俺と彼女の星間無双〜空から降ってきた少女にINする物語〜
「羽馬史崇さん……我々の艦隊は、恒星プロキシマ・ケンタウリ近郊にて航行中、突如地球外生命体【サナト】から襲撃を受けました。あなたのご両親は未帰還で……生存は絶望的だと考えています」
喪服を着た中年の男性が俺にそう告げた。三年前の西暦二〇五〇年、中二の春。
両親の死を受け入れると、義務感に追われるようにして机に向かい勉学に励んだ。両親のいた国連宇宙軍を目指して、ただひたすらに……復讐を夢見て。
あの時から、三年の年月が流れた。ここに来るのは、随分久しぶりだ。
「はぁ、はぁ……。史崇、来て良かったでしょ?」
少し息が上がっているものの亜梨加の声が弾んでいた。彼女の束ねた長い髪が揺れている。
俺と幼馴染みの亜梨加は、街外れの小高い丘の中腹に来ていた。一番高いところには神社がありそれを通り抜けたところに俺たちの秘密の場所がある。市街地の反対側の斜面は湖に面していてとても見通しがいい。丘は木に覆われているが、少し開けていたので、十分に夜空を堪能できる。
今日は月が綺麗で……星を眺めるにしては少し明るい。湖に映る月の光が、ゆらりゆらりと揺れていた。
亜梨加が空を見上げる。つられて俺も顔を上げた。
「ほら、あれ! 春の星座…………えーっと……」
俺は指が指し示す先にある空より、彼女の爪が気になった。亜梨加の奴、マニキュアなんかしてたっけ?
まあ、どうでもいいか。
再度彼女の指の先にある星座に目を向け、「しし座だろ」と告げる。すると彼女の声が花が咲くようにほころぶ。
「しし座! じゃあこっちが南側の空だっけ」
そうだ……あのまたたく星々の先に【サナト】がいる。
両親を奪った憎い敵が。
「……あのねぇ……そんな顔させるために誘ったわけじゃないのだけど?」
急に不満そうな声。亜梨加は両目の端を指で釣り上げていた。
「そんなひどい顔だったか?」
「ひどいって私の顔が!?」
ふくれる彼女を見ると気分が和む。亜梨加はいつも優しく温かい。だからこそ、ずっと会わないようにしていた。気が緩み甘えてしまえそうだったから。
亜梨加は、俺に気分転換をさせるつもりでここに誘ったのだろう。時々一緒に夜空を眺めていた、この場所に。
「……元気そうで安心した」
「亜梨加も……」
人肌の温もりを肩に感じた。彼女の顔が、柔らかな月の光に照らされている。
とても綺麗で、そして儚げで。
「少しは……気が晴れた?」
心を見透かすように亜梨加が言う。
俺は国連宇宙軍に入るため、体を鍛えつつ猛勉強をしていた。高校に通うものの、それ以外はほとんど引きこもりのような生活。
時々、星空を見ようと俺を誘いに来ていたのだけど、ずっと「それどころじゃない」と断ってきた。
しかし今日に限って、なぜか一緒に星を眺めたくなった。久々に亜梨加の顔も見られたし気まぐれだったけど来て良かった。
「うん。ありがとうな……寒いか?」
亜梨加は妙にひらひらした薄手のワンピースを着ていた。服は可愛らしく似合っているとは思う。だけど、まだ夜はそれなりに冷えるのに……何を考えているのか。
俺はコートを脱ぎ、体を両手で抱えている彼女にそっとかけてやった。
「ありがとう。あったかい……」
顔を上気させてうつむく亜梨加を見ていると、急に恥ずかしくなった。彼女はくんくんと、コートの内側に鼻をくっつけている。
「嗅ぐな」
「史崇の匂いがするかなって思って」
なんでそんなに嬉しそうにしているのか分からないが、色々と心配になった俺は誤魔化すように空を見上げた。
「しし座に…………ん?」
空を分断するように尾を引く輝き移動する光が見える。あれは、いったい何だ?
