シミュレーション
「やっと直接お話できましたね! ずっと待ってたんですよ? さぁ、こちらへ来てください。さぁ! さぁ‼︎ 」
薄暗い本堂の中、少年は舞う自由を手に入れた踊り子のように、軽快に、緩やかに身をくねらせる。
咲本倉南は息を呑んだ。眼前にいる存在はどこからどう見ても異常者であり、異端者だ。本来、出遭うことのない妖の類いだと認識する。しかしーー。
「ええ、そうね。私もようやく出逢えた気がする。これは、アナタの仕業かしら? 」
ククク……クハハハハ‼︎ そんな高らかな笑い声が響き渡る。しかし、それは乙坂聡一という人間だけの笑い声ではないと感じ取った。
「乙坂くん。君もしかして、私と同じ……」
「その通りですよ。咲本倉南さん。アナタに思い出してもらうのにだいぶ時間をかけてしまった。まったく、呪詛の祝言が起きる前触れが常にアナタを取り囲んでいたというのに、なんですか? 鈍感過ぎますよ。それでも〝ユリジャの後継者〟ですか? ライバルとしては、あまりに未熟過ぎますよ」
ユリジャ……。倉南は間違いなくその名前を初めて聞いたであろう事だろう。しかし、その名前が自分自身に馴染み深いモノであるという直感が脳裏を過ぎったのも紛れもない事実だ。
「ユリジャ……ユリジャ……様? 私、なんで今ーー」
知らない筈の名前に様を付けたのだろうか。倉南の疑問は尽きない。
「なんだ。そこまではまだ思い出してないのか。なら丁度いい。僕も全部を思い出した訳じゃないけど、ちょっとした知識の擦り合わせをしましょうか。幸いにも、コイツはしばらく動かない。このまま放っておけば出血多量で死ぬでしょうしね」
そう言って、乙坂は片足で江橋の背中を踏みにじる。ミシミシッと骨が軋む音が鳴り響く。
「やめなさい‼︎ 江橋さんは関係ないじゃない」
倉南の制止など構わず、乙坂は続けた。
「咲本倉南さん。アナタはここ数年の異常気象に疑問を抱いたことはありませんか? 」
その飄飄とした態度に倉南は絶句しかけるが、そんなことよりも江橋の安全を確保する為にも会話を繋げる事の方が重要だと判断した。
「え、ええ。でもそれは皆んなが抱いている疑問よね。だからニュースにもなってるし、毎週の様に天災で死傷者は出てる」
「では、それは何が原因で起きているか知っていますか? 」
「それは、わからないけれど……もしかして、アナタは知っているの? 」
「もちろんですよ。僕はそれをアナタに知っていて欲しくて堪らないんです。だから言っちゃいますけどーー」
乙坂は数秒程間を空けて息を整える。そしてーー。
「咲本詩奈……つまり、アナタのお姉さんが死んだ事でトリガーが引かれた現象なんです」
倉南にとって、この答えは突拍子も無いモノだ。言われたところで「ハイ、そうですか」と素直に返せるような事ではない。
「つまり、どういうこと? どうして姉さんの死と異常気象とが繋がるの? 」
「もし、この世界が誰かに作られた模造品に過ぎないとしたら……もし、この世界に生きる人々の殆どが中身の空っぽな人形だとしたらどうします? 」
「あまり素っ頓狂な事言われても上手く返せないわよ。……でも、そうね。もし、私たちが生きる世界が作られたものだとしたらーー」
倉南は、あり得てほしくない可能性を妄想した。
「ーーこの世界は、何かの目的を持って作られた実験場……」
その回答に乙坂は興奮が抑えられなくなってきた。
「クハ! なんだ、人形でも直感は冴えたままなわけだ‼︎ 」
「もしかして、私たちって……姉さんって……」
「御名答‼︎この世界はね、咲本詩奈が作った世界であり、僕たちは掌で踊らされていただけのピエロ人形に過ぎないんだよ」
暫くすると、乙坂は笑い疲れたかのように江橋の背中に座り込む。
「何の目的か、具体的な事はわかりっこない。どうせ私的な感情から表出した何かだろうし、考えるだけ無駄さ。だからその部分にはこれ以上触れない。たぶんアナタが一番知りたいのは咲本詩奈の正体でしょ? 」
「え、ええ」
そんな戸惑い混じりの相槌を打つ。
「咲本詩奈は、この世界の創造主。有り体に言えば神様と呼んでもいいかもしれない。彼女は元々ユリジャという最古の支配者の端末係だった。そんな彼女は、何かを決起に謀反を起こしたみたいです。それは現在進行形で継続しており、その過程でこの世界は生まれた。彼女が望む何かに至るためのシミュレーションワールドなんですよ。笑っちゃいますよね! でも、これでだいたい合致しますよね?今迄の不自然な事柄の」
乙坂が言った通り、咲本詩奈がこの世界の神様であると仮定した場合。
咲本詩奈が死に、この世界の運営を行うものが居なくなる。即ち、舵を取る操者がいないわけだ。コントロールするコントローラーがいなければ、物事は静止するか止めどなく暴走する以外に道はない。後者であるが故に近年の天災に苦しむ生活を余儀なくされているというわけだ。
「なら、この状況を止める方法はあるの? 」
「状況っていうのは、災害のことですか? それなら止める術はありません。だって、この災害はあくまでも決定事項。いつかは必ず起きる終末の祝福です。ここから人類は転換する。その微調整をする者が居ないだけの話ですから、行き着くところまで進み続けるでしょう。そして、最期は何もかもが行き場を失う。つまり、この世界は彼女を失った時点で剪定されたのです」
剪定。いくつもある木の枝から無駄な部分を切り落とすこと。つまり、不必要なこの世界は切り捨てられたということだ。
「そんな……」
「僕のテオトマは自己研鑽に応じて様々な力を獲得できる。僕が今迄語った知識は、江橋才加とあと一人、咲本詩奈から譲り受けたモノですからね」
読んで頂き誠にありがとうございます。




