僕の最後の14日
僕、山下遥は、16年の人生を、あと14日で閉じることになる。
理由は簡単だ。
僕の背中に、死神がいるから───
5歳まで、僕には幼なじみがいた。
始まりは3月3日。
着物をきせてもらった菫は、自慢げに回って見せてくれた。
「ハル、どう? きれい?」
だけど、僕は別なモノに見入っていた。
──黒い人だ……
それは菫の背中で浮いていた。
それまでも、そのときも、黒い人が誰かなんて考えたこともなかった。街のなかでも見ていたし、両親も何もいわない。だからそういうものなんだと、1人で僕は納得をしていた。
そして、3月16日。公園からの帰り道。
菫と2人で横断歩道の信号を待っていた。そのとき、いつも浮かんでいた黒い人が動きだした。
唐突に振り上げられたのは、菫の体より大きい黒い鎌。菫の細い首に一度刃をあわせると、大きく大きく振りかぶった………
僕はすぐに目をつむった。
手をぎゅっと握って体をカチコチに固めた。
だって、菫の頭がごとりと転がると思ったから……
だけど、そうではなかった。
すぐにブレーキ音が。ドン! という衝撃音と一緒に、湿ったひしゃげた音。タイヤの焼ける匂いが臭い……
おそるおそる目を開けると、菫の小さな体が折りたたまれて、遠くに遠くに飛んでいく。
車にひかれた……!
そう気づいたとき、僕の目の前が真っ暗に染まった。
『死神が見えるなんて……君はボクが迎えにきてあげる』
そう言いおいて、その黒い人はふわりと消えた────
……それからしばらく僕は恐怖した。
いつか僕の背に『死神』が立つのだと、毎日怯え、背後が恐ろしくて仕方がなかった。
カウンセリングにもいったけど、僕は菫の死なんかより、死神の存在が怖くて怖くて仕方がなかった……
だけど、ある日気づいたんだ。
『14日間は死なない』ってこと。
だから、そのときにしたいことをしよう。
僕はそう思うことで、その日を『楽しみな日』に無理やり変えた────
「……こんなに早いとはなぁ」
僕の人生は、今日をふくめてあと14日。
なのに、
「もう今日がおわっちゃう」
夕日を目の前に置いて、僕は公園のベンチに腰をおろした。
カバンから『14日ノート』を取り出す。これは14日間でやりたいことを考えるノート。
今日は10月2日。月末に見直したばかりだけれど、もう一度確認!
「まず叶えられないのは……」
・マクトポテト大人買い
・学校をサボる
・コーヒー飲めるようになる
・彼女をつくる
・おしゃれカフェにいく(できれば彼女と)
・ゲームざんまい!
・ケーキワンホール食べる……
「『彼女をつくること』かなぁ……」
僕は後ろを振り返った。死神と話すためだ。
「ねぇ、君に名前ってあるの?」
まじまじと見たのは初めて。なんと、僕の死神は美少女だ! これはうれしい!!
ただ動きは挙動不審。キョロキョロと、左右後ろに首をまわし、声をかけた誰かを探してる。
「死神の君だよ」
僕が指をさすと、彼女は自分の鼻に指をあてる。
こくりと僕が頷くと、彼女もこくりと頷いた。
年齢は同じくらい。白に近い金髪がゆれて、アメジストみたいな瞳がこぼれるほど開いていく。
『あ、あたしが見えるの?!』
彼女は震えるほど驚いている。ただ声は想像していたよりハスキー。なんだか親近感。
「見えるのってそんなにめずらしいの?」
宙返りをしながら彼女が横に座ってくる。座るといっても浮いてるんだけど。
『普通は見えないもん!……え? ってことは、ハルの魂をあたしが狩ったら、ホンモノの死神になれちゃう!?』
「なにその、本物の死神って。……ん? 僕の名前知ってる?」
『知ってるよ? ハル、でしょ? あたしはヴィオラ。ヴィオって呼んでっ』
ヴィオラと名乗った死神は、僕の前でバレリーナよろしく、くるりと回っておじぎをした。
黒いローブがふわりとめくれる。ローブの下には濃い紫色のロングドレスを着ているよう。なんだか死神らしい。
『その、あたしたち死神は他の死神が見えないの。で、死神が見える人の魂を狩ると、その目がもらえるんだって。あたしはハルの担当だから、その目をもらえるってことだねっ』
興奮気味にしゃべるけど、僕はピンとこない。
「死神が死神を見えないとダメなの?」
『いろいろ不便。とにかくハルみたいな人を【キャンドラー】って呼ぶの。貴重なの!……でもな、あたしさぁ……』
ヴィオは小さくため息をつきながら、ベンチにうきあがって膝をかかえた。ぷかぷかと丸まって、まるで無重力にいる宇宙飛行士だ。
『最後まで、生かせたことないんだ……』
「……今、なんて?」
『死ぬ間際の人って運がまるでないの。だから、寿命の火が最後まで消えないように、守ってあげるのがあたしたちの仕事なんだけど、それを全うできたことがなく……』
「……はっ? はぁ!?」
奇声をあげてしまったことで、注目の的となってしまう。小学生の視線が痛い。
そんなことより『全うできない』ってどういうこと?!
