第一印象◎なせいで逆に生きづらい
今の所、俺は職なし、金なしのろくでなしだが、割と今の生活には満足だ。
商店が並ぶ路地には活気があって歩いているだけでもこちらの気分も明るくなる。街並みはいわゆるファンタジー世界。見たこともないような食材が並んでいる。
「お、ユーマっ! 今日はいいカジメが入ったんだ、どうだい?」
「いやいや、俺は宿暮らしですよ。自炊はできませんって」
「宿っていつものとこだろ? 届けといてやるから、一杯やればいいさ」
カジメとはなんなのかはよくわからないが、魚屋だから、きっと魚介類なのだろう。好意はありがたく受け取ろう。
「じゃあ、遠慮なく。今度はちゃんと買うんで」
「真面目だなァ、ユーマ! また来いよ!」
馴染みの魚屋のおじさんに手を振って、別れた。日焼けしたおじさんの笑顔にこちらもつられて笑ってしまう。しかし、カジメとはどんな魚なのか聞き忘れた
この世界に飛ばされた時には着ていた服以外はロクに何も持っていなかった。なぜ俺がこんなことになっているのか――つい先日の衝撃的な出来事なので、思い出すのは簡単だ。
「――藤堂 佑真、汝は選ばれた! 異界へ行き、勇者となるのだ!」
突然、声が響き、神殿のような場所に立っていた。
何が何やらわからなかったが、とりあえず声のした方に目を向けると一段高い所にある場所でふんぞり返っている幼女がいた。
緩くウェーブがかかった美しい金髪に、目を合わせただけで吸い込まれそうな金色の瞳……自信満々に微笑む彼女は、派手なゴスロリな服も着こなしている。
「ふむ、わしは汝にはそう見えるのか。まあ、よい。では、ゲームじゃと思って楽しんでくるがよいぞ!」
「ちょ、ちょっと待て! 楽しむってなにを?!」
「言ったであろう、汝は『勇者』になる運命なのだと」
「俺は普通の人間だ! それにいきなり……っ!」
「ちっ、くどいのぅ。『普通の人間』でもわしがちょちょいと弄ってやるから安心するがよい」
「余計イヤだ!」
「ワガママじゃのぅ……」
幼女神はとてつもなく苦いモノを口の中にでも放り込まれたような顔をしていた。なんか、色々台無しな感じだが、ワガママなのは間違いなくこのロリっこの方だ。
「今までの奴はこのぐらいの勢いで言っておけば、すぐに異界へと言ってくれたんじゃが……少しばかり教えておくかの」
自称カミサマの幼女神いわく、その異世界は戯れに創ったミニチュアの世界らしい。しかし、『勇者』と『魔王』が現れないため、停滞してしまい、その世界が終わらせることができなくなってしまった。それの何が問題かと言えば、
「わしが世界の余剰リソースで遊んでいたことがバレれば、上役に怒られるのじゃ!」
一部の隙間さえ同情の余地がない、完璧なまでの自業自得だった。
「じゃから、お主には世界の命運を決定づける『勇者』となってもらわねばならんのじゃ! さあ、ゆくがいい――っ!」
と、こんな感じでほとんど無理やりにこの世界に送り込まれた。
あのカミサマは何度か異世界に外から人間を送り込んで『勇者』と『魔王』を生み出そうとしたが、失敗しているらしい。
『勇者』と『魔王』どちらか、もしくは両方が現れれば世界を終わりに導くことができるのだと彼女は言っていた。
しかし、カミサマは直接手出しできないルールなのだから、後は好き勝手にやっても問題ない。のんびり生きよう。それに、普通ではない力を与えられたが、それは『勇者』になるには程遠い能力だったのだから仕方ない。
今日も特に目的もなく街を散策しているうちに日も傾き始めていた。宿に戻るための道を歩く。先日散歩しているときに見つけた近道を使い、細く入り組んだ路地の奥へと進む。
ほとんど人通りもない道だ。表通りで馬車の走る音がすこし遠くに聞こえる。
「ひゃわぁっ?!」
「うおぉっ?!」
角から急に女の子が飛び出してきた。考え事をしていたせいで避けきれない――
「あぶない――ッ!」
ぶつかって倒れかけた彼女の手を引いたが、遅すぎた。俺たちはもつれ合って、そのまま転んでしまう。
「あいたた……はっ?! だ、大丈夫ですか?!」
「あ、ああ……大丈夫、だ」
「私をかばって?! ほ、本当にすみませんっ!」
肩に痛みが走ったのを彼女に見られた。世の中カッコつけようとしても、うまくは行かないものだ。
「キミの方こそ、ケガは――」
「……っ!」
痛む肩をさすりながら顔を上げると俺の上に乗っている少女と目が合った。吸い込まれそうなほどに碧い瞳、そして、明るい栗色の毛は触れたくなるような美しさだ。
「あぅ、あっ……あうぁぁあぁうぅあぁうあうああぁ――っ!」
「うおっ?!」
