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時が空を救うまで

「『ほら、目を覚ますんだ』」


 光の一つもない闇の中。閉ざされた視界の中で、どこかからか鈴の鳴るような声が響いた。


 誰だ。身をよじれば尻にごつごつとした固い感触。鼻をスンとならすと焦げたような匂い。後ろに回された両手首はなにかでつながれ、少し動かすと金属同士がぶつかる音がする。


「ん、魔法で視界を封じられているのか。なら何が聞こえる? 口にしなくていい、想像するんだ」


 通り抜けるような風の音だ。そして時折雫が跳ねる音。なにかが燃えるような音もいくつかしている。

 するとその時だった。額に、何かが触れる。


「もういいかな? 『目を開けるといい』」


 小さく反響する、背筋を撫でる蛇のような不気味な声。しかしそれが聞こえた瞬間瞼に熱がこもり――鉛のように重かった瞼が軽々と持ち上がった。

 ここは……洞窟だろうか、いや、改造された独房か。薄暗い中、等間隔で壁に掛けられた松明が燃えている。しかし看守も他の囚人もいない。そして目の前には――一人の少女。


「まったく、帝国もこんな場所を隠していたとはね」


 正面に腰かけた彼女は、そう言って呆れたような顔をした。闇に紛れる黒いローブと大きなとんがり帽子。腰ほどまであるライトグリーンの髪は、燃える松明に照らされていた。


「空の魔女たる私でもキミを見つけるのに少し時間がかかってしまった。すまなかったね」

「――?」

「なんだ、言葉も封じられているのかい? まあ当然か。魔法使いにとって声とは命だ。しかしその封を解くのは面倒でね。この世界には認識されないだろうが、私には君の声が聞こえる。少しの間辛抱してくれ」


 しかし自分には、彼女のことも彼女が言っていることも何もわからなかった。


「……? どうしたんだい、変な顔をして」

「――? ――?」

「……ああ、なるほど。いや、帝国も残酷なことをするものだね。意識、視界、言葉だけじゃ飽き足らず、記憶までも封じたか」


 しかし彼女はどこか楽しそうに薄ら笑いを浮かべている。パチパチと燃える松明に照らされながら、小さく息を吐いた。


「まったく、私は寡黙なんだ。おしゃべりはあまり得意でもなければ好きでもないのだけどね。だが、しかたない。他ならない君の頼みだ。一つずつ応えていこうか」


「私はスペル・デヒア。人々からは、空の魔法使い――もとい、魔女と称されている」


 聞いたことのない名だ。すると彼女は腰を上げ、顔を近づけてきた。少し動けば鼻同士が触れ合うような距離。視界いっぱいに彼女の端正な顔が広がり、生暖かい吐息が鼻をくすぐる。


「思い出せないかい? ――ならば、知るといい」



「私はスペル・デヒア。空の魔女であり、君の姉弟子であり、友であり――そして、恋人だ」



「――!?!?」


 思い切り声を上げると――声は出ないが――、スペル・デヒアはカラカラと楽しそうに笑っていた。


「あはははは! いやあ、面白い。キミは記憶を封じられてもすぐ顔に出るなあ。いや、からかったわけじゃない。今の話は事実だよ」


 すると彼女は満足げにふぅと吐き出すと、隣に腰かけた。


「さて、キミの話をする前に、この場所の話だ」


「ここは洞窟を利用して作られた監獄だ。そしてキミは、ここに囚われている」

「――」

「見ればわかることをとは言うが、なら見ればわかるようなことを聞かないでくれ。それに、なぜ君がここにいるのかを説明するのは少々面倒だ――『ブラス』」


 そうスペル・デヒアが唱えると、彼女の手に何もない空間から、ポンという空気が破裂する音とともに筆が現れた。


「私は寡黙だからね、おしゃべりは苦手なんだが、しょうがない。少々語るとしよう」


 彼女が筆を描けば、その軌跡が光の筋となって宙に残る。空中に文字を書いているかのような光景だ。


「まず始めにこの国のことを話さねばね。この国の歴史はつまり、魔法使いとそれ以外の歴史さ。この国は魔法に始まり、しかし今は魔法を否定することに奔走している。いやはや、自分たちの起源を否定するなんて。いや、彼らを否定しているわけじゃないんだ。彼らも彼ら自身の信念や思考に基づいて行動しているからね、全く理解できないわけじゃない。魔法がなくても繁栄したからといってそれを否定していい理由にはならないだろうに。っと、この話をする前に魔法とは、魔法使いとは何たるかから話したほうがいいかな? そもそもだね、魔法とは――ん? つまらない?」


「ははは、奇遇だね。私もそう思い始めていたところだ」


 そう言って筆を宙に捨てると、それも光の筋も跡形もなく消えてしまう。


「簡潔に、単純にいこう。つまり産業革命を起こした帝国は、強大な技術であり力である魔法を脅威と考え出したのさ。そして始まったのがいわゆる、魔女狩りだ」


「だが帝国は魔法使いには勝てなかった。魔法はそれほどまでに絶対的なのさ。しかし、ある時状況が一変する。勝ちだしたんだ、帝国が。多くの魔法使いが死に、帝国に付く魔法使いも出てきた。そのきっかけとなったのはなにか、キミにはわかるかい?」