「僕は最後の14日を好きに生きようって、それだけを楽しみに生きてきたの! なのに全うできないってなに? 職務怠慢じゃないっ?」
『しょうがないでしょ! 寿命どおり生かせなかった死神は、残りの日数分、ペナルティで自分の寿命をさしだすんだよっ?』
彼女がローブの中からとりだしたのは、キャンドルホルダーだ。手のひらほどの皿に真っ黒のキャンドルが燃えている。炎は青く、ゆれると海底のような光を放っている。
だけど異様に短い。3センチぐらいだろうか。
「……それ、もしかして、君の寿命……?」
『そうだよ! もうこんだけなの! これしかないのっ!』
「た、たいへんだね」
彼女の気迫におされてつい同情してしまうけど、僕の日数を減らすのだけは避けたい、絶対!
『ハル、しっかり最後まで生き延びようねっ!』
彼女から手を握られた。
感触は風が吹いたような冷たさだ。
『ね、さっきから見てるノートはなに?』
「これ? 今日から14日間でしたいことが書いてあるんだ。一番無理そうなのが『彼女をつくること』なんだけどさぁ……ねえ、彼女ってどう作ったらいいと思う?」
『あたしに聞く?』
「女の子のほうがわかるかなって」
ヴィオは僕の顔をまじまじとみて、僕の長めの前髪に指をかけた。
『ね、もうすこし顔だしたら? 色白で鼻筋とおってて、目も明るい茶色で、とってもキレイだもん。すぐに告白されちゃうよっ』
はたからみれば、風で前髪がゆれてるだけなんだろうけど、僕の目の前には美少女が前髪をゆらしているわけで。
僕の耳、顔も、真っ赤に燃えてるみたい!!
『ハル、どうしたの? ね?』
僕は冷たいヴィオの肩を押しだした。音もなく後ろに滑る。
「はぁ……息、止まるかと思った」
『死にそうだった? うそ?!』
「いや……そうじゃない、けど……そうだったというか……」
『大丈夫? あたしはハルのこと大好きだから、応援してあげる!』
「どういう……」
僕が聞き返す前に、ヴィオは手をひいて進みだした。
僕もつられて歩いて行くけど、公園の外をでて、どこにむかうつもりだろう?
『早く帰ろう? お腹すいてないの?』
「もうそんな時間?」
まわりをみると、夕日もすっかり落ちて、あたりが青暗い。
公園前の横断歩道で信号待つ僕ら。そこへ減速していない自動車が向かってくる……!
瞬間、ヴィオがすかさず僕に覆いかぶさった。まるで水に包まれた感じだ。
──車が潰れる音に、たくさんの悲鳴。ゴムの焼ける臭いにガラスの砕けちる音……
立ち上がって見えた光景に、僕は絶句する。
守られていなかったら、僕は電柱と車にはさまり潰され死んでいた……
「こんなこと、続くの……?」
『わかんない。で、でも、あたし、絶対守るからっ!』
ヴィオが大真面目な顔で言いきるけど、なんとも頼りない。
すぐ後ろから男の声がする。
『こんな壊れ方……もしかして、こいつ死神ついてたり?』
死神というフレーズに思わず振り返ると、銀髪の青年が間近にいる。黒いローブに黒い大鎌を担いで、僕をジロジロみながら……浮いてる!
「し、死神……?!」
男の手に持っていた鎌が、躊躇なく振り下ろされた。
「……あっぶね……!」
『ハル、どうしたのっ?』
「なんか、銀髪の死神が、鎌ふって……! あぶなっ!!」
『逃げてんじゃねぇーよ! お前、キャンドラーなんじゃね? じゃなくても殺しちゃうけどねぇ〜! マジでいいの見つけちゃったぁ〜』
周りから見れば、轢かれそうになった男がいきなり何かをよけてる感じだろうか。
だけど僕の目の前は、鎌が左右に何度も行き来してる!!
体をねじってかかわすけど、一体なにこれ?!
『死神殺しっ!? ヤバっ! 早く逃げて! 今日がハルの命日になっちゃうよぉ!』
僕にしがみついたヴィオだが、ほぼ泣きながら続けて叫ぶ。
『アレに斬られたら、ハルもあたしも地獄逝きだよぉ! やばいよぉー!! やだよぉー!』
「……あーもーっ!」
僕は走りだす。
必死に腕を振ってがむしゃらに!
だけど……
──14日で死ぬのに、なんでこんなに走ってんだろ
そう思ったことは内緒だ。
とにかくこれが、僕とヴィオラの1日目。
……とても悲しくて、楽しかった、僕の最後の14日が始まったんだ───