見つめ合っていたのはほんの一瞬。沸騰しそうなほど顔を赤くして、彼女は突然の奇声と共に、ばね仕掛けで跳ねたような動きで俺の上から飛びのいた。そして、ガバッと頭を下げると走って逃げて行ってしまう。
「す、すみませんーっ!」
置いて行かれた俺はしばらく動けなかったが、大した怪我でもなかったので、とりあえず宿に帰った。近道のつもりだったが、むしろ時間がかかってしまった。
今、世話になっている宿は《牡牛の角盃亭》という所で、一階は居酒屋、二階は宿になっている。先に飯を食べようと一階の方に入った。
「ただいま――」
「ユーマくん! 帰ってこないから心配したんですよ!」
「いや、少しトラブルがあって……」
店に入ると、カウンター席に座っていた一人の女の子がこちらに駆け寄ってきた。真剣な表情で俺の身体を検分される。さわさわと彼女の手が触れて、妙に気恥ずかしい。他の客がにやにやとこちらを見ているのを睨みつけておく。
「服が汚れてるね。それにぶつけたような……」
「ちょっと、近い! ソーヤさん、近いって!」
尻の方にまで彼女の手が伸びてきたのでとっさに距離を取った。
彼女、ソーヤ ランツェルは牡牛の角盃亭を利用する常連の冒険者だ。歳はそんなに変わらないので、気安く接したいと思うのだが、なかなか距離感が難しい。それに、露出が少ない恰好なのだが、ボディラインがくっきりと浮かんでいて、なぜか胸元だけは肌色が見えていている。
「はっ?! し、失礼しました……」
「ソーヤちゃん、あと一押しだよ!」
宿の主人であるおばちゃんがからかってくるが、彼女は自分の席へ帰っていった。
「そういえば、昼間にカジメを――」
「ああ、受け取ったよ。けど、一人で食うのかい?」
「いや、これは――」
名前から想像していたよりもデカかった。サイズ感で言うとマグロとかブリとかそのぐらいの大きさだ。これを全部一人で食うには多すぎる気がする。
「料理してやるから、ソーヤちゃんと食べな。カジメは足が速いから、今日中に出さないとね」
「わかりましたよ。ソーヤさん、隣いい?」
「へっ?! は、はいっ! どうぞ!」
最近はよく一緒になることが多く、よく彼女の隣に座っている。俺は彼女の横の席に腰を下ろした。
居酒屋は冒険者が依頼を受ける場所でもある。冒険者ではない俺は文無しなので好意でここに泊めてもらっている。
目の前で手早くカジメを捌かれて様々な料理が目の前に並ぶ。俺の分の酒もすぐに来た。
「とりあえず、乾杯っと……ソーヤさんは今日も依頼?」
「そ、そうですね。街道に出た魔物を――」
ソーヤさんはジョッキを両手でもってちびちびと麦酒を呑んでいる。酒はあまり強くないのか、少し顔が赤い。
冒険者は男も女も構わずに酒呑みだと思っていたが、彼女は違うようだ。
「俺も何かしないとなあ……冒険者とかやってみようかな?」
「そ、ユーマくんも、冒険者になるの?! 装備は?! 職業は?!」
「いや、その、もののはずみというか――」
彼女が急に前のめりにきた。彼女の整った顔が目の前にあって、つい入口の方へ目をそらしてしまう。すると、ちょうどタイミングよくバンと勢いよく店の扉が開いた。
突然の出来事に店にいた客たちも皆そちらの方へ向いた。
栗色の髪をした女の子が護衛を引き連れて入ってきた。豪華ではないが質のいい洋服をしっかりと着こなしている。服装は違ったが、彼女には見覚えがあった。
「キミはさっきの――」
彼女は俺と目が合うと照れながらもうれしそうだった。
「あれは、ルシーレ様?!」
「な、領主のお姫様がここに――?!」
客の一人が彼女の事を知っていたらしい。だが、それには構わず一直線に彼女は俺の方へ歩いてくる。その足取りに迷いはなく、そして、可憐だった。
俺の前まで来たルシーレが見上げてくる。ぐっと、胸の前で手が握られている。うるんで揺れる碧い瞳が俺を捉えた。
「あ、あの! 私と、結婚っ、してください――っ!!」
店の空気が凍った。しばらく誰も口を開かない。
俺の後ろでソーヤさんが麦酒を呷っている。ごくごくと、のど越しの音がやけに大きく聞こえる。その間、誰も動かなかった。そして、ダンッとカウンターにジョッキが乱暴に叩き付けられた。
「――決闘を申し込む。ソーヤ ランツェルの名に懸けて、ユーマを勝手にさせない!」
「力ずく? 上等ね。剣を――」
野次馬たちが盛り上がる。脇に立てかけていた槍を構えるソーヤと護衛から剣を受け取るルシーレ――二人は外へと出て行った。
「こんな、こんなことって――」
俺が与えられたのは、初期好感度が異様に高いという能力――って、この能力で逆に生きづらくなってないか?!
俺の力では止めることができない二人の決闘を見ているしかできなかった。