#3.いつものこと
ブラックコーヒーの用意をお勧めします。
僕らは、いつも通りの通学路を歩いていた。何も変わらず、何も起こらず。『すべて世は事も無し』という具合に、僕らは平和に過ごしております。
とは、限らないわけで。
交差点を挟んだ斜向かいで、少年が蹲っていた。他校の制服。数メートル先に倒れる自転車。事故だろうか。
「行ってみましょうか?」
「いや、野次馬になるのが関の山だよ」
僕は言う。
実際、傍目から見ても十分に衆目を集めている。恐らく、善意の誰かがすでに通報した後。行っても邪魔になるだけだろう。
───それは、誤魔化しなのかもしれない。
「そうですか。では、そういうことで」
けれど、椎奈は肯定した。
「あぁ───」
だから、良いんだ。これで。
「それじゃあ、行こ───」
ヒュ───ン、ヒュ───ンッ!!
───白バイだ。
ヒキニゲ?
「行こう、椎奈」
僕は言う。
「えぇ」
気遣わしそうにするも、頷く椎奈。君は優しいね、本当に。
「大丈夫で「大丈夫だよ、心配しないで」───そうですか」
大丈夫。大丈夫だとも。
どうせ、何も感じないんだから。
だから、その言葉は、残酷だ。
◇ ◇ ◇
今日の通学路では、いつもよりも椎奈と話した。平時よりも、ずっと、ずっと。
ソレに何も感じないとしても、やっぱり、僕の心の表層下───顕在化しないほどに深くに───沈んでいるものがあったのだろうか?
澱のように、この精神に沈殿した感情があったのだろうか?
そんなことは、僕ですら分からない。或いは、僕自身であるが故かもしれないけど。
今日も今日とて、僕は誰とも関わらず、誰も僕とは関わらない。
◇ ◇ ◇
教室の前扉から入って真逆にある、少々移動には億劫な場所───なんて言っては、学友たちからはステキな『羨ま死ね』という返答があるだろうが───にある自席。いつものように、パイプ机に学生鞄を立て掛け、重く腰を下ろす。
誰とも目を合わせたくないし、誰とも会話をしたくはないから、体を丸めてしばし眠ろう。こんな辺境の地に用がある奴も、眠っている僕にわざわざ話しかける物好きもいないだろうから。
◇ ◇ ◇
───ふと、眠気がほつれる感覚に従い、顔を上げると、何やら騒がしい。
様子を見るに、時は昼休み。皆は昼食。僕は未だに寝こけていた、といった具合だろうか。
黒板上に掛かっている時計に目を遣れば、〔12:37〕を指す長針短針。昼休みは35分からだから、僕が目を覚ましたのはチャイムの音によるものだろう。1限から4限まで寝過ごすのはいつものことだ。
「目は覚めましたか?」
いつものように同席する椎奈。心なしか呆れ顔───でもない。いつものことと割り切っている様子だ。啓の勉学に対する不真面目さ加減がよく分かる。
「まだ眠い。もう少し寝ていたいところだよ」
欠伸を噛み殺す啓。
「ちゃんと自宅で寝てください。それとも、私が寝かしつけに行かないといけないでしょうか?」
二人分の弁当を開きながら、冗談っぽく椎奈が言う。
周りの生徒たちも、いつものことと気にも留めない。
「それもいいかもね。退屈しなさそうだ」
僕も、冗談っぽく返してみる。
「ふふ、考えておきます。なんだか、新妻みたいですけどね」
などと揶揄ってくるので、
「椎奈には、胃袋を掴まれているからね———なんてね」
二人、鏡合わせに同じ具材を口に運びながら、褒めてみる。
ぶっちゃけた話、本当に掴まれていたりする。
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