呪詛の祝言 咲本倉南編 呪いのような劣等感
「ねぇねぇ、倉南ちゃん。聞いて聞いて。昨日さ、家に帰ってからひっどいことがあったの! 」
午前9時頃、大学への提出物の関係でいつもより早めに登校することになった私こと咲本倉南は、大学で知り合った友人である本條かな恵と校門で鉢合わせ、一緒に行動することになった。
「どうしたの? 」
「昨日ね、夕方に見ると気持ちがほっこりするアニメがあって観てたの。でね、そのアニメ観終わったころにはあたしの胸中はゆるふわで幸せな気分に浸ってたわけですよ! 」
オペラ歌手でもここまで大袈裟な動作をしないだろう。かな恵は感情をこめて表現しているようだけれど、人通りのあるところでされると、一緒にいる私が気恥ずかしい。
「うん。それで? 」
「浸ってたまでは良いの。でもね、その後のニュース番組を流れで観たのが失敗だったのかなぁ…その番組でね、いきなりだよ? いきなり連続失踪事件のニュースがね、流れたの! 酷くない?あたしのやすらぎタイム返せって思ったの!急に現実に戻すなってね――」
かな恵はお話をすることが大好きなようで、よく私にも声をかけてくれる。
「その連続失踪事件って、四人目の少女の……」
「そうそう! ネットニュースだと同じ地域、同じ小学校の少女たちって話なの。たしか、倉南の家がある地域だったのよね」
連続失踪事件。それは、最近私の実家の周辺で起きている事件。同じ小学校の少女たちがこの二か月くらいで次々と姿をくらましてしまい、集団下校で帰宅するようになったという話だが、どうやらまた一人消えてしまったようだ。
「その子たちに何があったかは知らないけどさ、正直、あたしには関わりが無いわけなのよ。なのにあたしのアニメライフに横槍で突っついてくるようなこの感じ、気に喰わないわぁ」
かな恵は、そう言って休憩室にある椅子に腰を掛ける。私もそれに合わせて向かい側の椅子に腰を掛けた。
「でも、かな恵。あなただって危ないかもしれないよ? だって、女の子が狙われてるわけだし……」
「あたしは、まず狙われない自信があるわよ? 」
「それは、どうして? 」
「だって、その少女たちって小学生でしょ? ということは、犯人像はだいたい決まってるわ! きっと、とてつもないロリペド野郎に間違いないわ! 」
自信満々に語るかな恵の言葉には、よく聞きなれない用語が紛れていたりする。ロリは、ロリータコンプレックスのことだろう。でも、ペドというのは初耳かもしれない。
「ペドって何? 」
「ペドっていうのはペドフィリアって言って、小学生以下くらいの幼児やら児童やらに対して性的な趣味を持ってることよ」
つまり、ロリータコンプレックスと同じようなものなのだろう。同意義と類義のどちらかはわからないけれど、相当異な性癖の持ち主という解釈でいいのだろうか。
「じゃあ、かな恵はこの事件を誘拐事件として捉えてるってこと? 」
「まぁ、何か証拠があるのかって言われると何もないんだけどね。あたしのただの思い込みっていうか、妄想っていうか……」
たしかに、誘拐事件であるとしたら犯人がいるのは当然だ。その犯人像がかな恵の言ったとおりの人物である可能性だって勿論あるとは思う。でも、かな恵の言っている犯人像は、本人が言っているとおりに、ただの決めつけ。証拠がなければ、推察もままならない。犯人像を確立するには色々と欠けている妄想に過ぎない。
「だったら……私も――」
「ん? 倉南ちゃんも犯人像とかで何か思いつくことある? 」
「一つの可能性だけど……」
そもそも誘拐事件かどうかも定かではないのに犯人像を思い浮かべる証拠なんてあるわけがない。けれども、この可能性だってあるかもしれない。
「大人ではない――そんな可能性も無くはないよねって……」
大人ではない。
子供である。と断言しているわけではない。もしかしたら表現が悪かったかもしれないが、声に出すまでずっと頭から離れなかったからそのまま言ってしまった。
「いやいや、それはないでしょう。成人男性辺りが一番セオリーだよ。アレだ、倉南ちゃんは可能性を広げ過ぎて迷走しちゃうタイプとみた! 」
「あはは。そうかな? 」
かな恵はそう言うけれど、私が想像したモノはきっと違う。自分でもどうしてこんなイメージを思い浮かばせたのかはわからないけれど、子供とか大人とかそういう概念に縛られない何か、人間ではない何か説を推したくなってしまったのだ。まるで、ファンタジー。御伽噺に出てくる鬼とか食人の狼とか、そういった類のモノを。
夕日が沈む頃、大学の講義が終わり、私は自宅までの帰路で寄り道をすることにした。
一昨日から昨日にかけて降った雨が溜まり、歩く先のそこかしこに水溜りができている。大きさは全てバラバラだが、元々地面に窪みがある地形のせいで足の底から爪が全体的に浸るくらいまでの深さがある。
水面に映る自分の顔。ああ、いつ見ても私の顔は姉の劣化品にしか見えない。
私には姉が一人いる。姉は、完璧な女性だ。
私はいつも姉と比較される。敵う筈が、並べるはずがないのだ。姉は容姿端麗という言葉が不自然なまでに似合うほど美しく、同時に可愛らしい愛嬌のある顔をしている。私より年上なのに見た目は私よりも若く見えることもあるくらい何物にも侵されない、染まらない、染められないような雰囲気がある。
昔から、お姉ちゃんを見習いなさいと母から口酸っぱく言われてきたせいか、私にとって、理想の自分は姉になることと考えていた時期があったくらいに、姉への羨望と嫉妬、最後には諦観を抱かずにはいられなかった。
正直、嫌いではないが苦手だ。
その姉には、秘密がある。妹である私にしか明かしていない趣味。
剥製だ。
姉は、剥製を作ってマスクやコートのように被り、ぼーっとしている時間が好きなようで、「まるで誰かに成り代わっているかのように安心できて好きなんだ」と言っていた。
今向かっている寄り道先というのは剥製専門のコアなお店で、姉に一緒に見に行こうと誘われていたのだ。
しばらく歩いて、目的地であるお店の前。道路を一本挟んだ向かい側まで来ると、店の前で私に向かって軽く手を振る人物がいた。
紅いコートに肩甲骨辺りまで束ねられた黒髪。前を通り過ぎる人の衆目を浴びるくらいに完成されたその佇まい。
私の姉、咲本詩奈その人だった。
読んで下さり誠にありがとうございます!
今回から数話ほど新主人公咲本倉南の物語となります。
最後に、前話から1週間近く空いてしまい申し訳ございません。自分で納得のいくプロットが書けるまで苦闘しておりました。
やっぱり、自分で納得のいく作品にしないと何書いたって面白くないですよね〜