「やだ、こっち向かって来てない?」
「うん……隕石?」
ゴオオオオ……
まるで地響きのような大きな音が体を震わせた。周囲が次第に明るくなってくる。
「嘘でしょ……!?」
香水の香りと、柔らかい感触を胸に感じた。
次第に周りが明るくなっていく。
そして、轟音が耳をつんざき、地面が揺れる。空全体が昼間のようにまぶしく光った瞬間、俺たちは地面に叩きつけられた——。
湿り気を帯びた草の感触を頬に感じた。目を開けると、黒い地面が見える。口の中に土が入り、ジャリジャリと嫌な感触がした。
「ぐ……う……」
周りの木々が燃えて、あちこちで炎の壁ができつつあるのが見えた。
「史崇! 史崇!」
亜梨加の涙に濡れた声が断続的に聞こえてくる。体中の痛みで意識が飛び飛びになっている。胸の辺りが焼けるように痛い。口の中に生暖かい血の味を感じた。
また……意識を失っていた。
「……あなたは……誰? この女の子は?」
「アタシはその装置内のどれ——子が手首に着けている装置。携行型戦闘機抑制管理システムと呼ばれてるわ」
亜梨加が誰かと話をしている。大人の……女性の声だ。
「システム? このチカチカ光る腕時計みたいなの?」
「そうよ。あなたは、そこの男の子を助けたいわけね?」
「うん……うん」
俺のことなのだろう……亜梨加の声が震えている。
「だったら、ちょっと協力して欲しいな。二人とも、この子と同化することに同意して欲しい。」
「同化? 史崇が助かるなら、私の体は好きにしていい。でも、史崇の体は……」
「ダメね。助けたいのなら貴方たち二人共、同化する必要がある。じゃないと彼は死んでしまうでしょうね」
亜梨加は何をしようとしている? か細く、消え入りそうな声を聞くととても辛い。それに、そいつは協力しようとしているように見えて、やっているのは脅迫だ。
「……分かった。もし史崇が助からなかったら……あなたを許さない」
「おっけーい! 大丈夫大丈夫。ぜーんぶ任せてくればいいの。じゃあ、同化の儀式を行いまーす。二体同時なんて緊張するなぁ。同化……開始!」
その瞬間、景色がぐにゃりと歪み、再び俺は意識を手放した。
目を開けると、やけに座り心地のいい椅子に座っていた。目の前には前席の裏側が見える。
頭上を見上げるとガラスの丸い天井の上に満天の星空が見えた。左を向くと……青い星が見える。どう見ても……地球だ。
「えっ?」
状況に頭が追いつかない。右隣には亜梨加がいた。腕に伝わる柔らかい感触がある。
「……あれれ? 史崇!? 大丈夫?」
俺たちは二人で一つの席に腰掛けている。亜梨加は目に涙を浮かべていた。
「うん。亜梨加も大丈夫か?」
「よかった……。ってここここ——ここは……? 宇宙? どどうなってるの?」
「さあ? 俺も知りたい」
急に、目の前に情報コンソールのようなものがホログラムで表示された。俺と亜梨加の顔が横並びで表示されている。横には心電図のようなグラフと、読めない文字が並んでいる。
そして俺の顔の上側に、見覚えのない少女の顔が表示された。
「——気がついたわね。同化に同意してくれてありがとう。無事成功よ。ほら、戦闘機使い——識別番号95。二人に感謝しなさい」
さっき亜梨加と話していた声だ。すると、前席の端から少女が顔を見せる。ホログラムに表示された幼い子。
「——ありがとう」
彼女は、抑揚の無い幼い声でしゃべった。見たところ、十歳くらいだろうか。
「亜梨加、その子誰?」
「私もよく分からなくて……同化したら助かるからと聞いて……。史崇からいっぱい血が出ていたし」
「同化? 俺はともかく亜梨加……も?」
「うん。勝手にごめん」
「そうか……だけど俺、何も変わってないみたいだけど?」
「そういえば私も……変化がないような?」
そう言って、亜梨加は自らの胸を両手で覆った。次にお腹を触り、ついにはスカートまでめくりはじめた。
変化って、何を考えてるんだ? 相変わらず何考えているのか分からん。
「亜梨加は変わってないよ。何も」
「そっそう……よかった」
「なんで顔赤らめてるんだ?」
「史崇もでしょ!」
二人とも体調は悪くない。携行型……なんだっけ? とにかくこのAIとやらは約束を守ってくれたようだ。
だけど、信用するのはまだ早い。
「……助けてくれたことについては、ありがとう。感謝します。それで、俺たちが今ここにいる理由と同化のことと、その子のことを教えて欲しい」
「そうね。ここは宇宙空間よ。今あなた達は、前席の奴隷——女の子が創造した機体に乗っているの。彼女は敵と戦う宇宙【戦闘機】よ」
間違い無い。「奴隷」と言った。非常に気になるけど、いったん後回しだ。
「戦闘機? 創造?」
「それが可能な種族ってこと。どうやっているのか、アタシにも詳しくはわかんないんだけどね。他のことは——」
目の前のホログラムが切り換わり、映像が表示された。国連宇宙軍の大型艦から煙が噴出している。それも複数箇所から。
「敵?」
「そうよ。その映像は、今現在のもの。あなた達は【サナト】と呼称しているようね。この星の艦が今、こいつらに攻撃を受けている」
サナト。その言葉に、俺の体は次第に熱を帯びていく。
「勝てるのか? 地球の艦隊は奴らに歯が立たたなかった」
「……兵士クラスのサナトが二体。まあ楽勝でしょう」
俺は頭に血が上るのを感じた。奴らを倒せるならなんだってやる。
そんな興奮した俺の頭に、冷や水をぶっかけるような少女の冷たい声が響いた。
「これより、戦闘を開始します」
こんな幼い子が宇宙での戦闘? 俺は何かの冗談だと思ったのだが、その言葉に偽りはなかった。





