エピローグ
それから二人は肩を並べて帰路を辿った。お互いに無言だったが、栄太にはどこか心地よく感じられた。
両足が重くなってきた頃、ようやく岳の住む85号棟に到着した。
「じゃあ、警察には俺から連絡入れるわ」
「分かった」
どこかから漏れ聞こえるテレビが、ゴールデンタイムのバラエティ番組を放送している。だいぶ帰りが遅くなってしまった。きっと涙目で怒るであろう母の顔を思い出すと、腹の虫が鳴った。岳が笑う。
「えいちゃんも、はよ帰って飯食べとくんやで。あとで警察の事情聴取とかあるやろし」
「ああ、そっか。そしたら今日中にまたがっくんと顔合わせるのかな」
「そういうことやな。ま、お互いそれまでに少し休んどこ。じゃ、またあとでな」
「うん、またね」
別れのあいさつを終えるなり、岳は疲れを感じさせないフットワークで階段を駆けていった。
「ふぅぅぅ……」
栄太は星のちらつく天を仰いだ。気を緩めた途端、体の節々が痛くなってきた。
――まずはお母さんに謝らなきゃ。お風呂とご飯はそのあとだ。
そんなことをぼんやり考えながら、夜の51号棟をあとにした。
「…………」
――えっ。
今、団地の番号が……。
ばっと顔を上げる。
団地の壁には、黒い文字で『85』と刻まれていた。なんの変哲もない光景だ。
「…………」
――見間違いだよね。
相当疲れが溜まっているようだ。視界もかすみがちになっている。
とにかく警察が来る前に事を済ませよう。栄太は体力を振り絞って無人の道路を走り抜けた。
それから一時間後、栄太の家に電話がかかってきた。岳の母親からだ。
岳がまだ帰ってこない。そう告げられた。
この日を境に、岳は行方不明となった。