Part3
遠い、遠い、帰路に着く。
「ハナ」は先ほどお話しした通り、校舎から遠く離れたところにそびえ立つ。「隔離されている」というのは端的かつ正確な表現であろう。どこか人を寄せ付けない、なんともいえず暗い雰囲気を醸し出している。
絵里は古びた木製のドアをそっと閉めた。「キシッ」と乾いた音が室内に響くのを確認すると、彼女は「母の遺品」であるクリスタルを鞄の中からスッと取り出した。いつも決めたポケットの中に入れてあるから、スムーズに取り出せるのだ。
そして、窓に向かって結晶をかざしてみた。赤い夕陽をその結晶内で無数に反射させ、キラキラと輝いていたそれを無意に見つめた。すると沸々と、とある感情が湧いてきた。
「…いいなあ。親がいる生活って」
母はいない。父だっていない。これが現実。
学校から帰ってきたら、包容力のある親が待っててくれる。親が作ってくれた温かくて味わいのあるお料理が出てくる。何もしなくても暖かいお布団がある。なにより…
いいや。もうこれ以上考えるのはよそう。これは単なる嫉妬だ。これ以上妬んでいたら…
正気じゃなくなっちゃう。
「もうすぐ夜ご飯の時間だわ。少しでも授業の予習しておかないと」
「春眠暁を覚えず」という言葉があるが、彼女には当てはまりすぎていた。吹奏楽部で部員の尻を叩き、古びた寮に帰っては食事をして風呂に入ってすぐ寝ていた。ちょうどいい気温と柔らかい日差しが眠気を誘う。
部屋と同様に枯れかかったような木で造られた椅子に腰をかけ、再生紙でできた少しくすみのかかったノートを開いた。その時だった。
室内に携帯の軽やかな着信音が響く。
「…何?」
眉をひそめ、押し殺したような声で尋ねる。
「タイミングが悪い」とでも言いたげだ。
「また出てきたよ、あいつらが」