
「でしょ……」
二人の少女は、その信じがたい光景に言葉を失って身をすくめるしかなかった。
「もしかして……」
「覚醒……魔装……?」
フィーネと天音、二人の駆逐監の脳裏に浮かぶのは、伝説の魔装だった。





