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無色の操り人形〜償いの物語〜  作者: 下村美世&無気力しない@類友
3/4

Part2

「ねえ、あれ佐倉君じゃない?」

「あ、本当だ。あれ、絵里ちゃんも一緒?」

「ほら、あの2人いとこでしょ。よく一緒にいるの見るよ」

「え?そうなんだ。…あんま似てないね。あ、でも髪の毛とか、目の色は一緒だ〜。やっぱり血が繋がってるのかぁ」


  絵里は慣れきったこの光景に、少しため息をついた。

  百合を片手に、黙々と足を進めるこの従弟…敬が華やかな容姿をしているせいで、幾度となくこういう好奇の目で見られてきた。

  絵里だって、決して醜くはない。むしろ同年代の女の子の中では、中の上くらいの顔立ちだ。大きく丸い瞳なんか、とても可愛いと評判である。

  しかし敬が芸能人のように整った顔立ちをしているせいで、中の上であっても霞んでしまうのだ。



「今度、声かけてみよっかな」


  どこかから黄色い声が聞こえてきた。

  絵里はニヒルに笑って敬を小突き、小さな声で呟いた。


「ほれ、あんたのファンの子たちだよ」

「…それで?」


  冷たく、素っ気ない声。


「釣れないなあ。ちょっとは手でも振ってあげれば?」

「いやだね。どうせ、一瞬の熱だよ」

 

  敬は足を止めて、空を見上げた。

  絵里も敬を真似て空を見上げてみる。

  まだ少し暑さが残るけれど、それでも徐々に空は高くなっている。

  透き通った青空が、絵里と敬の目の中へと溶け込んだ。


  今日は秋分の日。そう、墓参りの日。


  綺麗すぎる青が、目に沁みた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


  霊園前にたどり着くと、絵里は受付ロボットにカードを提出した。ロボットがカードを読み取り、絵里と敬の指紋認証を済ますと、鋼で出来た霊園の扉がゆっくりと開いた。


  100年くらい前の日本では、霊園にこんな警備構造は無かったという。誰もが自由に出入りすることが出来るし、ましてや指紋認証などなかったらしい。

  それを聞いた時、絵里は驚いた。

  霊園が開放されていたなんて、想像できなかった。

  通常の霊園は、天井を白く塗装された鋼で覆われており、ほとんどドームのような形をしている。この出入り口と、真逆にあるもう一つの出入り口を除いて、鋼で囲まれていない箇所なんてない。

  こんな重装備なのだから、避難場所にでも使えばいいのにと一瞬思ったりするのだが、霊園で避難生活をすることに恐怖を抱く人は多いだろうから、やっぱり不可能だなと改め

 た。


  「なんか、ちょっと残念」

「え?」

「だって、今日凄い空が綺麗なのに、お母さんたち見れないじゃない」


  空を見上げたら途方もなく白が広がっている。この塗装は太陽光塗装といって、ソーラーパネルから取り入れた電気を利用して、塗装自体が光るというもの。

  お陰でいつ入っても、眩しい光が無機質に墓場を照らしている。


  俺は、母さん達はここにはいないと思ってる。母さん達はきっと天国にいるから、今日の美しい秋空より、もっともっと高いところにいるから、きっと見えないよ。


  敬はそう答えようとして、やめた。

  今日のような墓参りの日でなくても、熱心に墓参りに敬を誘う彼女に対して、そんなこと言えるわけがない。


  結局、短く「そうだね」と返すと、敬はスタスタと早足で歩いた。


「ちょ、敬!待ってよ」


  秋分の日だからか、周りには沢山の人がいた。そのほとんどが、家族連れや高齢者ばかりなので、少しだけ2人は居心地が悪く感じた。

  案の定、2人は(特に敬は別の意味でも)目立っており、そしてどこか哀れみの目で見られた。

  まあ、慣れたのだけど。


 敬と絵里か墓にたどり着くと、ササッとお供え物をして、全く劣化していないピカピカのままの墓石を見つめる。「佐倉家之墓」の文字が、桜の家紋と一緒に灰色の石に黒く刻まれている。墓標には家族の生前の名前と生年と没年享年、そして賜った戒名が書いてある。

