呪詛の祝言 咲本倉南編 噂の本(後)
かな恵との通話を切った後、通話中ずっと店内の剥製に目を奪われていた私の姉は、私がスマホをしまうのと同時に視線の対象を変えた。
「どうだった?」
「かな恵ちゃんは読める子だった?」そんな意味を込めた興味津々な問いかけを私に投げかけてくる。
「駄目だった。読んだことはあるけど内容はよくわからなかったって・・・」
「そうなんだ、残念だね」
残念とは言っているもののどこか平然とした反応を返す姉の様子に、ほんの少しだけ違和感を感じた。
「今日帰ったら私も読んでみるよ」
「いいの?」
「うん。友達の話だとね――――――――――――――――――」
かな恵との電話の内容を事細かに伝える。
「なるほど。今の話だと、まだ読んでないくーちゃんがこの本が何を伝えたいモノなのかわかるかもしれないし、ついでに魔法少女になれるかもしれないと・・・・」
魔法少女なんて一度も発していないけれど、ようはそういうことなのかもしれない。説明している途中で気づいたことだが、具体的にどういったことができるようになるのかを訊き忘れていた。
「今日はレポートとかそういった宿題ないから読んで明日話すよ。明日から2連休だし」
姉の役に立つことをするのは好きなほうだ。姉妹だからか、苦手意識はあっても頼まれたら拒む気にはなれない。
「そういえば、姉さん。剥製はもういいの?」
私がかな恵と話している間、姉はたしかに店内の剥製を見渡していた。けれど、ただ見渡していたようにしか私には見えなかった。考えてみればそうだ。いつもなら入店してしばらくは声を小さくしながらも内心興奮しているのが見え見えなくらい顔に出ている。私の考えていることを見抜くのと同じくらい、私にとっては姉が興奮している姿がわかりやすく目に映ることが多々ある。
だが、今日の姉にはそういった様子は見られなかった。たしかに入店前、私たちが合流した時には楽しみにしている雰囲気があった気がする。
「あぁ―――――――、うん。どうもこのお店、私を癒してくれそうなモノはないみたい」
どうやら、このお店の剥製はあまり気に入っていないようだ。
「まぁでも、実を言うと今回はくーちゃんにその本を読んでもらうことがメインの用事だったから別にいいかな・・・」
珍しいこともあったものだ。三度の飯よりも剥製なんていう迷言を私の前で言い放ったことのある姉がその剥製に興味を持たないとは・・・・。
そう言えば、確かに何かが足りないような気はする。いつも通うような剥製のお店にあって、このお店に無いモノ。
どんな剥製を好んで見ていただろうか。
どんな剥製を好んで撫でていただろうか。
わからない。わからないということは、そういうことを気にしたことはなかったのだろう。
そうだ。私は昔から興味がないことに関する記憶力があまりにテキトーすぎる。勉強だって好きでやっているわけでもなければ切羽詰まって頑張らなきゃっと思ったこともない。成り行きでそこそこの大学に入学できたし、そこでの生活には概ね満足している。
私は、姉への嫉妬や憧れを抱きながら、何かしらについて努力をしようと思ったことはない。ただ成り行きを、自分の人生さえも風に任せて流れていくことを拒まない。
興味を持つことはある。だからこそ姉への嫉妬や憧れを抱くのだから。けれどきっと、それ以外のことについては無関心なのだ。
姉という存在には興味があっても姉の趣味には興味がない。これは、異端?
いいえ、誰もが抱く当たり前のことを私は考えているだけ。そこには根拠のない自信があるだけだけれど、私が特別な思想を持っているなんていうことはないだろう。ええ、絶対に。
私は普通だ。
だから、敬愛する姉の趣味に興味がなくても問題はない。たとえその剥製が〇〇の剥製であったとしても・・・・・・。
私は関係ない。
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あぁ、思えばこの時、私は逃げてしまったのだろう・・・・・。
あの言葉に、あの返しに、あの感覚に、
ほんの少しでも疑問を抱けていれば・・・。
ほんの少しでも自分に素直であれば・・・。
こんな結果にならなかったのかもしれない。こんなにも自分の罪を喜ばしいと思わないで済んだかもしれない。
私が壊れたのはきっと――――――――――――――――。
あぁ、あの時に戻りたい。やり直したい。後悔の念だけが私の思考を埋め尽くす。けれど、あの時って・・・・・いつのこと?いったいいつからやり直せばこんな幸せを実感しないで済んだのだろう。
もし、――――――――――――なら――――――――燃―――――――――って―――――――――かもしれない。
普通の女の子のままで・・・・・いられたかもしれない・・・・のに。
読んでいただき誠にありがとうございます!
前回からだいぶ空きましたが、実はまだ忙しい身でして合間を縫ってようやく書けました。
これからも精進いたします。