#2.変わらぬ日常
少々遅くなりました。
ラブコメ注意報発令中
再び、水槽に沈むような不快な覚醒とともに、僕の一日は始まる。
東側の窓から差し込む朝日が、僕に覚醒を促すのだ。低血圧な僕は、いつものように、鈍重な頭を二度、三度と、眠気を振り払うように横に振る。
(暑い、眩しい、影が欲しい)
最早習慣となっているその思考とともに、条件反射のように立ち上がってカーテンを鈍間に閉めた。立ち上がった勢いとでもいうか、そのまま軽くストレッチをする。無音の部屋に響く、骨の軋む快音に僕の頭は冴え始める。
(・・・6時、か)
古びた文字盤が示す縦一直線に、憂鬱ながらも登校の準備を始める。
◇ ◇ ◇
僕に両親は居ない。5年前、僕がまだ中学一年生だった頃だ。トラックとの衝突事故だったらしく、僕は遺体の確認さえさせてもらえなかった。身元は、車のナンバーから判明したそうだ。
涙は無かった。悲しい気持ちも湧かなかった。ただ漠然と、身近な人が減っただけだった。
そして、僕は悲しんだ。
涙を流した。
慟哭した。
憤怒した。
嫌悪した。
憎悪した。
―――両親が死んだというのに、僕は何も感じなかった。という事実に。
何も感じられない自分に、涙を流した。
何の激情も生まれなかった自分に、慟哭した。
両親の死より、己の無情さに慟哭し落涙する自分に、憤怒した。
そんな、無様な自分を、嫌悪した。
そして―――――――――
◇ ◇ ◇
(―――っと、深く考えすぎた。平常心平常心っと)
物思いに耽りながらも、完成させた朝食を食器に盛り付ける。
無益な記憶掘り起こし作業よりも朝食だ、と啓はきびきびと動き出す。
学生にとっては、朝の時間は貴重なのだ。
◇◇ ◇
家を出ると、陽乃本椎奈が待っていた。家の壁を背にして立っている。
彼女からは、芍薬のような荘厳さよりも、菫のような素朴な美しさを感じる。
「おはよう、椎奈。」
「おはようございます。少々、声をおかけになるまで間がありましたが、何かおかしいところでもありましたか?」
不思議そうな顔でふわりとその場で一回転する。
普通、道端でそんなことをすればただの変人なのだけれども、椎奈がすると、これ以上ないほどにしっくりきて。かわいいな、とは思ってしまう。
「いや、大したことじゃないよ。」
「通学路で話すことなど、ほとんどがそうでしょう?」
恥ずかしいから伏せたのに、この美少女は、楽しそうな表情で聞いてくる。
こう見えて椎奈は、好奇心が人一倍強い。
強引に聞き出そうとはしないが、いつまでも覚えていて、そしていつまでも聞いてくるのだ。
しつこいとも言う。
・・・仕方ない、羞恥心を捨てよう。
「『立てば芍薬』というけど、椎奈はどちらかというとスミレだな、とね」
「・・・待ってください。私、そんなに猫背ですか!?」
ん?何を言って・・・・・あぁ、そういえば、
「そういえば『立てば芍薬』っていうのは、女性の姿勢を表す言葉なんだったっけ?」
「はい。というか反対に、どういう意図でそんなことを?」
意図を言えと申すか、このオジョウサマは。・・・羞恥心を捨てる、とか考えてたけど、これかなり恥ずかしいなぁ。それも、顔が熱くなるとかじゃなくて、目が合わせられない類のヤツ。
「・な・・・だよ。」
「すみません、聞き取れませんでした。」
「・・・花言葉。」
仕方なく白状する。・・・我ながら、かなり往生際の悪いことをした気がするが。なんか、俺が目を合わせられないのをいいことに、すっごく楽しそうにしてる気がする。
「花言葉というと・・・あぁ、成程。」
そりゃあ気づかれますよね!ここまで言ったら!
「『立てば芍薬』なんて言うから日本の話かと思ったら、それ西洋じゃないですか」
「それ以上言わないで。恥ずかしいから。」
「『謙虚』と『誠実』とは、嬉しいことを言ってくれますね。」
この人、腹黒とかじゃなくてただのドSなんじゃなかろうか。完璧な笑顔なのに、雰囲気がニヤニヤしてる。雰囲気がニヤニヤとか馬鹿じゃないの僕。
「美人なのは事実だからね。」
僕は苦手だけど。
「ふふ、ありがとうございます。」
この人、恥ずかしがったりしないのかな?全く動じないんだけど。
「表情には出さないですけど、私だって恥ずかしいんですよ?」
珍しく椎奈も恥ずかしがっているようだが、目を逸らしている啓はそのことに気づかない。
だから、二人は隣にいて。そして無言で、されど迷いはなく。歩く。
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