  生年と享年は様々なのに、没年が全員一緒のところをみると、いやでもあの夜を思い出す。


  絵里はスッと目を細めると、鞄から数珠を取り出した。絵里の母親の遺品であり、キラキラと輝くクリスタルがとても美しい。

  絵里が墓前から退くと、敬も数珠を持ってお参りした。なにを思ってるのか、随分長い間手を合わせていたが、やがてスクッと立ち上がる。


「じゃあ…お父さん、お母さん。叔父さんに叔母さん。またね」


  絵里は墓参りの時、決まってこの台詞を言う。

  そして明るく優しい彼女でも、この台詞を言う時は決まって、虚ろな目をするのだ。


  そして敬は、そんな絵里を見るのを、いつも心苦しく思うのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


  ところで白崎学園という学園は、世間では

 普通の学園のように思われている。

  共学で、制服も絵に描いたような普通のブレザーで、普通科のみの設置。偏差値は60くらい。まぁ、若干の進学校とも言える。

  だからこそ、校内に2つの寮があるのは、この学校にとって非常に大きな特徴だった。

  しかも、男女別に寮があるのではなく、寮の種類の差で隔てられているのだから。

 

 まず、遠方から部活推薦などで入学する生徒や諸事情で家族と暮らせない生徒を集めた…いわゆる、生徒の希望によって入寮できる「白鯨寮」。

  この学園での寮生は、ザッと200人を超え、そのうちの9割が白鯨寮に入る。

  そして、残りの1割が住まうのは「華隔寮」。この寮が校舎から遠いところに隔離されており、目の前に花壇があることからそう呼ばれている。

 まぁ実情としては、「はくげい」と「かかく」寮ではなく、「クジラ」、「ハナ」と略されているのだが。

 

  そして、絵里と敬は、マイノリティな方の寮に住んでいた。

  クジラよりも人数が少ない分、ハナの方が一人一人に対する対応は厚い…と思いきや、たしかに2人部屋のクジラとは違って1人部屋ではあるものの、1人が使える部屋面積に大して変わりはない。要は、ハナは狭い。そして、古い。


  「へぇ、絵里って寮生なんだ〜。同室の子とか、どんな感じ?」

「あ〜…私、ハナ生だからさぁ」

「えっ、そうなの?ちょっと意外かも。絵里なら絶対クジラかと思ってた」

 

  机に広げたポッキーを口にしながら、留美は心底驚いた顔をしていた。

  留美は自宅生だから、あんまり寮に詳しくなくても仕方ない。


「るーみー。寮、選べるわけじゃないんだよ」

「そうなの?」

「うん。クジラは基本誰でも入れるけど、ハナは審査いるよ」

「へぇ。じゃあ絵里は選ばれし者ってこと?」

「そんな大げさな。それに、よく考えてよ。ハナとクジラ、どっちが住みたい?」

「クジラ」


  留美の即答に、私は苦笑いをする。


「そりゃあ、そうだよね。クジラの方が綺麗だし、広いし。2人部屋っていうのがちょっとやだけど、私だってクジラがいいもん」

「移動できないの?ハナのが人数少ないし、出て行く分には困らないんじゃない?」

「それができたらとーっくにそうしてるわよ。でもね、できないんだよね。それに、ハナは古いし、恥ずかしくて私人呼べない」

「あんたも苦労してるのね。まあ、寮生なら今度遊びに行かせてもらおうかなと思ったけど、やめておくわ」

「ごめんね。あ、てか留美時間!」

 

  留美は後ろを振り返って黒板上の掛け時計を目にすると、サッと青ざめた。


「うわ!いかんいかん!…じゃーね、絵里!」

「ばいばーい!…デートがんばれっ」


  そっと小声で呟くと、留美は照れ臭そうに笑いながら荷物をまとめて出て行った。


  留美がいなくなったその瞬間、私の顔は表情を作るのをやめた。


  ハナ生お家芸のこの言い訳。

  ハナは確かに見てくれは汚い。


  あえて、古く汚く見せている。

  そうすれば、学生が興味本位で中に入るのに効果があるし、何より、寮生が人を家に呼ばない正当な理由にもなる。


「恥ずかしいから」


  これを言ってもなお、部屋を見たいとせがむ人間はさほどいない。いや、いるのかもしれないけど、私の友達は、誰もそれ以上遊びに来たいと言ってこなかった。


  まあ、部屋を見せられない相当な理由は確かにある。だが、それはもっと個人的なプライバシーの問題である。


  さてと…私も寮に戻らないとね。


  絵里は何冊か教科書を机の中にしまい込むと、席を立ち上がった。

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