「――?」

「いやちがうな、まったくもって違う、かすりもしていない。――はっはっは、いや、そう怒るな。すまなかったね」


「それはね――裏切りだよ、一人の魔法使いの」


「魔法使いの中でも五本の指に入る実力の彼の裏切りによって、魔法使いは次々と殺されていった。――さて、キミの話に戻ろうか」


 そういうと、彼女はまた薄ら笑いを浮かべた。


「でも何となく察してはいるだろう? そう、君の予想は正しいよ。――キミが、その裏切った魔法使いだ」


「思い出せないかい? ――ならば今、知るといい」



「キミは魔法使い全てを裏切った――通称、時の魔法使いだ」



「なに、そう気に病むことはない。そうした理由も、そうせざるを得なかった事情も私は知っている」


「私の知るキミは確かに多少頭のねじは外れてはいたが、基本的には温厚であり、クソ真面目であり、そして優しい男だったんだけどね。その決断を下したのは少し意外だったよ」


「実感がないかい? いや、気持ちはわかる。いきなりそうだと言われても困るだろう」



「しかし、しかしだ」


「それでは困るんだ」


「キミに無知でいられると」


「キミに無自覚でいられると」


「君に無関係と思ってもらっていると」


「それでは私が――大いに困る」



 だから、と。彼女はこちらに顔をぐいと近づけた。



「君に見せてあげよう。キミの過去を、直接ね」


「なに、安心してくれ。さっきみたいなつまらない授業ではない。文字と言葉だけでは退屈だろう? それに、私は寡黙だからね。おしゃべりは苦手なんだ」


「――君の意識を、過去に送ってあげよう」


「このあたりはキミの領分なんだが、キミとも付き合いが長いからね。私にもこれくらいはできる」


「それに、余裕はないが時間はあるんだ」


「……ん? そんなことをする理由? まあ、いろいろあるが、それは別にいいだろう。今の君に言ってもわかりはしないよ」


「私は先に言った通り、キミの恋人なんだ。キミが私のことを覚えていないのは、すこし、寂しいからね」


「そうだな、初めて私とキミが出会った時にしよう」


「主要な都市からも離れた田舎の集落。そこで魔術的な爆発が起きたから調査に行けと、我が師より命じられた。その先で、キミと出会ったんだ」


「もう何百年も前のことだ。キミも小さかった」



「おや、覚えていないかい?」


「思い、だせないかい?」



「――しかし、思い出すんだ」




「その時のことを私もよく覚えているよ。円状に不毛となった大地は灰のように色を失っていた。大量の白骨。家屋だったであろう崩れた廃墟。その空間だけ時間が急速に経過したような惨状だった。そしてその中心でポツンと座り込んだ、キミ」


「空を飛んでその場所に向かった私は、すぐにキミを見つけた。そしてそれはキミも同じだった」


「キミは星空を映したような輝く瞳で。キミはおもちゃを見つけたような満面の笑みで」



「宙に浮く私を見つけ、言ったのさ」





「やっぱり来た! 空飛ぶお姉ちゃん!」


 ()は、宙に浮く見知らぬ女の人に向かってそう声を上げた。


 初めて見た空飛ぶ人。僕が興奮しているのは初めて魔法使いであろう人を見たからだけじゃない。それは、僕が見た夢と全く同じ光景だったからだ。

 いつからだったか見始めた、まるで現実のようなリアルな夢。それが予知夢であると、僕が理解するまでそう時間はかからなかった。


「ねえねえ! それ、どうやってるの!?」


 押しかけるように問いかける僕を、その女の人は困惑したような顔をして見つめていた。


「そうか、そうか、キミがそうか」


 彼女は周囲を見渡すと、困ったような笑みを浮かべた。

 周りにあるのは死んだ大地。僕にもよくわからない。気が付いたら(・・・・・・)こうなっていたんだ。


「はじめましてだね、少年。私は空の魔女ことスペル・デヒアだ」

「僕は――」

「いやいい。私は寡黙だからね、これくらいで勘弁してくれ」


 僕の言葉を遮るが、嫌な気持ちにはならなかった。

 スペル・デヒア。それが僕の夢に何度も出てきた人の名前。そう思うと一層胸が高鳴る。


 ――が。


「私も気が進まないが、キミがこれ(・・)を引き起こしたのなら仕方がない――『ランセ』」


 スペル・デヒアはどこからともなく槍を取り出し。


「許せ少年。我が師の命だからね。私はキミをーー殺さねばならないんだ」


 その切っ先を、真っ直ぐ僕に向けたのだ。

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表紙絵
― 新着の感想 ―
[良い点] なんだかさわやかなタイトルですね。 時と空は人名でしょうか。 澄んだ青色の表紙が似合いそうです。そこに、どこかへ伸ばされた手が白く目を惹くイメージです。 はてさてどんな物語なのでしょう! …
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