呪詛の祝言 乙坂聡一編 僕の祝福
唐突だが、お風呂について思うことがある。
お風呂って……入る前はすごく面倒なのに、入っている最中はとても落ち着いて居心地がいいのは何故だろうか?
温かいお湯に、入浴剤を入れるとお湯に溶けて薄い着色がされる。さらに言えば香なんかも楽しむことができる。僕のお父さんは大のお風呂好きで銭湯にもよく連れていってくれる。ああ、風呂上がりの牛乳……。あれほど牛乳を美味しく飲める瞬間はなかなかないと思う。
お家でも真似してお風呂上りに牛乳を飲むという一連の流れが習慣になっている。今日は秘密基地作りが大変だったからか普段よりも牛乳が美味しく思える。
うん――、何ていうか……最高だね。
お風呂のことを考えていたはずが、いつの間にかお風呂上がりの牛乳について考えている。なんと一貫性のない思考回路をしているのか。俗に言うバカであることを認めよう。
――そう。僕はバカなのだ。それも大バカで手が付けられないような部類だと自分でもわかっている。学校の授業で道徳は教わってきた。道徳に反する行為は社会に対する甘え。道徳を遵守することで立派な大人の仲間入りとして扱われると教わった。僕はバカだけど悪いことをするつもりは一切ない。そんなことをしてしまったら警察官に捕まってしまうから。
正義とかは良く知らないけれど、日曜朝のヒーロータイムに出てくる正義の味方はみんなかっこいいと思う。
ヒーローってすごい。だって、この地球に住む全ての生き物のためなら同じ地球出身の在来種である敵でも平然と打倒してしまうのだ。最近習った言葉だと……矛盾だったか。ヒーローは矛盾している自分たちの行動に気づいていないのだろうか。それとも、気づいているけれども仕事として割り切っているのだろうか。どちらにせよ、ヒーローは自己犠牲の名のもとに誰かを幸福にさせて、その感謝の言葉や表情を報酬としている。なんて慈善事業なのだろうか。そんな仕事に誇りを持って闘っていることが、なにより興味を惹かれる。それと同時に、こうも思う。
なんて化け物なのだろうか――。
この怪物の在り方に、僕は憧れた。
幸福を得る方法はきっとたくさんあるのだと思う。だったら、僕のやりかたも間違ってはいない。きっと、正しい答えは無数にあるんだ。答えが一つしかないことなんてこの世にあるのだろうか?算数の一+一が二というのもあくまで答えの一つに過ぎないはずだ。
そう。だから何度だって言える――、僕の幸せは間違ってなんかない。
「お母さん次いいよ」
「風邪ひかないようにちゃんと髪乾かしなさいよ?」
僕がお風呂場から出ると、毎日決まった会話が始まる。ごく普通の、ごく当たり前の会話だ。
ただ、今日はちょっとだけ違うことがある。今日が放送第一話目の刑事もののドラマがテレビで放送されていた。時間的にも、もう終盤。刑事が見事な推理力と情報収集能力で犯人を追い詰め、自白を促しているシーンだった。
それは、別に良いと思う。ただ、一つだけ引っかかることがある。
何故、死体を放置したのか。
ドラマでは、死体を処理するという考えを持たず、自身が第一発見者となることで気づかれないようにして、アリバイを造ろうとしたそうだ。
正直な話、初めて鼻で笑ってしまった。ああ、これは見つかる。捕まってしまうのは当たり前だろうと。
「お母さん、このドラマ面白い? 」
「うーん、正直なところ面白いとは思わないわね。まぁでも、今日が初回だし、今後に期待ってところかなぁ……」
僕が思うに、捕まりたくないなら死体は必ず処理すべきだと思う。何らかの方法で無理矢理にでも。
木を隠すなら森の中にでも移植すればいい。
火を隠すなら辺り一帯を燃やし尽くせばいい。
人を隠すなら人ごみの中に紛れさせればいい。
「死体を隠すなら、お墓にでも埋めればいいのに――」
その夜、外は雨が降っていて、水溜りの上を走る車の走行音が家の中まで度々届いている。
就寝する前の一時、布団をかぶり、そっと目を閉じる。
まだ夢の中ではない。部屋の中はシーンっとしている。物静かで真っ暗、就寝にはもってこいの室内環境だ。
「ーーふふ。ふふふ……ふははははははは」
思わず笑いがこみ上げてくる。
「そんなに褒めないでよ……照れちゃうじゃないか」
頭の中で響く声。ああ、狗神様。狗神様が僕を褒めてくれている。
思えばあの日、美香ちゃんと初めて秘密基地に言ったあの雨の日。
狗神様はあの日からぼくに目を付けてくれていた。狗神様は僕の神様。他人との幸福感を共有するベストな方法を教えてくれた。それをする為の練習もさせてくれた。
「ああ――、ありがとう。狗神様」
お礼にこれからも、幸せをお供えするね。
「えっ? 狗神様……今なんて――」
狗神様の言葉が頭に響く。邪魔者がいる、その男の幸せも奪ってしまえと……。
「その男って……誰? 」
狗神様が邪険にするなら、きっと僕にとっても邪魔者だ。
「狗神様――。教えてください。僕にできることならお手伝いします。それがきっと――」
僕の幸せになるから。
読んで下さり誠にありがとうございます。
今回で乙坂聡一くんのお話は一旦おわりとなります。次からは別の人物が主人公です。
改稿頑張ってます!