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無色の操り人形〜償いの物語〜  作者: 下村美世&無気力しない@類友
1/4

Opening

なんで、俺らはあの日…

 

  お盆だとか、正月だとかに親戚一同揃って旅行に行くのは、佐倉家では通例だった。

  敬の父親と絵里の父親は仲良しな双子だったし、母親同士も気が合うらしく、プライベートでもよく遊びに行っていた。


  …そして今でもはっきりと覚えている。敬が8歳の時のことだった。


  お盆に新潟旅行に出かけ、美しい田園風景や美味しい料理を満喫し、夜は民宿で大人組が宴会をしていた。

  敬は生来甘えたがりで寂しがり屋だったので、大人組の会話に無理に頷いていたり、談笑している母親の背中を押したり、お酒を飲んで気を良くしている父親の膝の上に座ったり、とにかく構ってほしくてあちこちを放浪していた。

  時計の針が揃って真上を指す頃になると、普段は温厚な母親も、いよいよ眉を釣り上げて怒った。


「子どもはもう寝る時間よ!ほら、絵里ちゃんはおとなしく寝ているじゃないの!」


  敬の母親は華やかな美人であったので、怒ると迫力が凄い。抵抗するのは賢くないと、敬は隣の部屋に移動することにした。


「えーりーちゃーん」


  暗い子供部屋の中、絵里は布団を1組敷いて寝ていた。


「…」


「えーりーちゃー…」


「…ああ、もう、何よ?寝てたのに」


  しっかり者の従妹、絵里は目をこすりながら起き上がった。

  その様子からすると、どうやら本格的に寝ていたらしく、流石に申し訳ないと敬は反省した。


「ごめんね!遊んでほしくて、起こしちゃった」


「はー…あんたのそういう子どもっぽいところ、直しなさいよ。私だからいいけど、友達とかにやったら嫌われちゃうわよ?」


  絵里は半ば悪戯っぽく、半ば本気で忠告した。


「なっ!俺、友達いるから!」


「本当かなー?敬甘えん坊だから、しつこいって思われてるかもよー?」


「そんなことないし!」


「はいはい。とにかく、もう寝ましょ。お布団引いてあげるから」


  同じ年齢なのに、この差はなんなのか。

  女子の方が男子より先に成長するとは言うけれど、ここまでそれが顕著である例もなかろう。

 

  押入れから布団を取り出そうとしてくれている彼女に、敬も手伝おうと手を伸ばしかけた時だった。



  ガシャーン!!!



  隣の宴会会場から、突然窓側れる音がしたと思ったら、錆びた鉄扉を無理やり開けるような音ー…擬音にするならば、ぎぎぎ…とでもなるだろうか?そのような音が、敬の鼓膜に突き刺さるくらいの大音量で流れてくる。


「…な、なんなの?なんなのよ…」


  布団を持ったまま、絵里はしゃがみこんでしまった。

  尋常じゃない。不快な音がプツッと切れたかと思うと、次に聞こえてきたのはバキバキという音。

  なんだこの音?例えるなら、硬くてしなる木の枝を無理やり折ろうとするときの音だ。


 そして、最後に、聞いたこともないような女性の大絶叫が撒き散らされ、そのあとは水を打ったように静かになった。



「……?」



  敬は膝から力が抜け、しゃがみこんだ。

  ひたすら絵里と顔を見合わせて、震えていた。どちらも何も喋らず、ただただ呆然としていた。

 

  隣の部屋がすごく気になるのに、床に縫いとめられたように足が動かなない。


 

「え、えりちゃん」


  しっかりしていると思っていた絵里は、敬よりも取り乱しているようだった。

  自分の髪を掻き毟り、目をカッと開けて、ポロポロと絶え間ない涙を流していた。粗相をしてしまったらしく、彼女の足元には水たまりが広がっていた。


「い、いやだよ…怖いよ。なに、何が起きたの?…いや…」


  絵里のこのような姿を初めて見た敬は動揺した。


「お、落ち着いて。だ、大丈夫。俺が、見てくるよ」


「何言ってるの!?危ないから、ここにいてよ!」


「だけど、動かないと。犯人がここまで来たらもうダメだし…」


  民宿というのを恨んでしまう。

  ホテルのオートロックという便利な機能はなく、襖であったから、犯人の侵入を防ぐことはできない。


「いって、くる」


「いや…やめて!行かないで、敬!」


  敬は思い切って、襖を開けた。


 




「え」






 目の前は、黒だった。

 黒い、人影。


 影が部屋の前で扉に手をかけようとしていた。


 あ、もう、ダメだ。


 影は、敬を見つけてにぃいいと笑った。

 正確には顔部分も黒いのだから、表情など分かるわけないのだけれど。なんとなく、笑ったように感じた。


  俺、死ぬのかな。

  グッと拳を握る。


  全身から汗が噴き出す。

  心臓がうるさい。





 …怖い、怖い…!



  影はひたひたと敬に歩み寄ると、スッと彼の頭に触れようとした。



「そこまでだ」


  ヒュンッと、刃物が風を切る音。その瞬間、目の前に感じる影の気配が消えた。


  敬は固く閉ざしていたまぶたを恐る恐る開ける。すると、そこに影はなかった。


 代わりに立っていたのは、赤ラインが入っている白のロングコートに身を包み、黒地に金の文字で『hunter』と書かれた紋章をつけた男だった。


  どこにでもいそうなくたびれた中年の男だが、銀のナイフをゆっくりと仕舞うその仕草は実に優雅だった。



「おい。平気かお前」

 

  男が敬を見下ろしていた。

  敬はそこで初めて、自分が腰を抜かしていることに気がついた。

  立ち上がることができそうにないので、座ったまま答えた。


「…平気、じゃない」

 

  男はその言葉に眉を動かし、敬の肩を掴んで激しく問い詰めた。


「なんかされたのか!?」


「…触られそうになったけど、でも、あなたが助けてくれて…」


  何故だか淡々と言葉が出てくる。

  口から出る言葉は、ありのままの事実。


  動揺しすぎて、恐怖なんてとっくに通り越して今はひたすら虚無だ。

  体験をただ述べるだけ。

  人形のように、淡々と。冷静に。


「んじゃ、なんとかお前は助けられたみてーだな」


  その言葉に、敬は激しく揺さぶられた。

  …なんだよ。お前「は」って、なんだよ?


「お前はって、どういうことだ」


  男は面倒臭そうに吐き出す。


「あー、聞こえただろ。隣からすげー音がさ。俺が駆けつけた時にはもう手遅れだった」


「だから!それはー」


  敬の口を、男は血生臭い手のひらで覆った。影が消えた後の床や壁には、血がべっとりとついていた。


  嫌な臭い。汚い。…怖い。



「言葉の通りだよ。隣の部屋で呑んだくれてた奴はみんな死んでる。見ない方が身のためだぞ」



  この日、敬と絵里は、一斉に家族を失った。

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